後編





知らない人に話しかけるという行為がいかに緊張するか、っていう議題で一度、心ゆくまで説明してみたい。
いやまあ、そんなこと出来るわけないけどさ。


……まあそれはさておいて、テニスコートから結構離れた場所にある水飲み場っぽい水道を使用していた眼鏡をかけた男性を前に、私はただひたすら心臓を鳴らしていた。
眼鏡をかけたクール系イケメンである。

でも、ただイケメンだからこんなに緊張している訳ではなかった。


そっくりの顔が、2つ。
そうつまり、眼鏡さんが、2人いた。


「え……えっと……」


「おや、どうされました?」


「酷い汗ですね。これで冷やした方がいいですよ」


片方に濡れタオルを渡され、とりあえず「あ、ど、どうも」と受け取る私。
ひんやりしたタオルて汗を拭うと、ちょっとだけ混乱が収まってきた。

これは……あれだね、この2人はきっと双子なんだよ、だからこんなにそっくりなんだ。うん、きっとそうだよ!
同じ人間が2人いる訳ないじゃん、よく見たら顔つきがちょっと違う気がするしね!うんうん!

そう自分を納得させたところで、私は本題を告げた。


「えと、て、テニス部のレギュラーさん……でしょうか?」


「ええ、そうですよ」


「それが何か?」


あの、と言い2人に色紙を差し出した。


「……さ、サインを貰いたいんです……けど」


「サイン?構いませんが……」


「……罰ゲーム、ですか?」


ああ、やっぱりコレを見ちゃうよね、当たり前だよね……と思いながらコクンと肯定する私。
2人は快くサインを書いてくれた。

色紙に増えたサインは、丁寧な字で柳生比呂士、やや崩れた字で仁王雅治、と…………ん?え?あれ?
私は2人を見上げた。


「あ……あの、おふたりは……」


「はい?」


「双子か何かなのでは……ないのでしょうか……」


色紙で口元を隠しつつ、私は恐る恐る訊いてみた。
片方は「ああ、」と言い、もう片方はクスッと笑った。


「仁王君、そろそろ変装をときたまえ」


「クク、仕方ないのう」


笑っていた方の声色が変わったと思ったら、彼はおもむろに頭に手をやり、髪の毛が……………………取れた!?
いやカツラをズラしただけなんだけど、そうと気づくのに数秒かかった。
茶色いカツラの下からは銀色が出てきて、眼鏡を外しながら彼は驚いていた私の顔が面白かったのか、クックと笑った。


「驚かせてしまいすみません。彼は変装するのが得意なんです」


「は、はあ……そうですか……」


いや、まあ驚いたは驚いたんだけど、変装していた理由は何なんだろう…………と、ちょっぴり気になった。



………………



その後、眼鏡の柳生さんと銀髪の仁王さんに連れられて、テニスコートに向かった。
そしてまた、新たなレギュラーさんを紹介された。


「こちらはレギュラーの1人、柳君です。柳君、この方は山川さんという方で、テニス部レギュラーのサインをいただきたいそうです。協力してあげてください」


丁寧に説明してくださった柳生さんは、やる気なさげに欠伸をする仁王さんを引き連れて練習に行った。

残された私は、柳さんという方を見上げて「えっと」と口を開いた。


「お願い……しても、いいでしょうか……?」


「ああ、それは構わないが……」


サイン色紙を受け取りながら、柳さんはこう続ける。


「わざわざ他校から赴いた目的が、罰ゲームとはな」


「あー、はい…………………………………………え、え?」


あれっ、私他校生だって言ったっけ!?
……みたいな顔をしていると、それを感づかれたようで。


「何、この学校に山川という名の女子生徒などいないということを偶然知っていただけだ。気にするな」


いや、気にしてしまいますけど!?何ソレこの人怖い!
あ、そういえばうちにも何でも知ってる男子がいたなあ……と思いながら、私は乾いた笑いを浮かべた。

書いてもらったサインには達筆みたいな綺麗な形の字で柳蓮二、とあった。


「あ、ありがとうございます」


「礼を言われる程のことではない。残り3人のようだが……ふむ、精市はまだ来ていないようだな。弦一郎は試合中か。ならばジャッカルの所へ行くといい。彼処で休憩している、肌の黒い男子だ」


指を差した場所を見ると、色黒でスキンヘッドの人が水分補給をしていた。


「あ、はい。どうも」


「ではな」


「はい、ありがとうございました!」


ノート片手に去っていく柳さんの背中を見て、うん、やっぱり乾君に似てるや、と思った。



………………



「さ、サイン!?お、俺が?」


ものっすごく驚きながらそう言う色黒さんは、目に見えてあたふたしていた。


「だ、ダメでしたか……」


「あ、いや!そんなことはないぜ、ちょっとびっくりしてよ!ハハ」


もしかしたらサインを頼まれたことないのかな……と思ったけどどうやらその通りのようで、書いてもらったジャッカル桑原、の字はぎこちなかった。

サイン色紙を受け取って、ふう、あと2人かー……と油断していたその時。


「コラッ!!ジャッカル!!」


「ひっ!?」


「うげっ!真田!?」


とんでもなく大きな怒声が、私たち目掛けて襲いかかってきた。
いや、私に言った訳ではないのは分かっているんだけど、それでも思わずビクッと震えてしまえるような声だった。

