10




私と彼らは、勘違いしたまますれ違っていた。
私達の意図は、ずっとずっと……絡まったままでいた。



「……ワリィな、涼屋」


罰の悪そうな顔で言うジャッカル君に慌てて「え、いや、全然……」と言葉を掛けつつ、私はどこか上の空で彼の隣を歩いていた。

今は放課後。
ジャッカル君と二人並んで歩いている理由は、現在テニス部の部室に向かっているからで、何故部員でもマネージャーでもない私がそんなところに行かねばならないのかと言えば、呼び出されたからである。

恐らく……あの事件のことで。



『参謀らが、犯人のこと調べとる……バレるのは時間の問題ぜよ』


……そう仁王君に言われた時から、ある程度は覚悟していた。
けれど、まさかこんなに早く来るとは思わなかった。

私達が最後のエコバックを置きに行ったのが今朝で、ジャッカル君が私に「放課後、時間あるか?」と言ってきたのが一限目後の休み時間だ。
……ちょっと早すぎやしないか?とは思ったが、向こうには参謀とかデータマンとか呼ばれている人がいるんだ。何らかの方法で情報を得ていたとしても不思議ではない。


「……なあ、涼屋」


歩いている途中ずっとチラチラ私を見ていたジャッカル君は、急に足を止めてこんなことを言ってきた。


「放課後部室に涼屋を連れて来い、って俺に言ってきたのは柳なんだけどよ……それまさか、今テニス部で起きてる事件が関係してるんじゃ、ねえよな?」


「………………」


それを聞いて、ああ、ジャッカル君は何も知らされていないんだ……と思った。
そういや、盗品の中にジャッカル君の持ち物だけなかったよなあ……なんて思い出しながら、彼の話を聴く。


「柳は俺なんかよりずっと頭いいし、アイツの情報収集能力と推理力を疑う訳じゃねえけど……だけど俺、お前がやったなんて……」


「………………」


「……もし濡れ衣なんだったら、俺に言えよ?なんとかしてやるからさ」


「………………」


聴きながら、思う。
ジャッカル君は……テニス部のみんなは、勘違いしてるんだよね。盗んだのも返したのも全部、私がやったって思ってるんだよね。
でもジャッカル君は、そう思いたくないんだ。……だから、こんな嬉しいこと言ってくれるんだ。


「……ありがと、ジャッカル君」


「でも、」と続け、いつかみたいに心配そうに眉根を寄せる彼に、作り笑いではない笑顔を見せた。


「大丈夫だよ、心配しないで」


「涼屋……」


半分当たっていて、半分外れているけれど。
全て、当たっていることにしてしまおう。全部、私がやったことにしてしまおう。

呼び出されたのは私なのだから。みんなの分も、私が怒られよう。
だから、私はみんなには言わなかったんだ。


まだ心配顔をしているジャッカル君と共に、私はテニス部部室へと歩いた。
右手にグッと力を入れて。



…………



「単刀直入に言おう」


盗難事件の犯人は涼屋、お前ではないのだろう?


…………
部室に入るとレギュラーがユニフォーム姿で勢ぞろっていて、閉じられるドアの音にビクリと反応したり仁王君と目が合って無駄に冷や汗をかいたりして、これから私はどうなるんだろう……とビクビクしている私への第一声が、目の細い彼のその台詞だった。


「…………へ?」


勿論、私は彼の言っている意味が理解出来ず、ジャッカル君と並んで口を半開きにさせた。

……え?え?アレ?
今の、台詞は、ええとどういう……アレ?

ややパニック状態の頭を落ち着かせるべく呼吸を整え、勇気を出して彼らに話しかけた。


「あの……、えっと、それってどういう……」


「そのままの意味だが。持ち物を盗んだ犯人は、お前ではなくお前の友人、それとテニス部ファンの女子数名だな?」


え……あ、あれえ?
バレ、てる……?
なんで?

