あ、やばい……と思った時には、既に遅かった。
「……山川!」
私の名を呼ぶ彼の必死そうな顔が、ぼんやりとした視界いっぱいに広がってそして、
……ブラックアウトしていった。
………………
……なあんていう、何このいきなりのシリアス?な展開になってしまったのは、昼休みのことだった。
私は3−1の教室にいて、中にいた手塚君に用があって、用が何かっていうとうん、まあ言うまでもなくって。
「……テニス部の週間予定?」
「う、うん」
メモ帳とシャーペンを手に、私は何て身の程を考えてないことを訊くんだろう。罰ゲームだから仕方ないんだけど……はあ。
「それを……訊いてどうするつもりだ?」
「え、さ……さあ?罰ゲームは“訊いてくる”だけだし、特に意味はないんじゃない……かな?たぶん……」
あの友達らの考えていることと罰ゲーム内容の意図は毎回よく分からないからなあ……。
そんなことを考えながら、テニス部の今週一週間の大まかな予定を教えて貰った。
「……へえ、日曜休みなんだね」
「ああ。しかし、自主トレをするよう言っておくつもりだ」
教えてくれた週間練習計画をメモしながら、ぽつりぽつりと会話を挟む私たち。
なんだか、テニス部の人との会話にあんまり緊張しなくなってきた気がする……うーん、喜ぶべきなのか?
「山川」
今日(月曜)から日曜まで書き終わって、ふう……と一息ついた時手塚君は、私の名を呼んできた。
「ん?なに?」
「最近……調子は、どうだ?」
「へ?」
なんだろう、いきなり、普段なかなか会話のない父親が頑張って話題を探して話しかけてきたみたいな質問をしてきた……。
「どう……って?」
「いや……」
眉間にシワを寄せながら、手塚君は躊躇いがちに口を開く。
「最初と比べると、罰ゲームの頻度が増しているように感じる」
「ああ……うん、そうだね」
実際、ここのところ毎日のように罰ゲーム罰ゲーム罰ゲーム……ハア、ダメだ、気が滅入る。考えるのはよそう。
「疲れが溜まってはいないか?」
「え、と、どうだろ……?」
「睡眠はきちんととっているか?」
「あ、いや、うん……うーん」
むむ……なんとも目を泳がせたくなる質問だ。
私が言いにくそうにしていると。
「慣れてきたのかと思ったが」
「うん?」
「初回に比べ、罰ゲーム中の顔色が良くなってきていたから、慣れてきたのだろうと思っていた」
だが、と手塚君は続ける。
「今日は、一段と顔色が悪い」
「……そう?」
「ああ」
彼の言葉に、正直戸惑った(決して切れ長の目にじっと見つめられているからではない。うん)。
彼の言う通り、ここ最近あまり良く眠れていないし、今日は朝から身体がだるかった気がする。
「大丈夫か?」
「え、うん、大じょ……う……」
ちなみに、実を言うと私。
例えば英語で「ハウ アー ユー?」と尋ねられても「アイム ファイン」としか答えられないように、「大丈夫?」と訊かれると咄嗟に出てくるのはいつも「大丈夫」なのである。
たとえ、本当に大丈夫でないのだとしても。
だから……。
「う、う……ごほっ……ごほっごほっげほっ」
「山川?……山川!」
突然の激しい咳、眩暈に襲われると共にふらり、と私の身体は倒れた。
床に打ちつけたような痛みは感じなかったが、手塚君の、普段の彼からは想像もつかないような必死な顔と声を最後に、私は意識を手放してしまったのだった。
………………
……みたいなことがあって、目を覚ましたら当然のごとく保健室にいて、私の友達数名とクラスメートのテニス部コンビとテニス部部長さんがズラリと私を取り囲んで覗き込んでいて、すごいびっくりした。
「山川ちゃん……だいじょぶ?ね、だいじょぶ?」
「気分はどう?ボクたちのこと、分かる?」
心配そうな顔のみんな。
