かきくけごはん5月ぼつ
「柿狗くん、映画見に行く?」
「やだ」
たまにはどうかな、と声をかけるとあっさり断られてしまった。柿狗くんは床の木目を数えるのに忙しいようだ。
「映画館でチョコレートジュース売ってるって。それ飲みながら映画観ようよ?」
「ん?んー……うー……」
ーごがつごはんー
悩みに悩んだ柿狗くんに、帰りにレストランでデザート食べよう、と追い打ちをかけて、やっと出かける決意をしてくれたみたい。
柿狗くんが外を嫌がる一番の理由は人ごみが苦手な事だった。映画館は人で溢れているし、映画館に行くにも電車を使うからやっぱり人は多い。
それでも映画を観に行きたいと、僕のわがままを通して柿狗くんを誘ったんだから、精一杯エスコートしなくちゃね。
「大丈夫?」
人目が気にならないよう帽子を深く被せて、電車の端っこに僕が壁になるように立つ。それでも落ち着かない柿狗くんは、胸の前で手を握って俯いていた。
「ジュース飲もう、落ち着くよ」
カバンに入れていたオレンジジュースを取り出し手渡すと、一口二口飲んだ。今日は天気も良くて少し暑いくらいで、そんな日にいきなり外に出たからちょっと辛かったかもしれない。
ようやく映画館に着くと、柿狗くんは疲れ果てた顔をしていた。
「疲れちゃったよね?ごめんね」
「へいき」
僕が言うと、柿狗くんは首を振った。それからチケット売り場に並び、売店に並び、ようやく座席に座る。
チケットや売店に並ぶときは柿狗くんに近くの椅子に座っててもらおうとしたのだけれど、一人になるより僕と一緒に並んだ方がいいからと、二人で並んだ。
座席は端の二人がけのところを取ったし、長い事上映している映画だったから人も他に比べればまばらだった。
明かりが落ちて映画が始まると、僕の肩に頭を乗せる柿狗くん。そのうち寝てしまうかもしれない。
「……」
映画が中盤に差し掛かった頃、柿狗くんが僕の腕を突いた。見ると、スクリーンの照り返しで青白くなった柿狗くんの顔が、困り果てて強張っている。
「どうかした?」
気分が悪くなったのかな?そわそわしている柿狗くんの耳元に声を掛けると、いい辛そうに僕の耳元に柿狗くんが答える。
「トイレ、行きたい」
そんな事を言うのすら恥ずかしくなったのか、ほとんど泣きそうな顔をしている。誰だってトイレには行きたくなるものだ。ましてや、緊張を紛らわすために電車でオレンジジュースをたくさん飲んだし、目的だったチョコレートジュースも飲んだ。
「じゃあトイレ、行こう」
「……」
なにか言いたそうに柿狗くんはしたけれど、とりあえず僕たちはトイレへ行く事にした。手を引いて、トイレまで歩いていく。
「ごめん」
トイレで柿狗くんが言った。
「どうして?謝ることなんてないよ」
用を足した柿狗くんは、心底申し訳なさそうな顔をしている。
「映画、楽しみ、だったんだろ……」
柿狗くんがそう言って、僕はようやく、ああ・そのことを気にしていたんだ、と理解した。
悩みながら映画に付き合ってくれたのも、ぎりぎりまでトイレを我慢したのも。僕が映画を観たいと、言ったからなんだ。
「柿狗くんと一緒に出かけたいな、って思ったんだ。ちょうど面白そうなのやってたし。だから映画は、また今度レンタルでもしてじっくり観ようよ。二人で」
「うん」
「柿狗くんもしたいことあったら言ってよ、二人でしようよ」
「うん」
「レストランはどうする?デザート、食べる?」
「……うん」
二人でしたいことを、生涯をかけてゆっくりやっていこう。今日は僕の、そんな思いの中の1日だった。
ごがつごはんおわり
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