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「おじさん、そろそろ下に行きます。走るだけですが、避難で人が多いです。はぐれない様に着いて来て下さい」

「分かった」

たかが十二歳の子供に着いて来いと言われた時、訓練を受けてるオレなら平気だと高を括っていた。

タン、と綺麗に着地をしたカノンと言う子供に、やはり只者じゃないと思いつつ自身も立体機動から下へ着くと、直ぐに走り出したカノンを追った。
だけど、これがまた異様に速かった。人の間を縫うように、だけど、ぶつからずにそして何より途中オレが着いて来ていないと止まって待っているか、スピードを落とす。全く振り返らないと言うのに分かってるのが、感嘆に値する。

「調査兵団が欲しがる訳だ」

ぼそりと言った言葉は誰にも届かないと思い漏らせばカノンの姿が見えなくなり驚いた。

「あなたを遣わせた人には後で合わせてもらいます。だから、今はきっちり逃げ切りますよ」

「あっ、ああ、勿論…」

どうやら聞こえていたのか消えたと思ったのは隣に移動されていたからで、言われた言葉はオレが誰かに命令されていたのに気付いていたみたいだった。
そうしてどれだけ走りっぱなしだっただろう…
遂にオレ達はウォール・ローゼの入り口先端のトロスト区までたどり着いた。早馬で騒ぎは聞き取っていただろう駐屯兵団がオレ達を招き入れて誘導してくれた。

「助かったのか…?」

「グレイス!無事だったか!心配してたんだぞ?ああ、子供を先導してきたのか。そしたら先ずは怪我人は救護所へ行け。ここも余り長く開けてはいられない」

「そうか。すまない」

同期の兵士に労いの声を掛けられたが、全くそんな英断ではないのだ。だが、否定しようにもその気力すら起こらない程憔悴してしまった為に流されるままに救護所へ向かった。


「…おじさんグレイスって名前だったんだ」

救護所に入り手当てをしている時にカノンはオレを今更だが名前を呼んで来た。

「駐屯兵団所属グレイス・キャリバンだ」

おかしな話だが、こうして名前を教えられて何故かオレは嬉しかった。それは恐らく初めて巨人と合った命懸け恐怖から生き残れた事に対してではなく、このカノンと言う子供に自身を認識して貰えた嬉しさだった。

「知ってると思いますが、カノンです。アウルを守ってくれて有り難うございました」

そう言ってペコリと頭を下げたその姿はやはり小さくて、何処にひと一人背負って走るだけの力があるのかと疑問に思った。

「カノン!アウルが目を覚ましたよ!」

「!良かっ、た…」

後ろから手当てを受けていたルナと言う子の声が、ずっと気絶していたアウルと言う子の目覚めを知らせた。それに対しカノンはホッとした様に呟くと、いきなり倒れてしまった。

「どうした!?」

オレは咄嗟にカノンを抱き止め何とか地面にぶつかるのを食い止めた。

「さすがに限界…ごめん、もう防げない」

そう言うとカノンは気を失ったようだった。いったい今の言葉の意味は何だったのか疑問に思うも、意識のないカノンに聞けるわけもなくオレは急いで医者に見せに立ち上がった。

* * *

本体を見送り辺りの気配を読む。

近付いて来ている巨人の数は十体。ここに来るまでに何体も相手にしたが巨人の治癒力は不思議だった。どれだけ切れば限界なのか気になるけど、そこまでしてる余裕もない。

門前の人だかりは未だに消えてない為にせめて中に入るまで押さえておこう。いつの間にかあの門を破壊した巨人は姿が見えなくなっていてその気配すら読み取れなくなっていた。

元々人と気配が似てるからな…

そう思うも既に行方が分からない以上深追いは禁物だ。じゃないと、門をフリーにした状態ではこの人達が危険だ。

私は軽く跳躍すると、先ずは一体近付いて来た巨人を倒しに行く。

「き、来たぞ!」

後ろから叫ぶ声がする。どうやら駐屯兵団の残った兵士が食い止める為に来たようだ。
監視していたあの駐屯兵に比べて勇気のある人達だと嬉しくなる。

一体を倒し次々と巨人を狩って行く。刃は念で強化しているからまだ持つだろう。巨人に対抗する武器という武器のないこの世界じゃ一体ずつ仕留めなければならない刃だけでは埒が明かないと舌打ちする。

銀線があれば大量に巨人を切り刻めるか…

過去の世界で暗部時に愛用していた武器がこの世界でも必要になるだなんて笑える。
ハンターの時にも度々使用した暗殺具…
大量殺戮だと仲間からも恐れられたあれを使うにはあまり人に見られたくない。

