「……山川?」
男子テニス部部室の扉前。
呼び声にピクリと少しだけ反応し、振り返ってみればそこには。
「あ……手塚君?」
が、いた。
左手に弁当を持っているということは、今から昼食なのだろう。
……どこで?
いや、ココしかないだろ。彼は男子テニス部の……。
……あ、そうだ、手塚君に中に入れて貰う流れに持って行くのはどうよ?
おお、いいんじゃないソレ!
と、天啓のごとく思い立った。
早速何か言おうと口を開きかけた時、手塚君の方が先にセリフを発してきた。
彼は、眉根を寄せて、
「……今日はなんだ?」
と、訊いてきた。
え、今日は?……って…………ハッ!
そうだった、いま罰ゲーム中でコレつけてるんだっけ!
彼はきっと「またか……今度はどんな嫌がらせをしてくるんだ?」みたいなことを思っているんではなかろうか。なんかそんな顔をしている。
「誰に何の用なんだ?今からミーティングがある、出来る限り手早く済ませて欲しいんだが……」
ああ……これはマズい、早急に誤解を解かねば……!
「えっ……えっと、ち、違うの!今日は、罰ゲームじゃなくって……いや罰ゲームなんだけど、誰かに用があるんじゃなくって、いや用はあるんだけど……」
「………………」
支離滅裂にも程がある弁明をする私を、彼はやはり怪訝な顔つきで見つめている。
早いところこの口下手なおさなきゃな……と思いながら、私は続く言葉を発する。
「あの、えと、実は今日の罰ゲームは焼きそばパンを買ってこいって……んんと、要はパシリだったのね?」
「………………」
「それで、さっき買いに行ったら在庫が足りなくて、前に並んでた男子が大量に買ってたから、ひとつ買い取ろうと、思って……追いかけた次第です、ハイ……」
「………………そうか」
訳の分からない締め方で説明を終える私と、今ひとつ腑に落ちていなさそうに了解する手塚君。
「………………」
「………………」
数分の間、無言楽団が沈黙を奏で始める。手塚君に限ったことじゃないが、重めな沈黙の中だとどうも落ち着かない。
さて……どうしたものか。
私が脳内にて今後のプランを練っていたため何も言わないでいると、手塚君は「仕方ないな」と言わんばかりの溜め息みたいな息を吐いて、ドアに近寄ってきた。
「……少し、ここで待っていてくれ」
「……?」
それだけ言い残して、彼はガチャリとドアを開き中へ入っていってしまった。
うーん……何を待てばいいと言うんだろう。
………………
「これでいいのか?」
「え、あ……うん……?」
彼が中に入ってから、1分も経っていないだろう。
部室から出てきた彼の手には、私が持っているものと同じパン、即ち焼きそばパンが握られていた。
「え、え……これって……」
「代金は要らないそうだ」
いや……その話ではなくて(確かに重要だけども)。
「部員の桃城が沢山所持していた。事情を話したら快く分けてくれた」
うわぁ、モモシロ君てば超いい子!……じゃなくて、事情話したんだ!中にいるであろう3−6コンビはどんな反応をしたんだろう……。
いや……それはいい。
それより手塚君は、何故こんな協力を……?
「え、えと、あの、なんで?」
少々狼狽え気味の私に向かって、彼はさも当然の如くこう言い放った。
「入り辛そうにしていただろう?これ以上男子テニス部員と関わりを持ちたくないのだろうと思ったんだが……」
「………………」
……手塚君バンザイ!
流石は一家に一台手塚君だよ!察してくれてたよ!気遣いがハンパないよ!
こんな素晴らしい部長がいるなんて、あのコンビも幸せ者だなぁ。ちょっとでいいから見習ってくんないかなぁ。
「ほ……ホントにいいの?」
「ああ、構わない」
彼の行為に若干目頭が熱くなったが、当然のことだと思う。当然のことだと信じたい。私だけじゃないよね?
「ありがとうございます!恩に着ます!」
「いや……いい」
私的丁寧な言葉最上級で感謝の意を伝え、急いで教室に戻り私は今日の罰ゲームを無事完遂させたのだった。
手塚君……ほんっと、ありがとう!(あとモモシロ君も)
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