会えない事が辛く思えた
最後にあのお客さんがお店にきてから三週間と少し経った。
カランカランッとベルが鳴る度に入り口を見ては少し落胆する。
こんなにもあのお客さんに会えない事が辛く思えるだなんて思いもしなかった。お客さんがこなければ、二度と会うことは出来ないのだと確認させられて気分が少しあがらない。
カランカランッ。またドアのベルが鳴る。
『い、いらっしゃいませ…っ』
「いつのも席空いてるか?」
『あ、空いてます!どうぞこちらへ…!』
いらっしゃいませ、そう言いながら扉を見るとまさかのお客さんで心臓がドキリと跳び跳ねた。
お客さんが座るいつもの席、それはお店の奥の隅の席。そこの横には小さな窓がついていて、外の街並みが見れる。
案内するといつも通り紅茶と言われ、
「こないだ食ったやつって…あるか?」
『こないだ……もしかしてパウンドケーキですか?ごめんなさい今日はないんですよ。』
「じゃあ、紅茶だけでかまわない」
『す、すみません…!』
私のばか!
なんで今日はパウンドケーキ作ってないの…!
紅茶を出すと、お客さんは相変わらずの持ち方をして紅茶を口に含んだ。今日は本を読む様子もなくて、紅茶を飲み終えて少しすると席を立った。
久々に会えたけれど、もう帰っちゃうのか、なんて思いながらお会計をしていると、お客さんが口を開いた。
「…なあ、パウンドケーキって持ち帰り出来るのか」
『パウンドケーキですか?はい、できますよ。ただこの前のようなパウンドケーキ作るにはまた上質なバターが手に入らないとできないですけど…』
壁外調査の数日前、行き付けの喫茶店へ向かった。
ここはいつも穏やかで兵団内での事を忘れてゆっくりできる。ゆっくりして気持ちを落ち着かせて次の壁外調査へと気持ちを入れ換える。
紅茶、そして頼んだお勧めのパウンドケーキを口にする。ほんのりと甘くしっとりしていて紅茶によくあった。そしてここの店員はよく微笑む。また来たいなと思うには充分だった。
壁外調査から帰るとやけに忙しなく毎日が過ぎていくのが早かった。
そんなある日エルヴィンが言った。
「今度の年忘れの為に上官は何か用意すること。深く考えなくていい、なんでもいい。例えば紅茶とか、そんなものでいいんだ。ただし貰って嬉しい物をな。」
年忘れ
一年間の苦労を労う催し。
調査兵団にだってそういうものはある。
「その用意したものはどうすんだ」
「くじ引きで当たった者にでもプレゼントしようかと思ってな。まあ、これはハンジが考えたんだが」
エルヴィンがハンジを見ると、ハンジはウインクをした。きもちわりぃ。
何か用意すること。
何かねぇかなと考えた時に、ふと先日喫茶店で食べたパウンドケーキを思い出した。
次の非番の日にでも行ってみるか。ここのところ忙しなくて随分と行けてないしな。
『普通のバターも一応あるのですが、この前のようなパウンドケーキを作るには上質なバターが必要で…』
「用意する。ちなみに来週の金曜日に欲しいんだが…」
『金曜…大丈夫ですね』
「二、三日以内にはバターを用意する。すまないが、頼む」
『いやいやむしろ申し訳ないです。……あの、お客さんお名前伺ってもいいですか?予約としてメモっておきたいので…。』
「…リヴァイ、だ。」
『リヴァイさんですね、了解しました。』
「…お前は」
『…え?』
「お前の名前は」
『あ、ナマエです…!』
「ナマエか。よろしく頼む」
お客さんはそして帰って行った。
リヴァイ、さん。
リヴァイさんって言うんだ、お客さん。
そして二、三日以内にまた来てくれる。
思わずにやけてしまいそうになった。