2
bookmark


余りの信号弾の多さに、やはり巨人に対抗するのに新兵だけでは駄目だったかと目を瞑る。

「ちっ、おいエルヴィン」

状況を壁の上から見ていたエルヴィンに、不機嫌な声が掛かる。その先に何が言いたいのか分かった為直ぐに首を横に振る。

「駄目だ。今回のこの配置だけは認めるが、お前だってまだ新兵が取れたばかりの兵士だ。この結果を見て今後の作戦だって立つんだ。それに、カノンは帰って来るだろう。そう言う約束だし、班員が一人帰って来ている」

勿論生きてはいなかったが、あれだけの損傷だけで返す事が出来たのはやはり、一年前のあの日を逃れたカノンの実力なのだとエルヴィンは思っている。

「…分かってる。あいつが帰ってきた時に迎えてやる約束だ。俺がここにいなきゃ意味無い」

心配を堪えて待つのはかなり辛いだろう。だが、それもこのまだ少年期から青年期に入ったばかりのリヴァイには必要だと判断する。
かなりの主戦力に成りうる人材なだけに、こんな所でリヴァイを失う訳にはいかないから、今はこれでいい。
だが一方でカノンは別に良いかと言えば、無論そんな筈無い。ただ、カノンは特別だとエルヴィンは思ったのだ。
何年かカノンを探り、あの日に着いていた駐屯兵の報告では、子供特有のどこか危うい物を感じさせるが身軽さとそのスピードは明らかに大人であるその兵士を軽く凌駕していたと言う。訓練兵団の様子を見た限り、身のこなしは軽くも戦闘訓練はセンスがあった。
あの動きは正に殺しのプロだと思った程だ。
ただ、気になったのが時折見せる失敗は何か躊躇している様に見えた。
だから、もしかして、加減が分からないだけなのかと思った。だから、今回の任務を許可した。この戦いで、何かを身に付ける事が出来たなら、カノンはきっと化ける。

「あちらには俺達の部下もいる。命に関わる害が出たら直ぐに帰還するように命令した」

それに、上は左翼だけの損害で撤退の鐘を鳴らしてはくれない。

そう思ったが余計な心配はいらないと判断して言葉には出さないでおいた。

* * *

信号弾を確認してから直ぐに近くの班の元へと馬を走らせた。あの中には第5班の調査兵団の人も居るだろう。なのに、既に一時間程で左陣営は全滅の危機だ。後衛の自分達が既に前衛まで来てる。
気配は10メートルを越える巨人ばかりが犇めく町外れ。
成る程、高い建物がなくなった瞬間に対抗手段が消えて殺られてしまっているんだ。

「み、見えた!」

カルメンさんが遠くに立つ巨人を目にし、叫んだ。信号弾確認から既に五分近くが経過していた。人間の気配は微かに感じられる程度だった。

「リクハルドさん、先に様子を見てきます」

私は速く着く事を考えて班長であるリクハルドさんに許可を貰う為声を掛ける。

「まだ待て。今使い過ぎるといざと言う時馬が走らなくなる」

慎重なリクハルドさんの応えに確かにそうだと納得し、逸る気持ちを抑える。

「!」

そうしてたどり着いた時、巨人は最後の一人を掴んでいる状態にあった。

「ああああっ」
「やめてくれぇ!」

手足を左右で引かれ叫ぶ人を見たその瞬間、大声と共に横を走る影に私は虚をつかれ僅かに出遅れた。
叫んだのはどうやらカルメンさんだったようで、飛び出して行った影の後ろ姿からそう判断した。だけど、そこには巨人が三体その人に群がってしまっていて、とてもじゃないが間に合わないし、一般人が敵う訳もない。
カルメンさんは一体の巨人の項を傷つけるも浅かったのか、巨人が倒れる事はなかった。そして、その巨人に振り返られたと思えば、ちょうど口の辺りを飛んでいた為に口へとくわえられてしまった。
時間にして20秒に満たない。だけど、私は行けなかった。皆で行けば助けられた。だけど、全員が巨人に対する恐怖が先行してその表情は固まり、動ける感じではない。その後ろには直ぐに巨人が迫っているのに。

「わあああ!」

恐怖に叫ぶカルメンさんを背に、私は残りの人の背後へアンカーを伸ばした。

「逃げて下さい」

私は背後の巨人に気付いていない皆に声を掛ける。一体の巨人の背後へ回り腱を切る。ガクリと崩れた所を私は止めをさす。そして掴もうとしてきた巨人の手から瞬身で避けると作っておいた木製のクナイを周で覆って巨人の両目目掛けて投げる。
グサリとしっかり刺さったのを確認すると瞬時に背後へ回り肉を削ぎ落とす。それでも近付いてくる巨人に私は全員をこの状態で守り抜くのは無理だと判断する。

