番外編「立海へ行こう」





私の頭を痛くさせていた罰ゲームも先日無事終了したのだが、罰ゲームを終えた今だからこそ言える話をしよう。

実は、こんな罰ゲームがあったのだ。


「へ?……り、りっかい?」


立海大附属中のテニス部に潜入せよ。


……そんな、果たしてどんな結果になるのか予想もつかない程にとんでもない、罰ゲームが。



………………



罰ゲームをやることになった当日、どこから調達してきたのかマイフレンズから立海の女子制服をあてがわれた。


「……え、これ着るの?」


初めて見る他校の女子制服。
着方からして分からないそれを手伝ってもらいながらなんとか着用して、胸には「罰ゲーム中!」の札を貼り付け、私は半ば涙目でその学校へ向かった。


電車に揺られて十数分。
到着先の駅を出て早くも迷子になりかけた私は、その辺の人に声をかけようとして思いとどまりつつ(制服着てるのに道が分からないのは変に思われると思って)、30分くらいウロウロした末にようやく辿り着いた。
私立、立海大附属中学校。


「うわ、おっきー……」


附属中学だからか、その広大な敷地面積に圧倒される私。
深呼吸を5回くらいして、なんとか覚悟を決めてから、私は門の中へ足を踏み入れた。


…………
さて。
テニス部に潜入といっても具体的に何をすればいいのか、私は偵察なんて出来ないんだけど、的なことを友達に話したところ、テニス部レギュラーからサインを貰ってこいとの命令だった。
ので、私の目的はサイン収集である。

まずテニスコートかテニス部の部室を探す。
そこにいる部員の中から、8人のレギュラーを探す。
そしてこのサイン色紙に、レギュラー全員からサインを貰わなければならない。
うん、意味が分からないよね。


「大丈夫……じゃあない気がしてきた」


まだテニスコートすら見つかっていないのに、不安でいっぱいな私は早速帰りたくなってきた。



………………



歩くこと数分。
やっぱりというかなんというか、案の定迷った。

テニスボールの弾む音すら聞こえないということはまだまだ遠いのだろうが……正直、心折れそう。


「えーっと……こっち行ってみよっかな……」


「そっちは野球部の練習場だよ」


「わひゃあ!?」


いきなり背後から声を掛けられたものだから、心折れる前に心臓が止まるかと思った。

恐々と振り返るとそこには、青学のテニス部の方々にも劣らぬ程の美形男子が立っていらっしゃった。
彼は私を見ながら軽く苦笑を浮かべている。


「ごめんね、驚かせるつもりじゃなかったんだけど」


「あ、いえ……」


寧ろ此方がごめんなさい、と心の中でつけ加えて、私は彼に向き直る。

……あ、そうだ折角人が見つかったんだからこの人に道を聞いてしまおう。もう怪しまれるとかどうでもいいや。


「あの、」


「キミ、何年生だい?見ない顔だけど」


……尋ねる前に尋ねられてしまった。
ていうかどうしよう、とてつもなく答えにくい質問なんだけど……。


「え、ええと……えー……に、2年です」


この人が見るからに3年生で同学年と答えるのはアレな気がしてついサバを読んでしまったけれど、大丈夫だよね、許されるよね……?


