Prologue




不思議な感じがした。意識がはっきりとしていなかった。見える景色も、聴こえる音も、感じるものすべて縁取りがされていなくて、ぼやぼやと自分の周りを漂っている。

「――…」

何か、声が聞こえた気がした。聞いたことのある声のようだった。不思議と耳に馴染む、心地よく思えるその声は、一体誰のものだっただろう。その声もまた輪郭が曖昧で、うまく聞き取ることはできなかった。ただ、何故かそれが人の名前だということだけは分かった。自分の名前ではない、誰かの別の人の名前だった。

自分が呼ばれているわけでもないのに、気付けば彼の呼ぶ声に答えていた。不思議なことにいつもとは違う呼び方で。おかしいな、あんな呼び方で彼を呼んだことなんてあったっけ。さっきまでは分からなかったはずの彼の正体にいつの間にか気付いていることに、違和感は感じなかった。

ふと、急激に自分の身体が浮き上がっていくような感覚を覚えた。深い海の底から、水面へ体が押し上げられていくみたいだった。同時に、周りを漂っていたものの線もだんだんとはっきり浮かび上がっていく。

――目が覚める、と思った。だけどその感覚とは裏腹に、これは夢だなとも思う。自分の体が、意識が、夢の中から抜け出せていないままのような感じがした。見える景色も、聴こえる音も、起きている時と同じようにはっきりしていくのに。どうしてか、これから瞼を開くその先の世界が夢の中の世界だと信じて疑わない。これは、夢が夢であるという自覚のある、夢の中の話だ。

あの子とわたしの、不思議な夢の話だった。

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