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 暗い。息が苦しい。無理に縮こまる体勢を取り続けて身体中が痛い。耳に残る声だけをなんども反芻する。
『今でも愛してる?』
 愛してる。愛しているよ。
 この感情はたしかに、愛だろう。

 かちゃ……。
 眼前の壁が割れたと思うと、光が差し込んだ。隙間から目が覗き込む。まるで恐ろしい夢の中で、なにか化け物にじっと見つめられているような、そんな気になった。
「先生」
 目元しか見えない、彼は、かつて僕が愛した、そして現在もなお愛してやまない、蒼山入その人だった。
「覚えてる?」
 目元しか見えないで話されるのは不安が募った。目からは感情が読み取れない。不意に喋られると、どこから喋られているのかわからなくなる。目の前に彼はいるはずなのに、耳元で囁かれているような、そんな錯覚さえした。
「俺のこと、クローゼットに閉じ込めただろ」
 怒りか、それとも悲しみか?
 僕は彼に怯えていた。
「懐かしいよなぁ」
 彼の目が、少し細められた。過去を振り返り、懐かしんでいる。それが急にギョロッと僕を見つめたから、僕は心臓が止まるほど驚いていた。
「先生もしばらくそこで、懐かしんでよ」

 彼はそう言うと、ほんの少しの隙間を残したまま、クローゼットの前からいなくなる。
 そして始まるのが、彼の日常生活だった。
 隙間から見えたのは、リビングだろうか。床には黄色いカーペットが敷かれ、木製の黒いテーブルが置かれている。その上にはテレビのリモコン、缶ビール、つまみ。
 ここからは見えないが、左側にはテレビでもあるのか、そちらを見て笑っている。テレビから出ている音は、どうやらバラエティ番組のようだ。
 ああ、楽しそうにしている。僕は少しだけ緊張から解放された。
 その瞬間に、またギョロッと目が僕を見つめた。その目はなぜか恐ろしかった。彼を見ている僕を、見ている。

 それから彼はどこかへ消えて、しばらく経って頭を濡らしてまた同じところへ座った。どうやら風呂に入ってきたらしい。
 湯上りの彼は頬を上気させている。触りたいとか、そういうことを思った。
 この狭い空間で、彼の生活を覗き見ている。そのことに僕は興奮を覚えた。まるで僕がいないかのように振る舞う。ごくごく自然な振る舞いで、その隙間、一瞬、時折僕を見つめた。
 覗き見ているのは、一体どちらなのかと、脳がおかしくなりそうだった。
 それから不意に姿が消える。今度はどこへ行ってしまったのか。耳をそばだてても、なにも聞こえなかった。
「先生」
 急にまた隙間から目元だけが僕を見つめる。僕の心臓はまたドキドキと暴れた。
「俺のこと好きなら、飯は俺の☆い$○とか、お*♪でいいよね?」
 そう言った彼の口元が少しだけ見えた。湾曲した唇のラインは、多分、笑っていた。
 僕もきっと、喜んでいたに違いない。




書き直すからぼーつ
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