あれからどのくらい経ったのだろうか。扉を叩かれる音が聞こえて私は起きる。
「ナマエー?大丈夫ー?兵長から体調良くないって聞いたよー?」
扉越しにペトラの声が聞こえて、また私は泣きそうになる。
兵長は、なんで……っああ、もう、だめだ。また涙が出てくる。
「寝てるのかな…」
ペトラの足音が遠ざかって行く。
ペトラごめんね。今は、ペトラにも会いたくない。
ずる休みなのに兵長がきっと理由をつくってくれたみたいで、だけどなんで優しくするの。私の気持ち受け取ってくれないのに、なんで、なんで、なんでなの…。
わからないよ、兵長の気持ちが。
止まらない涙を拭く気力さえもなくて私はそのまままた瞼を閉じた。
翌日、私は気持ちを入れかえて兵服に着替える。
いつまでもこんなんじゃだめだ。やるべきことだけはやらなくちゃ。
とりあえず昨日から何も食べていないのもあるけど、こんな時にだってお腹は空いてしまうから食堂へと向かう。
朝イチの時間はまだ兵士がまばらでゆっくりと食事を取っていると団長が私の元にやってきた。
『お、おはようございます、団長…っ!』
「ああ、そのままで構わないよナマエ。」
『すみません…』
「体調は大丈夫かい?それでナマエ。今日から一ヶ月ほど私の補佐をして欲しいんだ。ちょっと私の補佐が訳あって実家に帰っていてね。構わないかい?」
『私なんかでよければ…!』
「期待している」
『お手柔らかにお願いしますね団長』
団長が笑う。そして、団長は食事もとらずに食堂から去っていく。
残りのスープを口にしながら私は考える。
つまり、私はその間兵長のお手伝いをしないわけで、顔を合わせずにすむ……でも、それは兵長が私に会いたくないからこうなったのかな。いや、それは考えすぎかな。
一ヶ月あれば、私の心は落ち着くかな。いや、落ち着かせなくてはいけない。
団長の補佐は、兵長の執務のお手伝いをしていた時の数倍以上の大変さだった。
少し訳あって実家に帰ってしまった団長の補佐を恨む。…だけど、忙しければ忙しいほど兵長の事を考えなくて済む。
団長の補佐をはじめて二週間経った頃
「私が言うのはなんだが…ちゃんと寝ているのかナマエ」
『寝てないわけではないけですけど…』
「明日は休んで構わない。ナマエに倒れられたらリヴァ……っと、また新しい補佐が必要になってしまうからね。」
もともと眠れない事が頻繁に起きる人間である。
だけど、こんなにも酷いのは久々でなんでだろうと考えていたら、それは兵長の側にいないからだ。眠れない夜を優しく包んでくれたのは兵長だった。兵長の執務室のソファーで二人で何をするわけでもなくただ隣に座りあっていて。触れたところから感じる体温に安らぎを覚えそのまま眠りにつく、という事をしていたからで。
「…ナマエ?」
『え、あ、じゃあ、お言葉に甘えて明日はおやすみ貰って構いませんか?』
「ああ」
『では、本日はこれで失礼します』
立ち上がる。その瞬間に視界が回るような感覚がする。
あれ?と思った時には遅くて意識が遠ざかる。
「ナマエ…!」
団長の慌てる声も私には届かなかった。
『…ん、あれ、』
私団長室にいて、そうだ。団長に明日のお休みを頂いて自分の部屋に帰ろうとしたところで、そのまま倒れたんだった。
見渡す限りここは自分の部屋で、もしかして団長が運んでくれたのかな…そしたらすごく申し訳ない。
扉ががちゃりとひらく。
誰?と思って扉を見るとそこには兵長がいて、久々にちゃんと兵長の姿をみた。
「ひでぇ顔だな。ちゃんと寝れてるのか?」
『…あまり、です』
「そうか。」
兵長は私のベッドに腰かける。
バレンタインの事なんてなかったかのように兵長は前のように私の側にいて、こんなも兵長の近くにいるのは久々でどうしようもなく心臓がぎゅってする。
「…俺のせいだな」
『ち、ちがいます…』
「…………ナマエ」
兵長は私を真っ直ぐ見つめて、私の頬に手を伸ばす。
「隈、酷いな」
『…それは兵長に、言われたくないです…』
そうやって兵長の顔を見ると、兵長と視線が絡む。
兵長の目の下の隈はいつもより酷くて、兵長こそ大丈夫なのかと心配になってしまう。
「……俺は、思ってる以上にお前が好きらしい」
『……』
「ナマエに、縁談の話がきている。俺なんかよりそいつが幸せにしたほうがお前は幸せになれるだろう」
『えん、だん…?』
初耳だった。
「だから、お前の気持ちを受け取っやれないと言った。だが、こうやって俺のせいで倒れるナマエを見て俺はどうしたいのか分からなくなっちまった…なあ、ナマエ」
『なん、でしょうか』
「…チョコレート、くれないのか」
『…私の気持ち、受け取って……貰えますか…?』
「ああ……ナマエ好きだ。俺のものになれ」
『…っ、…んっ、兵長…っ』
「泣くな」
『だっ、だって…っ』
兵長は私の涙を優しく拭ってくれる。
ぼやける視界に映る兵長の顔は優しく、そのまま兵長の顔が近づいて、触れるだけのキスを、した。
涙味のチョコレート
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