「皆さん!カルメンさんは諦めます!今はこちらに専念して下さい」

何とか動いて貰えれば巨人は群がらない筈だ。人が集まる所に巨人も集まるからだ。

「うあっ、そんな…」
「こんな囲まれてたらもう」

絶望したような顔をするレオンさんと駐屯兵の人に、限界かと苛立ちを覚え、

「動け!」

恫喝の声をあげる。無意識に念を発動させていたせいでその瞬間馬が鳴き、私の声が命令になって皆を乗せたまま馬達は走り出した。

「な、急になんだ!?」

その間にも巨人は襲ってくるので私は瞬身で近付いては切り裂いて行った。
馬が逃げ切るまでに援護するのは何とかなりそうだけど、その後が心配だった。
ここに巨人を隔てる壁はない。
だから、せめてもっと強く先導してくれるリーダーがいればまだ皆生き残れると考えた。

気配を探ればまだ残っている人がいた。
念獣を作りそこまで案内させるかと考え、戦闘しながら常人には見えない様に陰を使って念獣を出すことにする。

"発" "天狗ワサビ"

「主、久しいな。オレで良ければ力を貸そう」

そう言って出てきた少し幼い姿になってるワサビに、相変わらず謙虚だな、何て思いつつお願いをする。

「あちらに逃げてる人がいるでしょう?私は今手が離せない。私が合流するまで周りの巨人にやられない様に手助けしてやって欲しい」

そう伝えると、ワサビは少し考え頷いた。

「承知した。正体が分からぬ様に援護はしよう。だが、命の保証は出来ない」

流石ワサビ。物分かりが良くて助かる。

「彼らは兵士だ。その時は惜しいけど、仕方ない」

「行ってくる。変更があれば教えてくれ」

そう言葉を残してワサビは赤く染められた面を被ると飛び立って行った。
その言葉はワサビなりの私への配慮だろう。彼らが危険なら、正体を現してでも命令なら助けてくれるようだ。

「さて、ここをさっさと片付けて合流しなくちゃね」

そこで私は猫叉のアワビを出して銀線にするとこの場にいた巨人を一掃することにした。

* * *

「班長!カノンを置いて来てしまったのにどうして止まらないの!?」

フェリシアはカノンに言われるがまま馬を走らせていたが、ある程度距離が取れたらカノンが追い付くのを待つつもりでいた。だけど前を走る班長のリクハルドが止まる様子が無くて焦った声を出す。

「カノン一人なら、きっと生き残れる。俺達がいた方が却って足手まといだ…それに、さっきからやってるが、馬が止まってくれないんだ」

リクハルドは仲間の焦る気持ちも分かる上、自身も正直混乱しているのを無理矢理落ち着けているに過ぎなかった。訓練での班長研修を受けたからってこの異常事態をどうにか出来るものではないのを痛感して歯噛みした。

「えっ!ではこれは何処に向かってるかも分からないのか!」

すると最後尾を付いて来ていた駐屯兵も驚きの声をあげた。

「ああ、君達もやってみると良い。手綱を引いても方向転換すらさせてくれないからな。まるで何かに引き寄せられてるみたいだ」

そうリクハルドの言葉に他のメンバーもやって見たが本当に馬は言うことを聞かなかった。

「どうするんだ!」
「無理に馬を止めて落馬したら怪我をするし、馬も失う。それだけは不味い。だから、このまま様子を見る。運が良ければ巨人には会わないし、もしかしたら仲間に会えるかも知れない。恐らくだが、この向かってる先は隊列の中央陣営だ。信号弾でも上げておけば、あちらに生き残りがいればあるいは救援に来てくれるかもしれない」

そう言ってリクハルドは赤の信号弾を上げた。

左陣営は自分達が最後であると分かっていた為だ。

「そう言えば、カルメンさんは、どうして一人て突っ込んで行ったのかな」

ぽつりとフェリシアが先程の戦闘の時のカルメンの行動を思い出し、疑問を口にした。

「それは多分あの時やられていた人がカルメンの弟だったからだ」

それに答えたのはレオンだった。その言葉に皆が納得し、また顔を俯かせた。
家族を守る為に出てきた筈が、今回徴兵の義務年齢に達していたせいで兄弟であっても参加させられていた。それは何もカルメンだけではないのを皆が知っていた。

「仕方ないさ。壁内は食料難で、作物が育つ場所も荒れ地にしてたせいで追い付いていないんだから」

一年前まで農家の跡取りとして畑仕事をしていたリクハルドは今の内地の様子を思い出し皮肉った。マリアが破れる前までは自分達は内地にいるから偉いのだと、高をくくってやるべき事を放置した結果が招いた土地不足。
行政がしっかり整備依頼をかけなかったせいだと暗に言ったのだ。

「それにしても、さっきから一体も巨人を見かけないが、どういう事なんだろう」

あちこちで僅かに血臭が実は残っている所を通り過ぎていたが、巨人にやられているはずが、その巨人が見当たらない。それを不思議に思ってレオンが違和感を口にした。

「確かに…まさかまた壁が壊されたとか?」

それならこの作戦に出ている人間よりも、遥かに壁内に残った人間の方が多いので巨人が向かうのもおかしくない。フェリシアは巨人の性質からある答えを言った。その考えはとても恐ろしいものだと、言ってから気付き、顔を青くさせた。

「それなら、壁側の班から爆音が聞こえる筈だ。なのに、ここは余りに静かだ」
「何れにしろ、馬が言うこと聞かない限り進路を変えるのは難しい」

駐屯兵の否定的な答えに皆納得し、取り敢えずは馬の様子を見ることとなった。

(流石に巨人を倒し過ぎたか…?)

