真ん丸く夜空に浮かんだ月はこの壁の中の世界と外の世界を優しく照らしていた。
壁の上で夜の見張りするのも今夜が最後になるんだろうな。次の当番の時、私はもう調査兵団に居ないはずだし。
明日、私の結婚が発表される。
リヴァイ兵長のパートナーとして出た舞踏会という名の貴族の暇潰しで、私は見初められた。……らしい。
最初はどうせ金持ちの息子の気まぐれで、酒の勢いだとか、博打の対象なのかと思っていた。思っていたけど、後日改めてセッティングされた会食でその人はとても誠実な方だとわかった。
そして気を使われて二人きりにされた時、求婚をされた。跪かれて、手を取られ、あんな真剣な眼差しで「君を守りたい」と言われてしまったら……。
すごくすごく悩んだ。なぜならば私は心臓を捧げる為に兵士になったのに、飛び抜けた功績も残せていない。私は何か役にたったのかすらわからない。それなのに調査兵団を去っていいのかと。だけど、あんなに真剣な眼差しで求婚されたらやはり心が揺らいでしまう。
悩みに悩んで、『これからずっと調査兵団へ資金の提供をしていただけますか』と調査兵団の為に、私ができる最大の事をお願いした。そしたら、嫌な顔ひとつせずに「もちろん」と。心臓を捧げる為に兵士になった君を貰うなら安いもんだと快く承諾してくれて、私はそこでこの人に着いていく決心がついた。
それにだって私の好きな人は私のことなんか絶対好きになってくれない。
手の届かない人を好きになった自分を呪っていた。リヴァイ兵長、を好きになるなんて。
求婚された帰り道、馬車の中で同席していたエルヴィン団長とこんな会話をした。
「リヴァイのことはいいんだな?」
『…なぜ、そこで兵長が出てくるのでしょうか』
団長は微笑んだ。その微笑みの意図はわからなく、それから先エルヴィン団長は何も言わなかった。
明日発表されるまで私が結婚するのはほんの一部の人しか知らなかった。そうして欲しいと頼んだから。兵士長という役職である兵長が知っているのかは、知らなかった。
知っていてほしくも、知られたくもなかった。
恋心って本当に複雑なんだなって他人事のように思った。
退屈でつまらない夜の見張りだけど、今夜は色んな事が頭によぎる。
初めて壁外にでたこと。そこでなくなった大切な同期たち、守れなかった後輩。苦しかった訓練、だけどそんな毎日の中にある楽しかったり悲しかった辛かった幸せだった色んな事が浮かぶ。
でも一番浮かぶのは兵長の事で、嫌になる。
アンカーの音がした気がした。
思わずブレードを握る手に力が入る。交代の時間にはまだ早い。
『……へいちょ…う?』
その音の正体は兵長だった。今、頭の中で兵長の事を考えていたから声が裏返ってしまった。
兵長は何も返事せずに私の側までやってきて、座り込んだ。そして隣を二回叩いた。座れ、という意味だと気付くのに少しかかった。隣に腰を下ろすと、思ったよりも兵長が近くて恥ずかしくなった。
『兵長どうかなさったんですか…』
「…ついに、明日だな」
『…それは結婚のことでしょうか………』
「ああ」
兵長は知っていたんだ。そりゃ知っているよね。
そして兵長は続けた。
「お前が嫌ならやめていいんだぞ。身売りなんて嫌だろ」
身売り…そうか。そう捉えられてしまうのかと悲しくなった。
私が出来る唯一の事は他人からしたらそんな風に見られているのか。虚しくて何も答えれなかった。
「ナマエ、」
兵長が真剣な眼差しで私を見つめる
「今晩は、月が綺麗だな」
『……っ、』
「……もう少しだけこうしてていいか」
『はい』
「…お前は、俺が……いや、なんでもない」
兵長、その言葉の先は何なのでしょうか。
聞きたくもあり、聞きたくない。だってそれは確実に私の決意を揺らがしてしまう気がして、自惚れかもしれないけど
『…兵長、月が綺麗ですね』
「…ああ」
きっとこれは満月のせい。