……この事は誰にも漏らしてない筈で……知っているのは私とAとBとあの子達と、あとは……。
ハッ!……と思い立って仁王君を見たが、彼は「違う違う俺じゃない」と言いたげに首を小さく横に振った。よく私の言いたいこと分かったな。

いや、でも、だったらなんで……と疑問に満ちた表情を浮かべていると、ジャージを肩に羽織った部長さんが「ふふ、彼の情報網と推理力を甘く見ない方がいいよ?」と言ってきた。
……い、一体どのような推理をしたというんだろう。


「お、おい柳……一体どういうことだよ?涼屋が犯人じゃないって、じゃあ、なんで……」


ジャッカル君だけが少々狼狽しながら、えと、柳君?……に尋ね、その柳君は落ち着き払った態度で答えた。


「盗難事件の犯人は、彼女ではない。が、返還事件の犯人……即ち『彼女』は、彼女だ」


「え……え、ええっ!?」


「更に言えば、複数犯である『彼女』らの中の一人が、涼屋だと言うことだ」


少々意味の掴みかねる説明だったが、それでも十分理解出来た。
……本当に、全部知られてるみたいだ。


「まあ、最初は俺達も盗難事件の犯人イコール『彼女』なんだと思い込んでいたけれど。……今朝までは、ね」


柳君の隣に立って、部長さんは言った。


「柳の調べで、容疑者はキミを含め数名にまで絞られた。……けど、どの子もテニス部ファンではなかった。それでは盗む動機がない。……そんな時に、真田の妄言と赤也の話を耳にしてね」


「も、妄言!?」


妙なところに反応した風紀委員長さんを無視して、部長さんは続ける。


「真田は、犯人と『彼女』は別人なんじゃないかって、考えていたらしい。そして、赤也の証言。3−Iの教室で、数人の女子に対し、刑罰について説教していた女子がいた……」


ギクッ……と体を強ばらせた私の首筋に、嫌に冷たい汗がつうっと流れた。
え、ちょ……アレ、見られてた……の?

私の反応に口角を上げてフッと笑う柳君が、その隣で同じく私の反応を見てクスクス笑っている部長さんに変わって説明した。


「容疑者の中に、3−Iの生徒はお前一人しかいなかった。弦一郎の馬鹿らしい閃きも、併せて考えて見れば“盗んだのはファンで、『彼女』はそれを取り返し我々に返した”……というように解釈出来る。つまり『彼女』はファンでなくても良い。そうなればあとは芋づる式だ。お前の周辺を洗ってみたところ、すぐに真相が導き出された」


「………………」


なんていうか。二の句が継げなかった。

風紀委員長さんの扱いが酷いのはさておき、彼らの能力がここまでとは(……いや、柳君だけか?)。
本当、甘く見ていた。部長さんの言う通り。


「ただね、ひとつ分からなかったのは」


私が何も言えずに諦めたような顔をして立っていると、部長さんがポケットから何かを取り出した。


「コレ。コレだけが腑に落ちなかったんだ。分かるよねコレ、百人一首」


部長さんが人差し指と中指の間に挟んで見せたソレは、確かに見覚えがある。
あの時の……。


「お菓子に隠された花言葉に、石言葉。だからコレにもメッセージが含まれていると思うのが普通だろ?でも、どれだけ考えても意味が分からなかった」


そう言って、部長さんはカードと話を柳君にバトンタッチした。


「『彼女』を一人に特定出来たと同時に、俺は気づいた」


さっきから柳君と部長さんしか喋っていないよな、なんて今の状況とはあまり関係ないことを思いながら、黙って彼の話を聞いていた。


「コレの意味が分からなかったのも道理、コレは我々宛てのメッセージではなかった。……いや、誰に宛てたメッセージでもないと言った方が正しいか?そうだろう、仁王」


柳君の言葉に目を見張り、そして仁王君を見た。


「仁王、お前『彼女』が涼屋だと、とうに気づいていたのだろう」


「……プリッ」


仁王君は、ニヤニヤと良く分からない笑みを浮かべていた。


「赤也の話に仁王、お前の名が出てきた。彼女が説教していたところを、赤也と見ていたそうだな。そしてその翌日に起こった返還事件……お前がピンと来ない筈がない。お前は彼女と何らかの形で接触し、このカードを持たせた。……違うか?」


