『エルヴィン団長、今までありがとうございました』
「本当に良いのか」
『私は彼の重荷になりたくないから良いのです。今日までバレずに事を進めてくれた団長には本当に感謝してます。しかも、馬車まで用意してくださるだなんて』
「この位しか出来ないからな。落ち着いたら手紙の一通ぐらい寄越すんだぞ、もちろんリヴァイには内緒にする」
『了解です。今まで本当にありがとうございました。お世話になりました!』
これが最後の心臓を捧げる敬礼。
もう二度と団長室に来ることはないだろう。
団長室から正門まで歩く間、色んな事が頭に過る。
例えばそこの曲がり角で、兵長にぶつかったこと。夜中の食堂でこっそりキスをしたこと。裏庭では一緒に星を眺めたこと。
辛かった事、楽しかった事すべてが今となっては大切な思い出。
「あっれ、ナマエ。どうしたの?」
『ハンジさん!団長のお使いです。』
「そっか。気を付けてね。」
『ありがとうございます。ハンジさんも気を付けてくださいね』
「ん、ああ。帰ってきたら巨人の話をしよう」
『了解です。では、いってきますね』
ハンジさんは笑顔でいってらっしゃいと言ってくれた。
馬車に乗る直前、ハンジさんに出会った。さようならは言えないけれど、最後に会えてよかった。
揺れる馬車の中、私は無意識にお腹に手を当てている。
兵長との、赤ちゃんが、ここにいる。
お腹が目立つ前に調査兵団とお別れができて本当によかった。体調があまり良くないのも隠し通せた、すべてエルヴィン団長のおかげ。
そういや兵長と付き合うにあたっても団長のおかげだった。団長には感謝しきれない。
ただ、最後に兵長の顔が見たかった。
兵長は昨日王都へ会議の為でかけた。明日帰る予定だ。だから今日私は調査兵団を後にした。
だって顔見たらこの決心が鈍ってしまいそうだもん。
窓から遠くなっていく調査兵団本部を眺める
『兵長、愛してます』
無意識に溢れた言葉に泣きたくなる。
長い道のりだから寝よう。
泣いてなんかいない。明日から新しい生活がはじまるんだ。私は一人じゃない、兵長との大切なこの子がいるんだから。しっかりするんだ。
調査兵団の兵服を着るのも今日が最後。
ありがとう、調査兵団。ありがとう、みんな。そして、兵長、ありがとう。愛してます。
「ナマエ!無理しないの!」
『叔母さんごめんなさい』
「大事な体なんだからまったく!」
あれから1ヶ月。
私は叔母夫婦のもとに身を寄せている。いきなり帰った私に叔母さんはびっくりしていたけれど、妊娠の事を伝えると喜んでくれた。
相手について聞かれたけれど、同じ調査兵団の人で、壁外調査の時に亡くなったと言ったらそれ以上何も聞いてくることはなかった。
ごめんね、叔母さん。
時々、兵長の事を思い出して泣きたくなる。
…うそ。時々じゃなくて気付いたらずっと兵長の事を考えている。本当にだめな私。
寂しいけれど私にはこの子がいる。何より唯一の血の繋がった家族の叔母夫婦もいる。
そう、だから、寂しくなんかない。
優しい花の香りがする。
この街は時間がゆったり流れていてとても落ち着く。
1ヶ月経ってだいぶ落ち着いたから団長にお手紙でも書こうかな。私は元気です。って。この優しい花でも添えて。
「リヴァイ、落ち着け」
「落ち着いている」
王都へから帰るとナマエが居なかった。俺の部屋にもナマエの部屋にも兵団のどこにも。
部屋にはもぬけの殻で、焦っているところにハンジと遭遇した。エルヴィンのお使いに昨日出掛けたとハンジは言ったが、部屋の現状を伝えるとハンジは言葉を失っていた。
「ナマエはどこだ」
「さあ。それは知らない」
「エルヴィン、嘘をつくな」
「知らないものは知らないんだ、リヴァイ」
絶対に嘘だ。
絶対エルヴィンは何かを知っている。だがコイツが簡単に口を割るわけもなくて、ただただナマエの居ない毎日が過ぎていく。
ナマエの笑い声が聞きてえ。悲しんだ顔も喜んだ顔も、全部が俺にとって大事なもんで、初めてこんな風に想えた。
