隠し味に気持ちをこめる
約束の日。
外はまだ真っ暗でツンとした冷たさで鼻がひんやりとする。
蝋燭の光が揺れている。
『さーて!やるぞ!』
暖炉のお陰でお店の中がだいぶ暖まってきた。腕捲りをして、リヴァイさんの為にパウンドケーキを作る。
まずはバターは泡立て器で空気を含ませるようによくかきまぜて、卵もよく溶きほぐす。
バターに砂糖を何回に分けて加え、その都度しっかりかきまぜる。混ざってきたから今度は卵も何回かに分けて混ぜ入れる。分離しないようにしっかりと。これが大事。
予めふるっておいた小麦粉をバターと卵が入った容器とあわせて、ヘラでさっくりと混ぜ合わせて、型へと流し入れる。
美味しくなりますように、と心の中で唱えながら一つ一つの行程をこなしていく。
そして予熱しておいたオーブンへ。時間は40分から50分ぐらいかな。
『ふう…。』
上手くできるかな。失敗しないかな。もし失敗しても大丈夫なようにこんな朝早くからパウンドケーキを作りはじめた。
明るくなってきた外を眺めながら紅茶を口に運ぶ。
温かな紅茶が食道から胃に落ちる感覚がわかる。
『そういえば、まだご飯食べてなかったな…。』
お店用に作りおきしていたパンをかじる。
時計の針を見つめる。
あと、少し。
40分経ったからオーブンから型を取りだす。
膨らんでいて綺麗な見た目をしている。だけど、中が焼けているのかわからない。
竹串を手に取り真ん中に刺す。竹串には生地がくっついていなくて、どうやら焼けているようだ。
慎重に型から外す。これで失敗したらもともない。
『…できた!』
今まで作ったパウンドケーキの中で一番かもしれない。そのくらいきれいに焼けた気がする。
あとは包んで時間に届けるだけ。
次はお店の開店準備。
忙しいけれど、なんでか嫌じゃなかった。
包んだパウンドケーキを、リヴァイさんがバターを持ってくるのに使っていたバケットにいれる。
シンプルに包み、リボンをあしらったパウンドケーキを見て思わずにやけてしまう。
『母さんじゃあ行ってくるね』
「気を付けてねー」
『はーい』
店は母と二人でやっている。昔は母の手伝いで入っていたけれど、母ももうそんなに若くなくいつの間にか私が中心となっていた。
てくてくと調査兵団への道のりを進む。寒くて茶色のマフラーに顔をうずめる。
見えてきたその建物に、ここでいいんだよね?と不安になる。
入り口どこ?と探していると門兵さんをみつけ頑張って声をかける。
『あ、あの…。』
「何か御用でしょうか」
『リヴァイさんと約束がありまして…。』
「名前は?」
『ナマエです』
もう一人の門兵さんが何かを見ていて「リストに名前あります」と答えた。
良かった。名前ちゃんとあった…。
「では、案内しますのでついてきてくれますか?」
『あ、はい。宜しくお願いします』
門兵さんの後ろを着いていく。どのくらい歩いただろうか、キョロキョロしながら置いていかれないように必死についていく。
「こちらです。」
扉の前について門兵さんはその扉をノックする。
「兵長、お客様です」
扉の奥から
「入れ」
と一言返ってきた。門兵さんは扉を開けてくれて私に入れと促した。
…今、兵長って言ったよね?
足を進めると、綺麗に整理されてるなあ、って思った。そして、リヴァイさんはいつも見る私服ではなくて緑色の兵服で、瞳も私が知っているより厳しくて…
あ、この人、本当に兵士長なんだって思えた。
「ああ、すまなかった。」
『あの、これ、約束のものです』
「悪いな」
リヴァイさんが立ち上がり私に近づく。
そして、バケットを渡すと受け取ってくれて、バケットの中に包みが二つあることに気づく。
「頼んだのは一つだったはずだが」
『これはバターをたくさん頂いたお礼です。こっちは木の実がいってます』
「…すまない」
『…リヴァイさんって兵士長だったんですね。びっくりしました』
「ただの肩書きにしか過ぎねぇよ。俺は俺だ。お茶でも出してやりたかったんだが生憎今日はこれから予定があって…後日礼をする」
『いやいや、そんな悪いですって!ちゃんと御代は頂いてますし!』
「じゃあ、これの礼だ」
私がバターのお礼で焼いたパウンドケーキを見て言った。お礼のお礼のお礼。
それじゃきりがないって思えたけど、またリヴァイさんに会えるのかと思うと笑顔で頷いていた。
「門まで送る。」
『いや、そんな…って言いたいんですが一人じゃ迷いそうなんでお願いしますね。』
リヴァイさんと共に部屋をでる。
兵団の中は賑やかで想像していたのと違った。
『調査兵団って賑やかなんですね。想像していたのと違いました』
「結構こんな感じだぞ。だが今日は特に騒々しい…。」
『何かあるんです?』
「今日は調査兵団の年忘れの催しがあるんだ。めんどくせぇ。」
『調査兵団にもあるんですね』
「息が詰まっちまうからな」
リヴァイさんの少し後ろをついていく。
「…パウンドケーキありがとな。」
『いえ!お口に合うと嬉しいのですが。』
「楽しみにしている。」
『では、ここまで送ってくださりありがとうございます。またお店でお待ちしてますね!』
「ああ、近々行く。気を付けて帰れよ」
『はい、ではさようなら』
先程の門兵さんと目があう。
会釈をすると、心臓を捧げるポーズをしてくれてなんかむず痒くなった。
リヴァイさんと次の約束ができたのが嬉しくてにやけながら帰路についた。