話を聞くに、3−1で倒れた私は、手塚君の手によってここに運ばれ、いま37℃の熱があり、汗はダラダラ、顔も真っ青らしい。……それはびっくりだ。
それに伴うこの状況を把握するのに結構な時間が掛かり、みんなを無駄に心配させてしまった。すみません……。
「……俺のせい?」
ぽつりと言った菊丸君は、いつもの明るさはどこへやら、シュンと俯いている。
先日の雨の罰ゲームのことを言っているらしい。
「メールくるより前にさ……俺が早く切り上げとけばさ……」
「ううん、英二だけの責任じゃない。それはボクだって一緒だよ」
菊丸君の肩にポンと手を置く不二君もまた、普段とは違った微笑を浮かべている。
「止めさせておけば良かった。配慮が足りてなかった。……ごめんね」
「あ、いや……」
とてつもなく、シリアスなムードになっている。
なっているところ悪いんだけど……。
「あの……なんでさ、みんなそんな、お通夜みたいな顔なの」
「………………」
起きてからずっと、疑問に思っていたことだった。
何故みんな、私が倒れたくらいでこんな、暗ーい雰囲気になっているんだろう。そんなに心配することでもなくないか?ないよね?あれ、私がおかしいのか?
口を開いたのは、手塚君だった。
「山川」
「ん?」
「止めるか?」
「はい?」
至って真面目に、手塚君はそう言った。
やめる……って、何をだ?と思っていたら、まるで部活中部員に大事な報告でもするみたいな声で、こう続ける手塚君。
「罰ゲームだ。余りにも理不尽が過ぎる」
「………………」
その言葉に、ここにいる全員が、沈黙した。
マイフレンズは罰が悪そうに下を向いていて、菊丸君は擬態語をシュン……からズーン……に変えていて、不二君に至っては笑顔が消えていた。
いや、だからさ……なんなのこの空気?
「えっと……あの、いや別に、その、罰ゲームのせいで倒れた訳じゃあないんだし……」
場の雰囲気をなんとかしようとそう言ってみたのだが、案の定手塚君は「ならば何故倒れた?」と痛いところをついてくる。
「えと、な、なつ……夏バテ?」
「山川……」
……呆れられた。
「止めたいのなら、そう言え。俺がなんとかしよう」
「……え……と、」
……どうしよう。どうしたらいいんだろう、なんとなくコレ、後でマイフレンズとか菊丸君不二君が、手塚君にめっちゃ叱られるフラグな気がするんだけど……。
悩み顔の私に、手塚君は眉根を寄せつつ訊いてきた。
「止めたいのだろう?」
「………………」
……そりゃあ、ぶっちゃけた話……早くやめたい。
やたらゲームが弱くて、罰ゲームをやるのはいっつも私で、最近なんか罰ゲームをやる為にゲームをしてないか?って感が否めなくて、正直もう、リタイアしたいけれど。
「……俺は、やだな」
菊丸君が、ポツリと呟いた。
俯いたまま、泣きそうな不満そうな、子供じみた表情で。
「だってさ、もっと……沢山、山川ちゃんと、遊びたいじゃん……」
「………………」
私と……ではなく、私で、の間違いではなかろうか菊丸君……。
なんて物悲しいことを考えて若干自己嫌悪に陥りつつ、頭の中で良さげな言葉を探す私。しかし、見つからない。
手塚君が、眉間のシワを2倍に深めて菊丸君に言う。
「菊丸。山川の気持ちや身体のことも考えろ」
至極もっともな意見に、菊丸君は顔を歪ませて口をつぐんだ。
「……じゃあ、山川さんは?」
代わりに、というか。口を開いたのは不二君だった。
……はい?私?
「山川さんは、もう……罰ゲーム、したくない?」
「………………」
全員が私を見る。
なんだか、人生最大の選択を迫られている気分に一瞬なった。
……念のため、注釈。
私は、シリアスしているつもりは一切ない。
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