花嫁の喜び
「メロ、朝だよ起きて」
「ん…」

わたしの朝は、役所に勤めているような人達に比べると遅いと思う。何故って、働いていないから。
だから、本当はもうちょっと眠っていたいのだ。


「毎朝眠そうな顔して、ほんと可愛いね…僕、メロなら食べれると思うんだ」
「ゴメンナサイ朝食作ります」

ベッドから起き上がりキッチンにダッシュすると、トムは「残念」と呟いた。
多分彼なら人間だって美味しく食べれる魔法を知っていると、わたしはそう信じてやまない。

彼──トム・リドルは歴代のホグワーツ生の中で最も秀才な生徒だったと、あのダンブルドア教授にいわしめた程の男だ。
誰もが魔法省入省を信じ、スラグホーンを始めとする教職員に未来を期待されていた…というのは今や夢幻。
何故だかノクターン横丁の『ボージン・アンド・バークス』という胡散臭い店の店員になってしまった。
なのに、わたしの両親に挨拶に行った一回で見事に気に入られた。娘のボーイフレンドが怪しい店の店員なんてどこの親が気に入るのだろうかと思ったが、案外稼いでくるのでメロは何も言えなかった。
そんな事を考えながら卵を割ろうとすると彼がわたしの肩に顔を寄せた。

「オムレツ?」
「オムレツじゃお仕事に間に合わないでしょ、スクランブルエッグよ」
「言ってなかった…今日は買取交渉に行くから、店には少し遅く行くんだ。だからメロ、お願い」
「…オムレツにしてあげる」

彼は「ありがとう」と言って耳にリップ音をたててキスした。
耳も顔も赤くしたわたしを笑いながら彼はテーブルに戻り『予言者新聞』を読みだした。

昼前に彼が仕事に出掛けてから、何もする事が無くなってしまった。買い物に行く必要も無いし、本だってここ一年で沢山読んでしまった──仕事していたら、こんな事は無いのに。トムが帰ってきたら、パートタイマーでもしていいか相談してみよう。それにしても、どうしてトムはここ数年で頬がこけてしまったように見えるんだろう。

お茶を飲んだ後、夕飯を何にしようと考えていたらうとうと眠くなってきた。
ちょっとくらい…いいよね。



「……、メロ、起きて」
「ん…ヤダ、」
「僕が帰ってきたのに、お帰りも言ってくれないの?」
「?……」
目を開けると、彼が覆い被さっていた。顔が近い。

「起きた?」
「あ…お帰りなさい、トム」
「ただいま、メロ」

彼はチュッと音をたてて額にキスをした。(リップ音をたてるのは癖だと思う)

「今日は君に買ってきた物があるんだ」
「わたしに?ローストビーフ?」

トムは笑いながら、そのままの態勢でスーツの内ポケットから小さな箱を取り出した。黒いケースに赤色のサテンリボンがかけられている。
わたしの上から退いて、嬉しそうな顔をしながら、箱を開けるのを待っている。

「これって…、ウソ」
変に心臓の動きが早くなる中、リボンを解き箱を開けると、シンプルなシルバーリングが照明を受けてキラキラ光っている。

「ウソじゃないだろう?」
「だって、…あなたこういう事嫌がりそうだから」
「嫌だなんて言ったことはないよ…君は僕にとって特別なんだから。はめてあげる」

トムは跪いて、もったいぶってわたしの手を取りシルバーリングを左手の薬指にはめた。

「君の一生を、僕にくれないか?」

「先にはめちゃって。わたしが嫌って言ったら外すの?」
あれ、嬉しいのにまたこんな事言ってる。
「まさか、君が嫌がるなんて有り得ないよ。そうやって誤魔化すところも可愛いな、だから僕はメロを選んだんだよ」
「だってほら、耳が赤くなってるから」と言われて、わたしは誤魔化すのをやめた。

「わたしの一生は、あなたに捧げます」



その日の晩とその次の日の晩も彼に抱かれて、わたしは二日間声をあげる事と水を飲むことしかしていなかった。
プロポーズから二日後、彼は『デコレーション・ケーキ婆さん』のところに行って来ると言って出かけた。帰ってきた彼はハッフルパフのカップとスリザリンのロケットを持っていた。

突然「愛してる」と言われて、「わたしも愛してる」と答えた。
その時からわたしの世界は、わたしと彼だけになった。






20110420


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