後日談
返還事件の全てが終わった翌日、私は朝から男子テニス部の部室へと足を運んでいた。
友達ABと、ファンの子達を伴って。
「……ほんっとーーに、スミマセンでした!」
最敬礼より深い礼で以て、なんなら土下座しても構わないくらいの意気込みで、私達は彼らの前で謝罪した。
少しやりすぎではなかろうかとオロオロしているのはジャッカル君のみで、赤毛君はガムをぷくっと膨らまし、もじゃもじゃ君は大きな欠伸、二人の眼鏡君は同じポーズで眼鏡を押さえ(ていうか何故二人いるんだ)、柳君は何やらノートに記入し、風紀委員長さんは厳つい顔で腕組み、部長さんに至っては椅子に座って足と腕を組むという偉そうな姿勢で、私達を見ていた。
見ているだけで、誰も何もコメントしない。
「………………」
全員分の三点リーダが刻まれる室内。沈黙の重さに耐えきれなかった誰かが、チラリと私を見てきた。
いや……そんなアイコンタクトを寄越されても、私にはどうすることも出来ないんだが。
この、意外に苦しい体勢のままどのくらい待てばいいんだろうか……やっぱり怒ってるんじゃあ、なんて思い始めた時。
「頭上げなよ」
前方から、部長さんの声が飛んできた。
もういいのかな……?と思って恐る恐る顔を上げてみれば、うん、もういいみたいで。
「涼屋さんには昨日話したけどね、俺達そんなに怒ってないからさ」
笑顔でそう言った。
私以外の女の子らは皆、驚きと不安を足して二で割った顔を見合わせたり、ゴクリと唾を飲んだりしている。
……関係ないが、部長さんって普段の制服姿の時と部活のユニフォームの時と、雰囲気が違うように思う。普段は温厚だが、現在はなんとなく威厳のあるというか威圧的というか、そのような雰囲気。
羽織ったジャージがマントのように見えるからか。
「なあ、真田」
「う、うむ」
サラサラのシチュー並みにあっさりした様子で同意を求める部長さんに、その隣に立つ風紀委員長さんは中学生の使う返事ではない返事をした。
赤毛君は新しいガムを出して噛み始めるし、もじゃもじゃ君はラケットを手に取りいじりだすし、部員全体に、もういいんじゃね?と言わんばかりの空気が流れ始めた。
「だからもう帰っていいよ、涼屋さんは」
「…………えっ?」
AやBやファンの子達もだが、今の部長さんの台詞に最も驚いたのは私である。
いや、え、何故?私だけ?
「イヤ、だって、お前何もやってねーじゃん」
フォローするかのように入る赤毛君の説明だが、いやでも私だって計画に荷担……。
「もし持ち物返還のことをお考えなのだとしても、貴女は昨日既に我々に謝罪を行っています。それで十分では?」
正に私が考えていたことを言い当て、更に正論を突きつける眼鏡君(右の方)。……いや、ていうか何故彼は二人いる。
「彼女達には残ってもらうけど、安心して?別に酷いことをするワケじゃあない。また同じことを繰り返さないよう、少〜し注意するだけさ」
言いながら部長さんは、顔の横で、人差し指と親指で一センチ程度の空間を摘む。
……うーん、まあ、昨日の一件でそこまで恐ろしい人達じゃないってことは分かったし、以前私が説教したとは言っても盗み癖がついてしまっては元も子もないので、彼らにお灸を据えてもらうのもいいかもしれない。
好きな人達から直接言われれば、彼女達も懲りるだろう。
故意に盗んだんではないけどAとBもついでだ、憧れの眼鏡君と一緒の時間を堪能すればいいさ。
「ホレホレ、分かったら早くお家に帰りんしゃい」
いつのまにか私の背後に回っていた仁王君が、私の両肩を掴みながらそう言った。
気づけば、眼鏡君が一人減っている。
「さーさ、出てった出てった」
ドアノブを回して、私の肩を掴んだままやや強引に外へ押し出した。
バタンと扉が閉じられる。
……仁王君も外に出てしまったが、彼は中にいなくていいんだろうか。
「ほーら、ちゃっちゃと歩くナリ」
後ろからグイグイ押す仁王君に私は囚人かと突っ込みたかったが、それより大事なことに気づいた。
「……あ!エコバック返してもらうの忘れてた」
「……あり?くれたんじゃなかったんか」
あげるつもりだったけど、折角だから返してもらおうと思っていて、なのに忘れていた。
いや、仁王君が無理矢理帰らせたからってのもあるか……。
まだ部室から十メートルもない地点。
すぐさま取りに戻ろうとしたが、しかし仁王君は強く掴んで離してくれない。
「まあ、待ちんしゃい」
「ちょ……離して」
「まあまあ、あとで届けにいくから(ジャッカルが)」
「いや、今取りに行けるから……」
「ダーメ。今戻るんは止めとき」
……何故そんな頑なに、部室に戻るのを拒むのか。
「にお……」
知らん顔で部室を見ている彼を睨みつけながら非難の声をあげようとしたその時、急にだ。
ガバッと、私の耳を塞いだ。
「…………え?」
「………………」
仁王君の口がパクパクと何か言っているが、よく聴こえない。
仁王君は、部室を見てなんか溜め息みたいなのをつきながら、私の耳に当てている手の力を強めた。もう殆ど何も聴こえないんだが、何がしたいんだこの人は……。
耳を塞ぎつつもやはり私を部室から遠ざけたいらしい彼は、歩け歩けと促すように前に行こうとする。
半ば押されるように歩き、校舎付近まで移動した辺りで、ようやく彼は耳から手を離してくれた。
「ふー、ここまで来れば安心じゃな」
「……何がしたかったの?」
「いやいやー」
何度か食い下がって訊いてはみたけれど、はぐらかすばかりで答えてくれる気配がない。
そのまま私は、教室まで連行?……されてしまった。
…………
予鈴まであと数分。
「………………」
「あ、お帰りー」
AとBが戻ってきた。
……んだが、心なしか顔色が悪く見える。というか、悪い。
あの時より、遥かに。
「……どうしたの?まさか……あの人達に、なんかされたんじゃあ、」
「う、ううん!なんでもない」
「そう、なんでもない、なんにもされてないよ!あは、ははは……」
……いや……あの、思いっきり怪しいんだが。
……と、ちょうどその時ジャッカル君の姿が見えたので、今度は彼に何があったのかと尋ねてみた。
「え?……い、いや……なんでもないぜ?」
……ブルータスお前もか(byカエサル)。
怪訝な顔の私に、ジャッカル君は渇いた笑いを浮かべながら、こう告げた。
「……知らねえ方がいいこともあるさ」
「………………」
いや、だから……
何があった!
end
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