「そっか。俺は3年の幸村。キミは?」


「あ、えと、山川……です」


「山川さんはここで何を?」


「あー……えー……えっと」


一番訊いて欲しくなかったその質問。
だけど答えない訳にはいかないので、少々無理があるかもしれないけどなんとかこう説明した。


「わ、私最近転校してきたばかりで……」


「へえ、転校生?」


「はい、それで……ええと、前の学校の友達が、テニス部のファンで……」


「ああ、男子テニス部?」


「ええ、それで……それで、その……て、テニス部のレギュラーさんたちから、さ、サインを貰ってこい、と……」


あー……言ってしまった、言ってしまった。
さて、これで何て思われるかな……変な人間だと思われるかな、思われるよね……。


「ふうん?そういう罰ゲームなんだ」


「はい………………え?」


え、あれ、なんで罰ゲームって知ってるの!?
……と一瞬びっくりした後気がついた。そうじゃん、いま罰ゲーム中の札を貼ってるじゃん。


「あ、ああ……はい、そうなんです……アハハ」


「ふふ。大変そうだね、案内しようか?」


「え……あ、いいんです、か?」


「ついでだしね。俺もテニス部に用があるから」


そう言って綺麗に微笑む彼に最敬礼つきのお礼を述べて、私は彼の後をついていった。



………………



歩いて数分、予想以上に広いテニスコートに到着した私と幸村さん。


「ところでサインって、誰のだい?」


「あ、えっと、レギュラーさん全員分ってしか聞いてなくって、何人なのかも分からないです……」


「レギュラー全員なら8人だね。ほら、あそこに1人いるから、貰ってくるといいよ」


幸村さんが指差した先には、フーセンガムを膨らませた赤毛の男子が休憩していた。


「あ、はい。あの、幸村さん、案内ありがとうございました!」


「いいんだよ。ふふ、じゃあね、頑張って」


笑顔で手を振り立ち去っていった幸村を見送ったあと、私は深呼吸をしてターゲットの元へと歩を進めた。

ガムをぺしゃんこに潰して紙に包んでいた男子に、私は意を決して話しかけた。


「あ、あのっ!」


「ん?」


話しかけてから、あー何て言うんだっけー……と汗だくになる私。
赤毛の彼はそんな私……の、胸に貼ってあるコレを凝視している。
ああ……コレほんと恥ずかしいなもう……。


「て、テニス部のレギュラーさんですか?」


「え、お、おう?」


「あの……えーっと……その……さ……」


「さ……?」


知らない人物に話しかけているという事実に滅茶苦茶緊張しながら、私はスゥ……と息を吸い込んで、なんとか用件を告げた。


「……サインください!」


「………………」


汗だくで顔を真っ赤にしながらサイン色紙を差し出す私を、彼はポカンとして見ていた。
ああああ……もう既に死ねる……逃げたい、逃げ出してしまいたい……。


「……えーっと」


「は、はい」


「何それ、罰ゲーム?」


罰ゲーム中!の札を指差しながら、彼は新しいガムを噛み始めた。


「……はい……」


「ふーん……」


「……だ、ダメ……ですか?」


「いや、別にいいぜぃ。貸してみ」


そう言って彼は私の手から色紙を取り上げる。一緒に渡したペンで、慣れた手つきでサラサラと書き上げた。
丸井ブン太、と書いてあった。


「ほらよ」


「あ、ありがとうございますっ!」


「こんくらい軽い軽い。それ、俺だけ?他のヤツも?」


「えっと、レギュラーさんみんな……です」


「そか。んじゃ……おーい、赤也ぁ!」


丸井さんは少し離れたところにいたくせっ毛の男子に声をかけた。


「あーっ、丸井先輩こんなところでサボってた!」


「サボってねーよ、休憩休憩」


小走りでやってきた彼は、私の姿を見て目をまるくさせた。


「せっ……先輩が練習サボって彼女と会話してる!」


「サボってねーし彼女でもねーよ!おま、考えればわかんだろぃ!」


とんでもない勘違いをした彼を丸井さんはポカリと殴って、事情を説明し始めた。


「コイツが、レギュラーのサインが欲しいんだってよ。罰ゲームで」


「はあ……罰ゲームで?」


「そ。で、書いたら他のレギュラーにパスすりゃいいから。んじゃ、俺は練習に戻るぜぃ」


「ええーっ、ちょっと!」


私もくせ毛君もビックリする程、丸井さんはさっさと去っていった。


「くそー、先輩めー!」


「え、えと……」


「あ、ワリ。……えーっと、サイン?それに書きゃいいの?」


「は、はい」


「よっし、ちゃっちゃと書いてちゃっちゃと他の先輩にパスすんぞ!貸して!」


「あ、はい」


奪い取られるみたいに色紙を渡すと、くせ毛君はこれまた慣れたようにががーっと書き殴った。
字はやや読みにくいけれど……赤也、って名前だけはかろうじて読めた。


「ほいっ出来た!えーと、ほら、アソコに眼鏡の先輩がいるから。自分で頼みに行けよ!んじゃ!」


色紙を押しつけて、ダッシュで去っていった赤也君。


「あ、え、あ、ありがとうございます」


遠ざかる彼にお礼を言ってはみたものの、多分聞こえてないだろう。

ふう……と息を吐いて、私は教えられた眼鏡さんのところへと向かった。



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