Valentine Day | ナノ
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意識が朦朧とする。
寒空の中少し外で月を眺めすぎたみたい。

「ほら、言わんこっちゃねぇ」

『ごめんなさ…へいちょ…』

「おとなしく寝てろ。これは命令だ。わかったか?」

コクンと頷いて返事をすると、兵長は優しい手つきで私の髪の毛をすくように頭を撫でる。
わざわざ私の自室までやってきて、寝込んでいる私にスープと高価な果物を持ってきてくれた。果物をナイフで器用に剥いてくれて口に運ばれて少し恥ずかしかった。
こないだ貴族がくれた、だなんて兵長は言ったけれどそんなタイミングよく果物を貰うわけないし、わざわざ私の自室まで来てくれた優しさと頭を撫でる手が心地よくて微睡みの世界へと落ちる。



新月の夜だった。
鼻の先がつんとするような寒さは夜空を澄ませくれて、星まで綺麗に輝いていた。

新月ごとにお願い事をする。
兵長が無事でいれますようにって。
新月ごとにするこのお願い。いつもはすぐ室内に戻るけれど、この前は少し長い時間夜空を眺めていたのが悪かった。
澄んだ空気が肌を撫でる冷たさ、夜空を輝く星たちが心地よくてつい、長居してしまったのだ。

だけど、こうやって兵長に甘やかして優しくしてもらえるのも悪くないなあって思った。



体調はすぐに良くなり、いつも通りの毎日を過ごせるようになって、そろそろやってくるバレンタインのことを考えて悩む毎日である。
そんな私を見かねたのかペトラはバレンタインの話題を振ってくる。

「ナマエもちろん兵長にあげるんでしょ?」

『あげたい』

「絶対に大丈夫だってナマエなら!兵長にあんなふうに優しくして貰えるのナマエだけだよ!」

兵長に片想いして随分経つ。
ペトラ曰くどうみても両想いだと言う…そうなのかなって思えるし、いやでも勘違いだったら恥ずかしいしもう顔を合わせられないってなる。

「次の非番買いに行こっ」

微笑むペトラに連られて思わず頷いてしまった。



その非番はすぐやってきた。
賑やかなチョコレート売り場の雰囲気に飲まれてしまいそうになる。兵長は…甘いものそんなに好きじゃなかった気がする。どれがいいのかな。可愛らしく包装された箱や、風変わりな形のチョコレート、悩む。

売り場を端から端へとどれがいいかなと悩むと、ひとつ目についた。
黒い包装で小さなリボンがついたシンプルなもの。中身は甘さ控えめで数もそんな多くなくて、これなら兵長にぴったりだと思った。

「ナマエ決まった?」

『これに、する。』

「んふふ、ナマエが選ぶならそれで大丈夫だよ。」



ペトラとお茶をして兵団に戻ると、兵長とすれ違った。

「あれから体調はどうだ?」

『大丈夫のようです』

「無理はするなよ」

『はい、兵長』

簡単な言葉を交わし、兵長はそのまま去っていく。心がぎゅっとする。
兵長、好きです。やっぱり私兵長のこと好きなんです


「ナマエ…?私のこと忘れてない…?」

『…ごめん、忘れてた』

「完全に二人の世界だったよ」

ペトラのその言葉に恥ずかしくなる。
そんな私を見てペトラは笑う。









バレンタイン当日。
兵団内は賑やかで毎日こうだったらいいのにな、なんて思ってしまう。

今日は兵長の執務のお手伝いをする日でチョコレートを渡すのにちょうど良かった。
日も傾きはじめ、執務室がオレンジ色に染まる。

「ナマエ今日はこれで終わりだ。」

『了解です。兵長、お疲れ様でした……………兵長、あの』

言葉でてこない。
兵長の想いが心臓を早く鳴らし、言葉がつまる。

「どうかしたのか?」

オレンジ色の光に染まった兵長の瞳は優しくて心臓がどんどん早く鳴る。

『これ……いつも、ありがとうございます』

「ああ、そういや今日はバレンタインだったな。」

『兵長。私、兵長のことが、好きです……っ、』

兵長がチョコレートを受け取ってくれて、やっとの事で想いを言葉にする。恥ずかしくて兵長の顔が見れない。

「…………ナマエ、悪い。お前の気持ちは受け取れない」

『……えっ』

「悪いな」

『……兵長は私の事嫌いですか?』

「嫌いじゃねぇよ。……俺だってお前の事、好きだ。」


「好きだ」そう兵長は言ってくれた。
だけど、兵長は私と目線を合わせてくれないし、さっきまでとは一転無表情だ。

『じゃあ、なんで、兵長……』

あんなに私に優しくするのですか。
私を好きだと言ってくれたのに、なんでですか。
その言葉を口にする前に、涙が先に溢れてきた。兵長は優しくその涙を拭ってくれて頭が追い付かない。

「お前の気持ちを受け取ることが、できない」


溢れる涙の止め方が分からない。
私の気持ちを受け取れないと言いながら兵長は優しくしてくれてる、この瞬間も。

涙が落ち着いた頃、兵長は紅茶を淹れてくると言って執務室をあとにした。
こんな気持ちのまま兵長と紅茶なんて飲めるわけなくて今のうち執務室を出ようと立ち上がる。そして、ふと目に入るチョコレート。

気持ちを受け止めてもらえないのから、これもいらない。

私は兵長にあげたチョコレートを手にして、自室へと走った。
泣きはらした顔を他の兵士に見られたくないその一心で。


自室に戻ると涙が止まらない。
チョコレートを机の引き出しにしまい、ジャケットを投げるように机にかけてベッドに体を預けた。

どうしたらいいのか。
兵長にチョコレートを選んでる時に戻りたい。
いや、バレンタインの前に戻りたい。
こんな風になるなら、兵長に想いを伝える事なんてしなければよかった。優しくて気にかけてくれる兵長で我慢しておけば良かった。だけど、どんなに考えても時間が戻るわけでもない。
どれくらい泣いたのか。泣きつかれて涙で濡らしながら私は眠ってしまった。


気づけば翌朝で、ひんやりとする枕と違和感を感じる瞼が昨日の事を思い出させてまた涙が出そうになる。
だけど、今日も訓練だってあるし、起きて準備をしなくちゃいけない。だけど、体は言うことを聞かない。

どうにでとなれと、私はまた瞼をとじた。



涙味のチョコレート


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