声の主は、眉をつり上げ後ろでゴゴゴゴと効果音が聞こえてきそうな顔を伴って近づいてきた。


「何をしている!」


「い、いやこれはだな……」


「言い訳はいい!休憩時間はもう終わっている筈だ、さっさと戻らんか!それに……そこの!」


「は、ふぁい……!」


桑原さんに全く釈明の余地を与えてくれない彼の矛先が、私に向いた。


「ここは関係者以外立ち入り禁止だ!」


「あ、はい、スミマセン……でも」


「今は練習中だ!」


「えと」


「用があるのなら後にしろ、いいな!」


「あの、」


「いいな!」


いや、いいな、と言われてもここに入れてくれたのは幸村さんって人だし、私だって今罰ゲーム中で早く終わらせなければならないのだし、でもこの人はめちゃくちゃ怒ってるし、サインはあと2人だし、私は一体どうしたら……。


「真田!お前ちょっとぐらい話聞いてやれよ!」


すっかり萎縮してしまっていた私に果敢にも助け舟を出してくれた桑原さんは、経緯の説明までしてくれた。


「コイツはな、罰ゲームでここに来たんだよ」


「……罰ゲーム?」


「ああ。それに勝手に入ってきた訳じゃなくて、ちゃんと許可も貰ってるってよ」


「む、そうなのか?誰の許可だ?」


初めて私に喋る隙間をくれた真田さんに、私はなんとか口を開いた。


「えと、幸村さんって人で」


す、まで言い終わらない内に2人は。


「幸村!?」


と全く同じ表情で驚愕した。
え……なに?どういう反応なのこれ、ダメな方でしたか?ダメな方でしたか?


「そ、そうか、幸村か」


「は、はい」


「幸村には用件を伝えたうえで許可を取ったのか?」


「ああ、はい、一応……」


「そうか、ならば仕方ないな」


仕方ないんだ。幸村さんって一体何なんだろう……。


「用件というのは?」


「レギュラーのサインだってよ」


「……サイン!?お、俺もか!?」


さっきの桑原さんと同じ反応をする真田さん。察するに、この人もサインをねだられた経験が乏しいのだろう。
ていうか……そっか、真田さんもテニス部レギュラーなんだ。顧問の先生とかじゃないんだ。いるもんだね、手塚君みたいな人。


「そんな難しく考えんなよ、名前書きゃいいんだからよ」


「む……うむ……」


さっきまでの威勢の良さはどこへ消えてしまったのだろう、ぎこちなくサイン色紙を受け取った彼はやはりぎこちなく名前を書いた。
男らしくがっしりと書かれた、真田弦一郎の字。


「ありがとうございます!すみません本当に、練習の邪魔をしてしまって……」


「いや、いい。此方こそ、怒鳴ってしまってすまなかった」


殊勝に謝る彼は、なるほど、練習熱心ゆえに熱くなっていただけで、根は真面目ないい人なのだろうと推測できた。


返されたサイン色紙には、それぞれ個性的な7つのサイン。
あと1人……か。ここまで長かったな……。


「ありがとうございました、じゃあ、これで」


ぺこりと頭を下げて踵を返し、私は駆け足でその場を去った。


「あ、おい……」


「……幸村の元まで案内しなくて良かったのだろうか?」


「さあ……」


残された2人がそんな会話をしていたことなんて、知る由もなかった。



………………



あと1人だし、最後の人は自力で探そう!
そう意気込んでウロウロしていた私だったけど、重大な事実に気がついた。
私、その残り1人の名前も顔も分からない……!


「さ、さっき訊いておくんだった……」


「何をだい?」


「最後の…………って、ん?」


いつのまにか、聞き覚えのある声の人物に背後をとられていた。
振り返ると、そこには幸村さんが立っていた。


「やあ、さっきぶり」


「あ、どうもです」


「罰ゲームはどう?順調かい?」


「あ、はい、おかげさまで」


色紙を渡すと幸村さんはそれをじっと見つめて、口元を綺麗に弛ませた。


「へえ、あと1人なんだ」


「はい。でもその1人が……」


「がんばった山川さんにご褒美をあげようかな」


「へ?」


言うが早いが幸村さんは私のサインペンをスッと奪い取り、サラサラと色紙に書き込みだした。

……あれ、えっと、これは……つまり?


「はい、これで全員分」


渡された色紙には、幸村精市、の字。


「……え……あ……」


「言ってなかったね。立海大附属中男子テニス部部長、幸村精市です」


そう自己紹介された時の私の反応は……お察しください。



………………



こうして私は、なんとか無事に罰ゲームを終えることが出来たのだけれど。

学校に戻ってすぐに、菊丸君と不二君とついでに手塚君に何故かめちゃくちゃ心配されたのは、ここだけのお話。



end




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