廊下に響く足音
屋敷から戻り身体に馴染んだ兵舎のベッドは固かったけれど安心した。
その日見た夢はなんだか懐かしい気がして起きると泣いていた。
『…なんで、泣いてるんだろ私…』
悲しい涙ではない。
だけど、自分の意思に反して泣いているとさすがに自分でも驚く。
そして昨日エルヴィン団長に朝イチで団長室に来いと言われているから、顔を洗い身支度を整え深呼吸をする。
団長室へ向かう途中同期達に会ったからおはようと挨拶をするとまるで面白い物を見るかのような視線を向けられる。
「お前なんで調査兵団なんかに入ったんだよ」
『え?どうしたの?』
「お前ベルク家の娘なんだろ?」
『…ちがうよ』
「とぼけんなよ。俺上官たちが話してるな聞いたんだけど」
『…知らないよ』
「はあ?知らないじゃなくね?」
『ごめん、私団長に呼ばれてるから行くね』
同期が何か言い返してきたけどそれを無視する。
なんで。なんで知られているの?
知られていたくないからベルクという名ではなくミョウジと名乗っているのに。
問題はどこまで知られているのか…
『おはようございます』
「ナマエおはよう。ちゃんと寝れたかい」
『寝れました。やっぱり馴染んだ寝床が一番ですね。』
「ははっ。それはよかった。…で、本題に入ろうか。」
『…はい。』
「ナマエ・ベルク。君の父上との取引により君は壁外へ出ることを禁ずる。」
『…え、』
理解ができなかった。
エルヴィン団長は今なんて言った…?
私の聞き間違い?それとも
『団長…今なんと仰ったのですか』
「ナマエ、君は壁外へ出ることを禁ずる。と私は言った。」
エルヴィン団長がニッコリと笑う。
壁外へ出ることを禁ずる……?
それは調査兵団をクビになるということ?
「ああ、安心したまえ。なにも調査兵団を辞めろって言ってるんじゃないよ」
ドキリ、とした。
団長に私の心を見透かされているんじゃないかと。
「君の父上と約束したんだよ。ナマエに生きて欲しいから壁外へ出ないで欲しい。代わりにそれなりの出資をすると。その額はそうだね…これが見えるかい?」
『…え、そんなに』
一枚の紙を見せられる。
その紙にはベルク家の紋章と父のサイン。それに団長のサインが印されている。
そしてそこに記されている金額に驚く。
「いつだって資金不足の我々にこんないい条件を出されたら飲むしかないだろう。ナマエには申し訳ないが」
団長はまたニッコリと微笑むけれど、それはまるで私に反論をすることを抑え込むかのようで、私はハイと返事することしかできなかった。
『…団長では私は調査兵団にて何をすればよいのでしょうか』
「今のところ…そうだね、誰かの補佐にでもしようかなとは考えている。」
『わかりました。……団長、私はこれからも調査兵団に所属する以上ナマエ・ミョウジと名乗ります。』
「ああ、それは構わない。だけど、ナマエがベルク家の娘でありそういった取引をしたのは全兵士の前で話すつもりでいる。…これは君の為でもある」
『…了解しました』
「それと今日はゆっくりと休んでて構わないから。発表は明日行う。」
それから私は自室に戻って無造作にジャケットを脱い机に投げつけてベッドに横たわった。
壁外に出れない…それは私がここにいる意味はあるのかな。
でも今さら家に戻るなんてしたくもないし、他の兵団に移る気もない。ボーッとベッドの上で過ごし、なぜこんなことになってしまったのかとひたすら考えている。
『……っ、くっ、』
これは涙なんかじゃない。
私は泣いてなんかいない。
顔をつたい私の瞳から溢れる水分は枕を冷たくしていく。
どれくらい泣いていたのか。泣き疲れた私はいつの間に眠っていたらしく、窓の外は暗闇に包まれていた。
食堂もしまっている時間だけど、たくさんの水分失った為に身体が水分を欲している。
食堂に向かう途中に兵長とすれ違った。
「…なんつぅ顔だ」
『…違います』
「そうか。ならいい。」
『はい。』
「ナマエよ。お前はなんの為に調査兵団に入った」
『…巨人を倒す為です』
「ほかは?」
『ほか……』
本当は違う理由だけれど、ここでは言えなかった。
いくら調査兵団内だからと言って外の世界について知ってしまい興味を持ったからだなんて言えない。
「まあ構わない。お前は調査兵団がきらいか?」
『すき、です』
「…そうか。確かに調査兵団の人間として壁外へ出れないのは笑っちまう。だがナマエ。お前がこの調査兵団にいる意味はちゃんとある。お前にしか出来ない事だ」
『………はい』
「明日までにその顔をなんとかしておけ。」
『了解です……』
カッカッカッ、と兵長のブーツが床を蹴る音が響き、その音は次第に小さくなっていく。
兵長は…慰めてくれたのだろうか…。
私にしか出来ない事、か。
…とりあえず今は水を飲みたい。
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