「うーん……うーん」
ツイッター風に言えば、挙動不審なう。
私は、乾君のクラスの前でウロウロしている最中だった。
ここまで来ておいてなんだけど、乾君の飲み物に、どのようにしてこの劇薬を入れたらいいのだろうか……。
「……うーん」
「やあ山川」
「……うあう!」
背後から声をかけられるのは、何度目だろう。多分、彼からは2度目だった筈だが。
その彼は、私の後ろでうんと高いところから私を見下ろしていた。
「久しぶりだな。罰ゲームかい?」
「う、うん……ひ、久しぶり……乾君」
引きつり笑いを浮かべながら、私は今日も眼鏡の逆光が絶好調の乾君に挨拶をする。
ていうか……どうしようか、早速バレちゃったよ。
「ふーむ……まさか“飲ませる”じゃないよな?」
「はい……?」
「それ」
顎に手を置いて考える人みたいに考える乾君が指差したのは、私の右手の……ああ、これか。
「いや、違くて、えと……」
「じゃあ、俺の飲み物に混入?」
……何故分かるんだろう。この、ドロドロしたヤバい液体を見ただけで何故……いや、何故もくそもないよね。これ見て浮かぶ罰ゲームっていったら、そうないっか。
「えと、えと…………どうしたらいいでしょう?」
困って乾君に尋ねると、彼は平然とこう返した。
「入れたらいい」
「……へ?」
……い、いいの?
前から思っていたけど、テニス部って心広いとかいうレベルを遥かに凌駕してる気がする……。
「ん?もしや俺のいない隙にコッソリ入れるっていう指令だった?」
「え?いや、え、違……あ、ああ?あー、そっか」
そうだよ、罰ゲームは飲み物にコレを入れるってだけで、細かい指定はなかった。
だったら。
「あ、あの、じゃあ……入れても大丈夫ですか?」
「ああ、勿論」
乾君は快諾し、自分の鞄からひと口分しか残っていないペットボトルを取り出した。
………………
緑茶が真っ赤に染まる様子を、理科の時間でもないのにこと細かに記録する乾君。
彼はいつもこんななんだろうか……。
「しかし山川も大変だなー。よりにもよってあの、面白いことはとことん面白がる2人に気に入られてしまって」
こちらを見て苦笑しつつ言う乾君だが、あの3−6テニス部コンビのことだろうか。
「ていうか、その……訊いてもいいですか?」
「なんで気に入られてるのか、かい?」
……ちょ、読まれた!
えええ、データマンって人の考えとか読んじゃうの?ちょっと怖いんだけどそれ……。
そんな私の心境なんてつゆ知らずな乾君は、こんな説明をした。
「そうだな、まず第一に、からかい甲斐がある」
「………………」
「根が素直で安直だし、打てば響いてくれるところもポイントだな」
「………………」
素直で安直……ってそれつまり、単純ってこと?暗にバカって言われてる?
それに私、打たれて響いた記憶ないんだけど……。
「第二に、人見知りをする。山川は特に、言動がおかしかったり挙動不審だったりするから、そこがかえってツボなんじゃないかと思う。実際、さっき廊下でウロウロしていた時なんか見ていて面白いと俺も思ったしね」
「………………」
あの……いい要素が全くない気がするんだけど、気のせいかな……ひどいよ乾君。
「それから、」
まだあんの……!
「あの、もういいです……」
「まだ色々あるのに」
残念そうに言う乾君に謝り、私は3−11を後にした。
………………
「つまんないの」
無事に罰ゲームを終え帰還した私にそう言ったのは、さっきとは打って変わって不満そうにしている菊丸君だった。
「え……なに?」
「もっとさあ、乾の面白おかしいリアクション期待してたのに〜」
「………………」
……えっと、うん、とりあえず後をつけていたらしいことだけは分かった。
「自分の作った毒薬でさあ、グハッ!……ってなってるとことか見たかったのににゃ〜」
「まあ、仕方ないよ。乾のことだから、いつ自分に罰ゲームが回ってきてもいいように準備してたんだろうね」
さっきの乾君の話を聞いたからだろうか。
この、2人の、人をからかうような面白がるような笑顔が、いつも罰ゲーム中の私に向けられているのかと思うと……なんだか、いつにも増して気が重くなった。
「山川ちゃん?顔色悪いけど、だいじょぶ?」
「乾にアレ飲まされたりはしてないよね?」
「う、ううん、大丈夫……」
あの一件以来、少しは気を使うようになってきた2人を見て、思った。
……やっぱり、早く罰ゲーム終わらないかなあ。
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