思いは変わらずそこに
あっという間に両親から指定された日にちになってしまった。どんな顔をして両親に会えばいいのだろう……どんなに考えたけれど答えはでなかった。
本部入り口、門の前で待機をしていると兵長が現れた。
『おはようございます』
挨拶と共に胸を心臓にあてる。
「エルヴィンの代わりに俺が行く」
『……へ?』
「てめぇ一人で行って戻ってこれなかったらどうするんだ」
…その可能性は考えていなかった。
兵長と横並びで迎えの馬車を待つ。
横目でチラリと兵長をみる。今まで兵長とまともに話した事はなく気まずさばかりが増える。
こうやって並ぶとあんまり身長の変わらないんだな兵長と。
しばらくすると、見覚えのある紋章が印された馬車が到着する。
「ナマエ様、でございますか?」
『…はい』
「どうぞ、御乗車ください。少々の長旅になりますので中にて寛ぎくださいませ。」
頭を下げる御者に宜しくお願いしますと、軽く頭をさげる。
馬車の扉を開けて乗ろうとしたら先に兵長が馬車に乗った。そして、私に向かって手を伸ばしてくれた。一瞬その手がなんなのか考え躊躇っていると舌打ちが聞こえ、慌てて兵長の手に自分の手を重ねた。
沈黙が続く馬車の中。
さっきの兵長の手の感触が残る。初めて触れた兵長の手はとても固くてこれが人類最強の手なのか、と思った。
エルヴィン団長が分隊長時代に連れてきたリヴァイ兵長。私が訓練生の時にやってきて、私が調査兵団の兵士になるときにエルヴィン団長は団長になり、リヴァイ兵長は兵士長になった。
噂は色々あるけれど、リヴァイ兵長の実力を見れば何も言えなかった。
それよりなんで兵長は向かい合うようにさわるのではなく、横並びで座るのか。触れるか触れないかの距離で身体が緊張する。
整地された道を過ぎると馬車はガタガタと少し揺れる。その揺れは昨夜眠ることができなかった私には心地よく感じ、瞼が自然と重たくなる。
たけど、兵長が一緒にいるから眠るわけにはいかないから重たくなる瞼を必死に開こうと頑張るけど、その頑張りは虚しく私の瞼は閉じてしまった。
「…っおい、起きろ」
『…ん、んっ、』
「そろそろ着くぞ」
『……え、あ、私…も、申し訳ありません…』
「別に構わねぇよ。大方昨夜寝れなかったんだろ」
『その通りです…』
「面白いイビキかいてて退屈しなかったしな」
『え!嘘!恥ずかしい…!』
「冗談に決まってんだろ」
兵長…って冗談も言うんだ…そう、素直に思った。
兵長の前でイビキなんてかいたら恥ずかしくてもう顔向けできない。
馬車は停まる。
小窓から外を眺めるとそこには見覚えのある、いや、懐かしさに溢れた屋敷が目に入る。
御者が扉を開けてくれて兵長が先に降りて、また手を伸ばしてくれたから素直にその手を取り馬車から降りた。
「…でけぇな」
『母は維持が大変って嘆いてました…』
玄関の扉を開けると使用人が数名待ち構えていた。皆見覚えのある人で懐しくなる。
「ナマエお嬢様お帰りなさいませ」
『…アルフレッド白髪増えたね』
「お嬢様のお顔を久々に拝見でき嬉しく思っておりましたのに、早々それはないとは思います」
『ごめん。…ただいまアルフレッド』
「皆様お待ちですので…と、そちらのお方は」
「…リヴァイだ」
『ああ、アルフレッドごめんなさい。こちらリヴァイ兵士長です。今日はエルヴィン団長の代わりに付いてきてくれたの』
「これは失礼しました。リヴァイ様も一緒に、こちらへ」
アルフレッドがお辞儀をする。
あれ、アルフレッドってこんなに小さかったけ。違う。私の身長が伸びたからだ。
アルフレッドに案内されながら客間に連れてかれる。
アルフレッドによって扉を開けられ深呼吸をして、一歩を進める。
その先にはソファーに座った父と母の姿が目に入り心臓がぎゅっとする。
『お父様、お母様、戻りました。ナマエです。こちらはリヴァイ兵士長です』