「違わないナリ」


柳君の推理にあっさりと白状し、仁王君は平然とこう述べた。


「おまんらがあまりに『彼女』と犯人を混同させとったからのう……ちぃとばかしヒントでも、と思ってな」


なんと、そんな意図があったのか……とちょっぴり感心していた矢先に、彼の隣に立っていた眼鏡の人が眉間にシワを寄せて言った。


「……仁王君、嘘も大概に。どうせ中途半端に干渉し、楽しんでいただけでしょう」


「……ピヨッ」


図星なのかなんなのか、それだけ言って黙る仁王君。ニヤニヤ笑いは今なお続行中だが。


「いや、全て嘘という訳でもないだろう。一応、ヒントのつもりではあるようだからな」


柳君が付け足した一言に「え、そうなの?」という顔をしたのは仁王君と私以外で、私は知っていた。あの百人一首の意味を。
それを説明したのは勿論、柳君だ。


「君がため、の君。我々のことだと思っていたが、違った。……この歌は、持ち物を盗んだ女子達の為、返還を計画し実行した涼屋のことを指している」


先日仁王君から聞かされたソレを、ほぼ寸分違わず言い当てる細目さんって一体何者なんだろう。まさか心が読めるんじゃなかろうな。

何も言わない私とニヤニヤ継続中の仁王君を交互に見て、肯定と受け取ったらしい柳君は、締めに入った。


「そういうことだ。何か言うことはあるか?」


私だけでなく、全員に対しての台詞。

ジャッカル君は時折ちらりと私を見つつ考え込んでいて、部長さんと柳君は微笑を浮かべ、仁王君はさっき通り。
風紀委員長さんと眼鏡の人は静かに腕組みをしており、一番何か言うだろうと予想していた赤髪君ともじゃもじゃ君も、他の人にならい何も言わない。
いや、何も言わないというより……何も言うことはない、というような雰囲気。

ていうか、あれ……まさか、
怒……って、ない?


「私からひとつ。いいでしょうか?」


「は、はいっ?」


あまり重くない沈黙を落ち着いた声で破ったのは、眼鏡君だった。


「何故、謝罪を直接でなく文面でもなく、花言葉にしたのですか?そのことがずっと引っかかっていまして」


「!…………」


果たして言ってもいいのか、それとも言わない方がいいのか……と数秒間だけ悩んだが、言っても大丈夫な気がしたので言うことにした。


「え……と、その……お、おこ……」


大丈夫な気はしてもやはり緊張する。


「……怒ってるんじゃ、ないか……って思って……」


「………………」


「直接、とかだと……もの凄く怒られるんじゃないかって……だから、その……」


……ああ、言っちゃった言っちゃった。
何だろうこの……言ってしまってからの変な羞恥心。


「……怒ってると思ったから、三回目のアレかい?」


部長さんの問いかけに、コクリと縦に首を振る。本気で激しい仕返しが来そうな気がして、ずっと恐かった。


「……ごめんなさい」


俯いて、そう呟いた。

すると、今まで黙っていた赤髪君の、こんな声がした。


「あのさあ……俺ら、そこまで怒ってねーんだけど」


「……へ?」


顔を上げると、今度はもじゃもじゃ君が。


「ぶっちゃけ言いますけど、今回が初めてじゃないんスよ、盗まれんの。去年もあったし、その前もあったらしいし、今回のと違って返してくれる気配もねーし」


驚愕の事実を、さらりと述べた。


「返してくれただけでも十分だよな」


「ッスよねー」


え、え、えー……と?
何このノリの軽さ……ではなくて、怒ってない?
ってことは何?要するに……
……私の、早とちり?


「…………!!」


彼らの台詞は、今の私には衝撃的すぎた。
だって……直接だと、怒られるんじゃないかって思って……だからわざわざ図書室で花言葉辞典借りて……諳唱出来るくらいに読み込んで……。


「つかお前さあ……俺らのことなんだと思ってたんだよー」


「ホントッスよー」


……返す言葉もございません。

つまり私達は、必要以上に怯え過ぎていたということで。普通に返して普通に謝罪すれば、普通に許してもらえていたということで……。
……なんて変なすれ違いをしていたんだろう。


こんな事実を知って、私がすること……いや、しなければならないことは、ひとつしかない。

私はふう、と小さな息をひとつついて、きちんと姿勢を正して、彼らに向き直った。


「……明日、また来るね。みんなを連れて」


絡まった糸が解けたような、すっきりとした気持ちで、次ここに来る時はちゃんとみんなで謝罪しよう、と心に決めたのだった。



end



諳唱
…覚えたことを何も見ずに唱えること。暗唱。



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