一畳間の闘い


 今宵もまた、一畳の中で繰り広げられる闘いが始まりを告げる……。

ー一畳間の闘いー

 時刻は午後九時を三十分過ぎていた。ボロい木造アパートの部屋は、一階一号室のテレビから流れる月九ドラマの音らしい物を、二階二号室まで響かせる。
 一階一号室の住人、高円(タカマド)はどうやらドラマに夢中のようだった。普段は高尚な罪だったか罰だったかの本や、神が死んだとか死なないとか言う本を読んでいるくせに、意外にもテレビ好きで夜のドラマなんかは欠かさず観ているらしい。
 なぜ同じアパートの住人にそこまで詳しいかと言うと、俺が毎日直面する闘いにおいては情報が勝負を制するからだった。
 俺はおんぼろ木造アパート二階二号室に住む藤野木(トオノキ)。いわゆる苦学生で、日夜バイトに明け暮れつ、少しレベルの高い大学に入ってしまったばかりに必死で勉強に取り組む、そんな人間だ。
 俺は開いていたノートもそのままに、そうっと部屋を抜け出す。この木造アパートは少し歩いただけですぐ軋んだ音を上げる。どれだけ相手に悟られる事なく歩けるか、お陰様で暗殺でも出来そうなくらいに音を殺して歩く技術を身につけた。
 俺は階段を一段一段しっかり踏みしめ、一階に下りる。本当は今すぐにでも駆け出したいところだが、それでは相手に気付かれる可能性が高く、また、別の問題もあるため慎重に歩を進めるしかなかった。
 階段を一番下まで下りて、ようやく目的地まで目測100mと迫る。街灯はなく、月明かりと一号室の高円の部屋から漏れる部屋の明かりだけが薄暗い廊下を照らした。
 時間が時間なら霊的な類でも出てきそうな視覚的にも恐ろしい雰囲気であった。だが、俺には遂行しなければならない目的があり、それが目前にあるのだから、集中力は研ぎ澄まされていた。
 その時だった。
 キイーー。一号室の扉がゆっくりと開く。ハッとして、俺は判断を誤った事に気が付いた。扉が開き始めた瞬間に走り出すべきだったと思い至るのは、奴と目が合ってからだった。
 ガチャッぎしぎしぎしバタンッ。
「ああっくそっっ」
 扉の隙間から、高円と目が合った瞬間高円は酷い音がするのも気にせず走り出し、そこへ駆け込む。
 この、おんぼろ木造アパートの唯一無二の共同トイレ。
 そう。俺と高円は毎晩、トイレの奪い合いをしているのだった。
 このおんぼろ木造アパートは見るからにおんぼろだった。ところが、トイレだけは別だった。部屋は和室なのにトイレは洋式。誰が掃除をしているのか知らないが(多分大家さんだと思う)そこはいつ入っても清潔に保たれていて、チリ一つ落ちていない。トイレットペーパーもお尻に優しい柔らかい手触り。室内にほのかに香るラベンダー。
 この心地良さを知った日から、俺は、そして高円は他のトイレがいかに下賤で不潔なのか思い知ってしまう。
 つまり、このトイレ以外使えない身体になってしまったのだった。
「く……高円……」
 ぎい……。軋んだ音を上げてトイレの扉を開く。このトイレの唯一の欠点は、鍵が壊れていることだった。だから中に誰が入っていようと、外から開けることは容易である。
 最初こそ互いに気を使っていたが、最近では中に入っている現場に出くわすとまず舌打ち、そのまま待機、おちおちクソもしていられない。血で血を洗う緊張感の迫る日々だ。






ここまで書いたところで「私はなにを真面目にこんなトイレについて書いているんだろう…?」となってしまったのでボツ
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