なのに今ナマエはここにいない。
毎日が灰色のように思えてまるで身体の一部が亡くなったかのように重い。
「リヴァイ…隈酷いよ」
「知らねぇ」
「寝れてる?」
「寝れてるんじゃねぇの」
「私ももう少しエルヴィンに探りいれてみるから」
「…悪い」
ハンジがあの時私がひき止めていれば…申し訳ないと、何度も言うがハンジが悪いわけじゃない。
じゃあ誰が悪いのか。それは俺にもわからない。
次の壁外調査についての書類を持って団長室に入るとエルヴィンはいなかった。
しょうがないから机の上に置いておこうとしたら、一通の封筒が目にはいる。
差出人はない。でもこの字は見覚えがあった。
他人の手紙を見る趣味なんてないが、この字だけは別だ。
“私は元気です”
ただそれだけだった。
そして、白い花がひとつ同封されている。
この字は紛れもなくナマエの字だ。
「人の手紙を見るだなんて悪趣味だぞリヴァイ」
「ここに置いておくのが悪い」
「大事な手紙だから返してくれ」
「これはナマエからの手紙だろ」
「違う…と言ったら」
「違うわけがねぇ。俺がナマエの字を見間違えるかよ」
「…ふっ」
「何笑ってんだよ」
「いや、そこまでナマエが大事なんだなと思ってさ。…リヴァイ、ナマエは調査兵団を辞めたよ」
「辞めさせたのか」
「ナマエが申し出た。俺はそれを受け入れただけだ」
「ナマエはどこにいるんだ」
「ナマエに会いにいくのか?そうしても構わないがナマエがもしリヴァイを好きじゃなくなっていたらどうするんだ?現にナマエは大事な人が出来たから辞めたんだ」
「…構わない。なぜ居なくなったのか本人から聞く。俺の事を好きじゃなくなったのならばまた好きにさせるだけだ」
「ふっ。……今から言うのは独り言だ。ナマエは叔母夫婦のところにいる。」
叔母夫婦、確かそれは昔ナマエから聞いたことがあった。
両親を亡くしているナマエの唯一の肉親で、たくさんの花が咲く街に住んでると。
「エルヴィン悪いが明日から休みをもらう」
「好きにしろ。俺が言ったとは言うなよ」
「ああ。」
風が心地よい。
小さな小川のほとりを散歩する。
『いい天気だね。もう少ししたら一緒にお散歩できるー』
お腹に向かって話しかける。大きくなったお腹はこの子が元気に成長している証で、時々感じる胎動に愛おしさが込み上げる。
名前はどうしようかな。
まず男の子かな。女の子かな。兵長に似ているかな、私に似ているのかな。楽しみ。
兵長の事を考えると前ほど辛くなくなった。その代わり愛おしさがこみあげる。
兵長は元気かな。そろそろ壁外調査かな。
たった数ヶ月前の事なのに遠い昔のように感じる。
馬の足音が聞こえる気がした。
気のせい、か。私が兵長に会いたいからって幻聴まで聞こえるのかも。
『気のせい、じゃない?』
一瞬後ろを振り向くと、黒い馬と緑色のマントが見えた気がする。
心臓がバクバクする。
その足音が私の背中で止まった。
「ナマエ」
愛おしい人の声がする。
もう一度振り向くと、馬から降りた兵長がいて泣きそうになった。
『なん、で、』
「いきなり居なくなるなクソが」
『どうやって、ここに』
「さぁな。それより、ナマエ」
『兵長…?』
「俺はお前がいないとだめなんだよ。戻ってこい」
『だって、私、兵長の重荷になっちゃう…』
「俺より大事なやつでもいんのかよ」
『いない…けど、いる』
「あ?」
『ここ、に、いる』
両手で包むように大きくなったお腹をさわる。
兵長が目を見開いている。
「チッ、エルヴィンのやつそういう事かよ。ナマエ、俺の所に戻ってこい」
『本当に、いいんですか…っ』
「ナマエも、それも、俺にとっては大事なもんだ」
兵長は優しく抱きしめてくれて、本物の兵長はこんなにも温かくて優しいカオリがする。
なんで私はこの人から離れたんだろう。兵長の気持ちを確めなかったんだろう。だけどとまらない涙を兵長はずっと拭ってくれた。
優しいカオリ