11/20のワンドロ
窓の外
トレンチコート
忠告
大人になるとは、どういう事なのだろうか。僕は大人になれたのか。
中小企業の事務方に就き、三年が経った。人付き合いは相変わらずだったが、僕自身が人を避け、人も僕を避ける。それでもまかり通る職場だっから救われている。影でヒソヒソと噂されることもあるようだが、学生の頃のような、表立ったいじめというのはなかった。
三年という月日はあっという間だった。薄く、さらりと過ぎ去ってしまう。ついこの間まで夏だと思っていたのが、ひと月もしたら年末だ。
「はあ……」
冷える夜だった。そろそろマフラーが必要だな、と思い首に手をやる。不意によぎるのは、首に付けられた歯型の事だった。
彼と連絡を取らなくなってからも三年が経っていた。獣のように付けられた歯型も、二週間も経てば消えていた。
最後の日、身体を壊されかけて、結局そこまでは至らなかった。後ろの穴を二時間もかけて限界まで開かされ、壊れてしまうと思った。壊れてしまいたいと思った。けれども彼は、僕を壊せはしなかった。
文字通りぽっかり空いた穴よりも、なにか鋭いものが心を突き刺したようだった。
それがなんなのか理解できない僕は、就活の忙しさに追われ、開いた穴も戻り、貫かれた胸の痛みも和らいでいく。
携帯の機種を変えても、携帯の番号を変えられなかった。今でもかかるのかわからない彼の番号は、電話帳の中に名無しでひっそりと残っている。
そんな無意味なものを大事に取っておいた。この三年間、僕はなにも変わらない。いや、彼と出会った高三のあの時から、僕は少しも変わってはいない、そんな気がした。
「士郎(シロウ)」
急に、肩を強い力で掴まれ振り向かされる。僕はなにが起きたのかもわからないで、そこにいた人を呆然と見つめた。
僕よりも背の高いその人は、スーツにトレンチコートを着て、腕に付けた時計や履いてる靴からは高級感が漂っていた。
「士郎だろ?俺のこと、忘れた?」
その人は僕の頬に手を当て、髪を耳にかける。そのまま僕の耳に、熱い吐息をかけた。
「っ……」
突然のことにめまいが起きそうだった。髪型も表情も声も落ち着いた素ぶりの彼は、三年前決別した、彼だった。
「見違えただろ」
彼の指が僕の耳を撫でる。士郎は変わらないな、と笑う。
僕は変わらなかった。変われなかった。
彼はどうだろうか。すっかり見違えてしまった。
僕は忘れたふりをして三年を過ごして来たけれど、忘れられはしなかった。あの、狂おしい日々が。それが無くなった事が。
でも彼はすっかり忘れてしまったんだ。僕を取り残して、大人になった。
それが酷く腹立たしかった。彼に取っては、そんな程度の日々だったのだ。たまたま出会った僕に気軽に声をかけられるような、今では思い出でしかない、たったそれだけの日々なのか。
「士郎?」
「ああ、ごめん。なんか、びっくりし過ぎて。また会うなんて、思いもしなかったから」
誤魔化すように、彼の手を押しのけた。触れられた左の耳が熱い気がする。
「俺も、また会えると思ってなかった」
彼はそう言うと、僕の顎に指をかけた。少し目線の高い彼の顔が僕に近付く。人の往来がある道の真ん中で、僕は彼にキスをされた。
「士郎、久しぶりにしない?」
こともなげに言う彼に、僕は嫌悪感を募らせた。それでも彼を払いのける事ができなかった。
世界で僕を求めるのは、きっと唯一彼しかいないと思った。それを手放すのが惜しい。僕はそんな風に思ってしまったのだ。
甘いひとときだった。シャワーを浴びて、キスをして、彼が僕に触れる。極めて普通の、平凡なセックスだった。
「士郎、後ろは?使ってる?」
「いいや……後ろどころか、セックスだってしていない」
「そうか。じゃあ、優しくしないと」
彼は慣れた手つきでローションを垂らし、慣らしてくれる。
僕は少しも興奮できなかった。身体のどこにも火がつかない。普通でありふれたセックスが、僕にはとてもつまらないものに思えた。
「士郎、疲れてる?」
「……少し」
勃たない僕を労って、彼が優しく触れた。そんな彼に気を使って僕も小さな嘘を吐く。
疲れてる?違う。僕は優しくして欲しくなかった。もっと、痛くて辛くてよかった。慣らさなくていい、壊して欲しい。
僕は人とは違うんだ。そう思うと絶望した。
人を好きにもなれなければ、こんな僕を好いてくれる人もいない。唯一僕を求めてくれる彼だって、かつてのような僕を満たすものはなくなってしまった。普通でありふれた、優しいキスをしてくる。
それがまるで、普通じゃない僕を諌めるようで、僕はますます気が落ちていった。
「……だめだ、やっぱり無理だ。僕には無理だ。こんな、こんな……普通のキス、しないでくれ」
僕は耐えきれず、彼を押し退けた。
「君に優しくされるたびに僕は嫌悪感が募る。まるで君の皮を被った知らない人に触られてるみたいだ」
僕はベッドの上で体育座りをした。自分でもなにが言いたいのかよくわからなかった。
僕が求めていたのは、壊れるような激しい暴力的なものだった。
僕はきっと、暴力しか信じられなくなったんだ。それ以外の感情なんて浅はかで、ないにも等しい。
「士郎」
彼は少しだけ考えて、それから僕をベッドに押し倒した。
「特別優しく抱くから、君は嫌悪していなよ。君が最高に嫌がるセックスをするから」
言っている意味がわからなかった。僕はそれが嫌なのに、彼はそれをすると言う。掴まれた腕は振りほどけないほど痛い。
彼は言った通り、キスと愛撫を繰り返した。
「痛みだけが暴力じゃない」
僕をうつ伏せにして、挿入する。よく慣らされたそこは久しぶりにも関わらず、彼を容易に受け入れた。
痛みなんかない。けれど僕は気持ちよくなれなかった。この優しい世界に僕だけが嫌悪している。
「あ……あ……あ……」
低く喘いで、彼が中で果てた。熱もすぐに冷めて、どろりとした嫌悪がこぼれ落ちる。
「寒いから、風邪引くなよ」
シャワーを浴びて服を着て、終電間際のホームで彼が僕を見送る。彼の手がうなじを撫でて、それから後頭部を抑えてキスされた。
「またしよう、士郎」
「……僕は、」
「俺はもう士郎に優しくしか出来ないから」
「僕は、それなら、君としたくない」
僕がそう突っぱねても、彼は笑みを浮かべて僕を抱きしめた。
「俺はしたいから、士郎。俺の言うことだけ聞いて」
わけがわからなくなったのと方向性の違いでクソボツ
没だ没
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