「まあ、人を切らないだけましかな…」

「君!兵士ではないのか!?避難しなさい!」

大量の巨人が近付くのが分かって私は発を使う事を考えた。
漸く人だかりが減ったようで兵士が私に気付いたらしい。声が聞こえた。

「よく聞いて下さい。今から十数体の巨人が一気に攻めて来ます。勇気ある兵士の皆さんを称え、ここは私が五分間必ず護り通します。どうかその間に避難して下さい」

何時だって勇敢な人程早死にだ。この世界は只でさえ巨人に怯えて壁の内側へ閉じ籠った後に平和ボケしてしまった人類なのだから、少しでも勇敢な人はこんな適当な体制の指揮で失うべきじゃない。

「しかし、」
「大丈夫です。私は兵士ではありませんが、確かに闘えます。ここまで、そうやって生き抜いてきましたから」

タン、と、地を蹴り一五メートル級の巨人を仕留め、私は呆然とそれを眺めていた兵士達を振り返る。

「さあ、行って下さい」

「…恩に切る」
「検討を祈る」

遠ざかった気配を確認しつつ、私はため息を吐く。

「さて…残りのオーラで、あの人達と約束した五分、きっちり護りますか」

"発"
" 猫叉アワビ"

『お久しぶりマスター!もう、全然呼ばないからあの時に死んじゃったかと思ったよ!』

私の能力で作った念獣。普通は決まった事位しか喋らないが、どうやら私の場合は特殊らしく、こうやって意思を持つ念獣が出てくる。

「久しぶり。急で悪いけど、時間が無いの。ここに向かってる人の形した三メートル以上ある巨人を一掃したいんだけど、力を貸して」

『お安いご用だよ!私にかかれば巨人の一匹や二匹…って、巨人?何それ?』

相変わらずお馬鹿なアワビに私は苦笑して下にある巨人の死体を指した。

「ここでの敵は、一体ずつは弱いけど、数が多くて大きいの。私一人で武器がこの刃だと追い付かないから、アワビにも手伝って欲しい」

『むむ、ここは私より適任がいる気がするけど…それに、マスター本体はどうしたの?』

「今の私のオーラ量だと君が限界。本体は家族を守る為に安全な所まで避難中」

宙に浮かんだ猫はそれで漸く納得したみたいで了解した。

『了解だよ!私に力は無いけどマスターの望む物となりましょう!希望の物を指示して!』

「ありがと。アワビ形態"銀線"」

『お安いご用!』

ぽん、と言う音と共にアワビは私の知る銀線へと姿を変えた。
私の念能力の一つ形態模写だ。制約は私がその物を知ってる事が前提。誓約は物の大きさにはその質量分のオーラが必要になる為確かに今の私ではこれが限界だった。

手に馴染みあるそれを構えると、私は巨人の群れへと跳躍した。

* * *

門を離れて暫く経ったが、未だに巨人の姿は聞かない。あの門を破壊した巨人も何故か姿を消していた。この一帯での避難はほぼ完了しているし、安堵する。

「さっきの人は大丈夫だと思うか?」

兵士として一般国民に言われるがまま退避してしまったが、本当に良かったのか、上からの命令は門を守る事だった。しかし、もうその門は破壊され、命令を下した上官も既に門の破壊時に早々逃げてしまった。

「分からない。だが身のこなしから俺達以上なのはあの巨人を倒した姿を見れば分かる。それに、未だに巨人が見えない以上、恐らくまだ食い止めてくれてるはずだ」

変わった格好をしていた先の人。妙に落ち着いた声音に、闘い慣れした人だろうとは推測出来たが、何故そんな人が兵士ではないのか疑問に思った。

「悔しいな。結局私達は巨人に立ち向かう力が無かった」

「俺も一緒だ。ここで生き残れたら、憲兵から調査兵団にでも異動する事にするよ」

平和なんて、実はほんの僅かなまやかし物だって分かってしまったんだから。

* * *

『マスター、オーラ切れだよ!』

何体倒した事かもう分からないが、段々と切れ味が悪くなっていたのには気付いてた。
そしてついにアワビを保つオーラが無くなり消えてしまった。

「はあっ、チャクラもギリギリ。」

辺り一帯は五十体近くの巨人の遺体。もう蒸発してしまったのもあるだろう。

それでもまだ気配は向かって来ていた。

「さすがに限界…ごめん、もう防げない」

カランと兵士から借りた刃を落とすとぽんと言う音と共に分身は消えた。

845年、ウォール・マリア陥落。


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