「ナマエ、リヴァイさんお座りになって?」
母が微笑む。
ああ、シワを増えているけれど記憶の中と代わらない母がそこにいる。
父は…痩せた。少し立派だったお腹はなくなり、少し立派顔色も悪い気がする。
ソファーに腰をおろす。兵長も。
「ナマエ、おかえりなさい」
『…ただいま』
「体調は大丈夫?かわりは?」
母は何も言わなかった。家を出たこと。家を出て訓練兵になったことも。母は母で……目頭が熱くなる感覚がする。
父が口をひらいた。
「ナマエ…屋敷に帰ってこい」
ああ、やっぱりそれか。分かってた。分かっていた。だって今さら呼びだすのだかはそういうことなんだろうなって。
『お父様それは無理です。私は心臓を公に捧げた兵士なのですから』
「だがその前にわしの子だろお前は」
『それは…ですが、私は家を捨てたのです』
「いや、ただの家出だろう?なあ?」
そう母に聞くと母はニッコリと頷いた。
嬉しかった…正直。こんな娘に愛想を尽かせず会えなかった年月も感じさせず何一つ変わらずに接してくれる父と母に。
だけど、だけど私は調査兵団の兵士であるから。
『お父様お母様の気持ちは嬉しいけれど、私は調査兵団の兵士であることに誇りを持っています。今さらここの家で悠々と過ごすことはできません。定期的にここに帰ってくるようにします。だから――』
「…だが、調査兵団の死亡率は凄いじゃないか。聞いているだろうがわしは長くない。だからお前と過ごしたいのだ。お前の父親としての我が儘だ、ナマエ…」
それを言われたら何も言い返せなくなってしまった。
なんて返したらいいのか困っているとそれまで沈黙を続けていた兵長が口をひらく。
「こいつに今居なくなれるのは困る。それにこいつだって立派な兵士の一人だ。公に捧げた心臓を易々と降ろすことはできない」
「リヴァイ兵士長…それはわかってるのだ。たがやはり会えなかった時間を取り戻したいのだよ」
父は切なげ笑った。
私は…どうしたらいいのか分からない。
「ナマエに生きてもらいたい」
『お父様、の、気持ちはとても嬉しいです。こんなな娘なのに…』
「なにがあってもお前はわしの大事な娘だからな」
『…でも、お父様。私は調査兵団を辞めれません。親不孝な娘を許してください』
「…………ナマエ、こっちにこい」
『お父様?』
ソファーから立ちあがり父に近づくと、父は腕を広げ、私はその腕に包まれる。
ああ、父にこうやって抱きしめて貰ったのはいつぶりだろうか。きっと子ども頃ぶりだ。
「……よく帰ってきたナマエ。お前は昔から頑固で我が儘でだけどそれ以上に可愛い娘だ。…だからお前が簡単に屋敷に戻ってくるだなんて思ってはいない。とりあえず一週間屋敷で過ごしてくれ。5年間を埋めたい。それがお前の父の望みだ。」
『お父様…それなら…できるかもしれません…』
父と母の愛に包まれて、私は本当に自分勝手な娘だと思う。だけど、背中の自由の翼を私は捨てることはできない。
かつて私が過ごした私の部屋に案内される。
掃除は行き届いていて、クローゼットの中の洋服は私の年頃に着るような洋服になっていて心がずきりとする。
兵長とテーブル越しに向かい合いながら紅茶を飲む。懐かしい味がする、アルフレッドが淹れる紅茶はいつだって美味しかった。
『兵長…一週間ほど休めますかね』
「さぁな。だがそれがお前が選択した答えだ」
『…団長にかけあます。』
「そうしろ。……それとこの紅茶は悪くない。」
『アルフレッドの淹れる紅茶美味しいですよね。あとでアルフレッドに伝えます』
「ああ」
日が傾き始めた。
調査兵団本部に戻らなくてはいけない。父と母に別れを告げる。
馬車に揺られながら、遠くなっていく屋敷にまた来るからと、心の中で手を振った。
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