リクハルド達を任された天狗のワサビはカノンの言い付けを守り護衛していたが、先回りして巨人を倒していた方が安全だったが、彼らに却って疑問を抱かせてしまったようで、少しやり方を変えようかと思うのだった。

ふと、またしても人間へと向かう進路の間に巨人がいるのに気付き、馬に進路を少し変える指示を出す。これなら巨人との鉢合わせは少なくて済む。

(それにしても主は暗黒大陸にでも来たのか?巨人なんて奴らは初めて見た)

巨人を初めて見たワサビは自身の主であるカノンに先程出されたばかりで何の説明も受けてはいない為、巨人の生態が分からなかった。しかし、カノンより念話で聞いた為支障はなかった。
以前戦った蟻の親も確か暗黒大陸から流れ着いたと噂があったが、この巨人もそこに生息しているのだと考えた。それにしては人間が余りにも弱い気がしてならない。そんな事を考えていたら、先の人間の残りと漸く接触する所までに辿り着いた。

「おい!無事だったか」

「ああっ!良かった兵団の人達だ!」

6班と駐屯兵の人が中央の班と合流したのを見届けるとワサビはカノンに連絡した。

『そう。こちらは片付けたから、今から向かうわ。馬を失ってしまったし、走って行くしかなさそう…だから、引き続き私が行くまで護衛お願いね』

そうカノンが言ったのに対しワサビは了承すると、辺りに集まって来た巨人の気配に向かった。

* * *

約10体の巨人を討伐した後、皆につけたワサビからの連絡に安堵した。
どうやら新兵ではない兵士と合流出来たみたいだった。
私の馬は皆と行ってしまったから走る事を決め―――正直自分で走った方が馬より速かったりする。走り出して少しして、遠くで大量に人の気配が消えていくのを感じた。

恐らく右翼側の兵士達がやられている。
先程まで自分達がいた左翼側で起こった状態と同じだった。こちらが全滅したから、今度はあちらか…
それが終われば今度は中央が狙われる。

それを考えて私は急いで中央の軍と合流しに行った。
途中巨人がやはり近付いて来たのを狩りつつ進めば、リクハルドさん達と別れてから小一時間経ってしまっていた。

「カノン!?」
「良かった!無事だったんだね!」

街の外れにある建物付近に兵士の班、三つ分の人が集まっていた。

「はいっ。馬を失ってしまって合流するのに時間がかかってしまい申し訳ありません」

決してそんな事はないのだが、全員そこに気付かなかった。ここにいる間にも巨人との戦闘があり、時間の感覚が鈍っていたのもあった為だ。

「君が左翼6班の生き残りか…良く無事だった。私は調査兵団所属のミケ・ザカリアスだ。よろしく」

調査兵団、と聞いて私は残っていた人がいた事に安堵した。巨人と戦う事に慣れた隊の人がいれば指揮が整うとそう思ったからだ。

「102期訓練兵団卒業のカノンです。宜しくお願いします」

挨拶をミケさんとすれば一瞬驚いたような顔をされた。私は不思議に思って口を開こうとしたが、巨人が先に来てしまった。

「13メートル級が一体だな。君たちは補佐を頼む」

そう言うとミケさんは巨人に向かって刃を構えた。私もそれに習って刃を構えた。

「くそっ、そろそろガスも刃も補給しなきゃならないってのに…」

そうもう一人の調査兵団の人は舌打ちしつつ刃を構えた。それでも戦意がある辺り流石調査兵団と改めて頼もしく思った。

「仕方ないよな…こうなったら戦うしか」

リクハルドさん達もそれを見て漸く戦う意識を取り戻したみたいでこれで後ろは任せれると安堵した。

全員でかかりミケさんが巨人を仕止めた所で信号弾が上がった。

「補給班が出る頃だ。一端街まで引き返そう」

「漸くか」

ミケさん達の会話を聞いて、ガスが尽きかけていた皆は残りの装備にかなり不安を持っていた為、信号弾を見て何とか気を持ち直したようだった。私はまだ刃の消費は少なく済んでいたので、焦りは少なかったけどその壁の気配を読んで何か違和感を感じた。
補給班に、それの援護の人数にしては余りにも多すぎる。こちらの人数以上…いや、まるで幾つかの街の住民が出ている様だった。今回の任務で出た総兵力は他地区の102期訓練兵あわせて約一千人だったが、その倍以上が今壁から出ていた。

「まさか、これが…」

この時漸く国が起こした奪還作戦の本当の狙いを思い知った。


prev|next

[戻る]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -