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私達の友達である涼屋沙希が返還計画を実行する、数日前のこと。
そう、あれが全ての始まりだった……。
【友達A】
「あ、」
休み時間中、友達Bと二人で行ったトイレの帰り。
私達は、ふと足を止めた。
視線の先……3−Aの教室はもぬけの殻で、ああ柳生君達って次移動教室なんだ……と思った。
……私もBも、柳生君のファンである。あまりキャーキャー騒ぐタイプではない、一年生の頃からのファン。
私達程プラトニックラブなファンもいないであろうと思えるくらい、密やかな片想いだった。
……それでも、ファンを名乗るだけはあり、やはり柳生君のことをある程度は知っている訳で。
「こ、ここだよね、柳生君の席……」
「う、うん、廊下側から三列目、前から三番目の……」
誰もいない教室に忍び込み、彼の机を触ったり、座って椅子の高さを実感したりして、ほんわか幸せな気分に浸っていた。
「あっ……これって柳生君の体操服かな!?」
「わあ……!」
体操服の入った袋を発見したくらいでキャッキャと小さく騒ぐ私達。なんか変態くさい。
この場に沙希がいたなら、きっと苦笑を浮かべて「良かったねー」なんて言うんだろう。
あの子はテニス部に興味がないから、いつも反応は淡白だ。
袋を開こうとする私を「だ、駄目だよ!」とBが止め、「別にいいじゃん、減るもんじゃないしー」と返してアハハと笑い合った。
その時……足音が近づくのが聞こえた。
私もBもピタ、と笑うのを止め入口を凝視。
「やっば……誰か来る!」
私達は急いでその場を離れ、全力疾走、誰もいない校舎の片隅へと急いだ。
……この時私は、とても焦っていたのだ。本当に、それしか言いようがない。
柳生君の体操服を、持ち出してしまっていた。
…………
………………
「…………やば」
な……な、な、な……
何……てことをしてしまったんだ、私は。
いくらとっさだったとはいえ、これ……。
「………………」
始業ベルが鳴るのもスルーしてしまうくらいに、呆然と、手元の袋を見つめていた私達……。
数分後、なんとか冷静さを取り戻し、とりあえず体操服袋を近くの資料室へ隠し、出来るだけ自然を装って教室へと戻った。
最初の数分間授業に遅れてしまったのは、気分が悪くて医務室に行っていた、で誤魔化しがきく。
……けど、先生とは違って、友達は簡単には誤魔化されてくれなくて。
「……どうしたの?二人して遅れるなんて、珍しい」
板書中、先生の目を盗んで沙希は私に話しかけてきた。
私達の様子がいつもと違うことに気づいているのだろう。
……だけど。
「いやー、何でもないよ。大丈夫」
「……ホントに?」
「ホントホント」
笑顔を作ってみたけれど、沙希の目は明らかに訝しんでいた。
ごめん……でも、出来たら沙希には知られたくない。
私達が、たとえ本意でないのであっても、泥棒みたいな真似をしてしまったなんて……。
向こうの席では、Bが不安げに此方を見ている。
……大丈夫、コッソリ返しに行けば大丈夫だって。うん、大丈夫大丈夫。
…………
なあんて軽く思って、グッと親指まで立ててしまったのが間違いだった。
昼休み中、資料室から秘密裏に体操服を回収出来たはいいものの、いつ、どのタイミングで返しに行けばいいか分からないのである。
今の時間は人が沢山いるから無理だし、A組の時間割を確認したが今日はもう移動教室がないみたいだし、放課後は放課後で、沙希に断りを入れて先に帰ってもらうのは困難だ。
用事があると言えば「待っとく」か「手伝う」と返すだろうし、何も告げずにいれば追及してくるに決まっている。
それでは困る。
どうすればいい……?
そんなこんなで迷いに迷っているうちに時は流れ、なかなか返しに行けないまま数日が経ち……。
とうとう、沙希に話す羽目になってしまった。
…………
「二人とも、私に何か隠してるでしょ?」
ある日、沙希はついに「放課後残って」と私達に言ってきた。
放課後になって、教室や廊下に誰もいないのを確認してから、そう言った。
……沙希は、あの時からずっと怪しんでいる。
もう、これ以上隠し通すのは無理だと判断して、私とBは事実を話すことにした。
「あの、ね……実は……」
…………
ずっと黙って聞いていた沙希。
話し終えた数秒後に盛大な溜め息をついた。
そして「なんで言ってくれなかったの」とか「なんですぐ返さなかったの」などと責めるでもなく、ただ一言、
「……ばか」
そう言って、私とBの頭をグーでコツン、と叩いた。
「……ごめん」
「ごめんなさい……」
自然と謝罪の言葉が出てくる私達に、沙希は笑顔を向ける。
「いーよ二人とも、私に謝ることない」
「……でも、」
「謝罪すべき人は、別にいるでしょ?……ホラ、私も一緒に返しに行くからさ。ね?」
「う……うん」
……もう少しくらい、怒られると思ってたのに。
沙希の言葉に少し目頭がジンとなってきて……それを隠すため、無理に笑顔を作った。
そして、青春ドラマの如く一言「ありがとう」……と、
……言いたかった。
が、言えなかった。
直後、誰もが予想し得ない事態へと発展してしまったからである。
ガラッ……と、教室の戸が開かれた。
ずっと誰もいないと思っていた私達は、ビクリと肩を揺らしながら振り向く。
そこにいたのは、特に知り合いでもなんでもない、女子生徒数名。
何か用かと尋ねる前に、彼女達は口々にこう言い出した。
「……すみません」
「スミマセン……」
「ホント……すみません」
「…………は?」
えと……彼女達は一体誰に、何に対して謝っているんだ?
訳が分からず頭の中にクエスチョンマークを浮かべまくる私達三人に。
彼女達は、こう話した。
…………
さっきたまたまここを通りかかり、こっそり話を聞いていた。
……実は、自分達も過去に持ち物を盗んでしまったことがある(事故でなく、故意に)。
いけないことだとは分かっていたが、ついやってしまい……今頃になって、罪悪感が押し寄せてきた。
虫のいい話だとは思う、しかしどうしても(怖くて)返しに行けないので、一緒に行って貰えないか。
…………
……見ず知らずの私達に、なんつうカミングアウトをするんだろう、彼女らは。
そう思った直後、ハッとした私は沙希の方を横目で見てみた。
あ……ヤバい、かも。
「………………」
……沙希は、私とBの話を聞いた時、多かれ少なかれ怒っていたのだと思う。
元々、勧善懲悪、悪事が嫌いな子だから。
それなのに叱らなかったのは、友達だからというより、沙希が優しかったからだ。
けれど……この微妙に空気読めてない女子生徒達のおかげで、どうやら沙希の良心を総動員させても抑えきれない怒りが湧き出てしまったようで。
「…………ら……」
まあ……要するに。
「……お前らちょっとそこに直れーーっ!!」
……キレた。
【友達B】
普段大人しい子は怒ると怖い……なんていうけど、沙希ちゃん程それを体現した人はいないと思う。
「……大っ体ねえ、みんな分かってんの!?盗みは犯罪なんだよ、犯罪!“つい”やっていいことなんかじゃないの!」
私達は、教室の床に正座させられていた(なんで私とAちゃんまで……)。
「刑罰のことはよく知らないけどね、ゼッタイ罰金千円や二千円じゃあ済まされないんだから!被害者が告訴すれば、裁判にだってなるんだからね!?」
「す、すみませ」
「すみませんじゃなーい!」
「はいぃっ!」
……こんなに怒る沙希ちゃんを見るのって、もしかしたら初めてじゃないかなあ、うふふ、あはは……
……と、現実逃避をしたかったけど、話を聞いてないせいで矛先が此方に向いたらたまらないから大人しく聞いていた。
…………
大体、十五分くらいかな?
やっと終わった説教の次は、持ち物をどう返すか……という話になった。
「うーん……AとBの分だけなら、返しに行って謝るだけだし、まだ良かったんだけど……」
そう、この途中乱入の女の子達は、故意に盗んだと言っていた。
だから、本物の窃盗である。
「どうしよ……やっぱりみんな怒ってるかなあ?怒ってるよね?」
「今更ウダウダ言わない。それよりどうやってテニス部に返すか、考えなきゃ……」
「で、でも……直接、返すの?あの人達に……?」
「う…………」
……何を想像したのか、女の子達と同じように顔を青くさせる沙希ちゃん。
……まあ、そんなやり取りを経て、殆ど沙希ちゃんの意見によって構成された計画。
テニス部にバレずに返し、且つ謝罪も送る、返還計画。
安価で沢山入るエコバックを使おうと発案したのは沙希ちゃん、メッセージをつけようとわざわざ花言葉辞典や石言葉のサイトを漁って調べたのも沙希ちゃん。
ラズベリーパイやレモンパイはみんなで家庭科室を借りて作ったけど、レシピを親戚のお姉さんから教わったのも勿論、沙希ちゃんだ。
本当に、ありがとうだけでは感謝しきれないくらいお世話になった(本当に感謝すべきは女の子達だけど)。
…………
一回目。
朝早くに登校し、パイを焼き上げ、市販のケーキ箱に詰め、盗んだモノと一緒にエコバックに入れた。
エコバックをテニス部部室のドアノブに引っ掛けに行ったのはAちゃん。六限目の体育、気分が悪いからと医務室に行くフリをした。
二回目。
この日も朝早くに家庭科室へ直行、焼いて詰めてエコバックへ。私達が盗ってしまった柳生君の体操服も、一緒に入れた。
この日は朝に持って行った。流石のテニス部も、こんな早くの朝練はないだろうと思って。
三回目。
この頃には、テニス部の方で犯人を捕まえようとする動きが活発化してきたため、私達も慎重だった。
ヒントの石ころはその辺の特定し辛いものを使用、筆跡でバレないように文は走り書き。バックを置きに行ったのは沙希ちゃん。
見つけたのが仁王君だったのは計算外(昼休みに屋上庭園に来る幸村君狙い)だったけど……まあ、いいか。
……と、思ったが、良くなかったようだ。
四回目。
三回目と同日の昼休み、沙希ちゃんは下駄箱へ向かった。幸村君の下駄箱に幸村君の詩集を入れる作戦だった……が、失敗に終わった。
仁王君に、見られたらしい。
仁王君は、私達のこと知ってたらしい。
……そこでどんな会話をしたのかは教えてくれなかったけど、仁王君はテニス部に報告する気はないとか。
仁王君の話だと、今日は幸村君の定期検診らしくって。
いつの間にか用意していた百人一首のカードを本に挟んで、沙希ちゃんは一人病院へ向かった。
……仁王君の罠、ではなかったみたいだけど。
なんで、仁王君……知ってたんだろう?
五回目。
最後のメッセージは、シンプルに“last mission”にして、エコバックは二年の切原君の下駄箱付近に置いた。
……これで、全て終わった。
私達は、スゥッと肩の荷が下りたように脱力した。
良かったー……と喜びたいところだけど、
「本当にありがとね、涼屋さん…………涼屋さん?」
……なんだか、沙希ちゃんがどんよりと暗い。
あの時キレていたのが嘘のように、元気がない。
「……沙希、どうかした?大丈夫?」
Aちゃんが声を掛けてみたけど「何でもないよ」としか言わない。
……いつか見た光景だ。
「何か……隠してる?」
「……ううん」
「……仁王君に、何か言われたとか?」
仁王君、という単語に、僅かにピクリと反応する沙希ちゃん。
……図星みたい。
「ねえ、四回目の時、仁王君と話したんでしょ?何言われたの」
「な、何も……」
嘘が下手な沙希ちゃんだけど……決して口を割ることはしなかった。
私もAちゃんも女の子達も、凄く気になっていたけど……これ以上の追及はしなかった。
……しておくべきだったかもしれない。無理矢理にでも、吐かせれば良かったかもしれない。
五回目の放課後。
沙希ちゃんは、テニス部に呼び出された。
next...
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