七人の囚人と学園処刑場


 第四話

 教室の中には篠山がいた。
 眠っているのかと思いきや、席については机に向かっていた篠山は俺たちが入ってくるのを眼球だけを動かして見るのだ。

「……外の声、中まで丸聞こえですよ」
「起きてたのか」
「寝ようと努力はしてました。けど、眠れと言われて急に眠ることができませんので」
「そりゃそうだろうな」
「ルイルイ意外と繊細だもんねー」

 ニヤニヤと笑う木賀島は篠山に近付き、そのまま「はい、これ。プレゼント」と何かを手渡しているようだ。
 それは白い紙切れのようだ。なんだ?と訝しんでると、木賀島は猫のように大きな伸びをし、そのまま教室床の上に腰を下ろす。そして、そのまま床の上に丸まって寝転がるのだ。

「ふぁ……じゃ、お先におやすみー」
「……おい、そこで寝たら邪魔だろ」

 つうか、汚いとか思わないのか。呆れてると、木賀島からは「ぐう」とイビキだけが返ってくる。
 まさか、もう眠ったというのか。

「……嘘だろ」
「本当ですよ。こうなった那智は何しても起きませんので」
「…………」

 呆れて何も言えない。
 マイペースもここまで来ると一周回って羨ましい。俺なら絶対こんな汚い床で眠りたくないし、こんなにすぐ眠れないだろう。余程我慢してたのか、それとも安心しきってるのか……どちらにせよ図太いこった。
 立ったままでいるのも体力を無駄にしそうで、俺は篠山と木賀島から離れた席に腰を降ろす。
 廊下の方からなにやら揉めてる声が聞こえてくる。……本当に声がよく響くな。
 なんて思ってると。

「右代宰、君は寝ないのですか?」

 なにやら机に向かってカリカリと描いてる篠山はちらりとこちらを見てくるのだ。

「俺からしてみりゃ、こんな状況でのんびり寝れるやつの神経が知れねえな」
「まあ、同感です。必要だと分かっててもやはり、緊急時に備えておくべきかと」

 ……篠山は妙なやつだが、やはりこいつが一番話が早い。……妙なやつだがな。

 と、なんとなく篠山の行動が気になった。
 それに、先程木賀島が渡していたメモのこともだ。

「……さっきから何やってるんだ?」

 無視してもいいのだが、同じ部屋でカリカリされちゃ休むに休めない。何気なく篠山に近付いた俺は、やつが先程熱心に向かってる机を覗き込んだ。
 そして、息を飲む。
 机いっぱいに書かれたものは、何かの図形のものだった。そして、すぐに俺はそれが何なのか理解した。

「……っ、これは……」
「……記憶から、僕たちの母校の校内図を書き出してました」

「那智にも確認してもらった通り、ここは特別教室棟の二階で間違いないみたいですね」そう、黒く塗り潰した一角を鉛筆で丸を囲む篠山。
 そうだ、見慣れたその作りは記憶にあるものとまったく同じだ。つい今まで存在すら気に留めていなかったのに、まるで昨日のことのように思い出す。体に、脳に直接刻まれているかのように。

「僕と那智の記憶に違いがなければトイレの位置から空き教室の位置まで相違ないです」
「……技術室に科学室、音楽室に家庭科室……確かに、この位置はそうだ」
「技術室に関しては大きく改造されていたようですが、それ以外は内装に違いはありません。……那智に階段も確認してもらったんですが、下の階に繋がる階段は塞がっていたようですね」

 平然とした顔でそんなことを口にする篠山に、思わず聞き流しそうになった俺は咄嗟にやつを見た。

「……待てよ、お前らそんなことしてたのか?なんで言わなかったんだよ」
「もちろんちゃんと考えがまとまってから話すつもりではありました。……せっかちな君が聞いてくるから答えたまでです」

「確証もなしに余計なことを言って皆の不安を煽るだけになってしまいそうだったので」と続ける篠山。
 こいつの言い方は腹立つが、確かに、あんなことがあったせいで全員が全員殺気立ってるのは違いない。
 次から次へと突き付けられる現状を飲み込むにはもう少し頭を冷やす時間が必要だった。

「……とにかく、恐らくここに閉じ込めたやつの意図からするに僕たちを簡単に帰すつもりはない。そして、すぐに殺すつもりもないと。推測からするに犯人は愉快犯で違いないでしょう。僕たちの反応を見て楽しんでる。……だとするとまだこの階になにかあるはずです」

 まるで、ゲームのようだと思った。
 俺たちが揉めてるのを見て楽しんでるやつがいると腹立たしいが、事実、こんな手の込んだ真似をするのは変態野郎しかいないだろう。

「となると、二階は……あとは」

 俺と篠山は卓上の校内二階の上面図に目を向ける。
 まだ行っていない特別教室となると……あった。

「……図書室」
「恐らく、今までの流れを感じるに特別教室になんらか仕掛けてるはずです」
「……わかってても行くしかねえってか」
「逸早く脱出するのならば、行かない手はないでしょうね。しかし、当然なにかが仕掛けられてるはずです」
「……罠か」
「進藤篤紀と旭陽太……二人の怪我は芳しくない。……安静にさせておいた方がいいと思います」
「けど、念の為を考えるなら全員で行動した方がいいんじゃないか?……この階で残る怪しそうな場所はここしかねえんだろ?もし脱出できたとき、残した連中をそのまま置いていく形になるかもしれねえし」
「…………」
「……なんだよその顔は」
「…………いえ、あまりにも君が似つかわしくないことを言うもので驚いてました」
「あ?…………」

 指摘されてから、気付いた。
 これでは、皆仲良く脱出しようと言ってるようなものではないか。

「肉壁は多い方が良いだろって意味で言ったんだよ」
「まあ、そういうことにしておきます。……けど、決まりましたね。那智が目を覚ましてからこのことは他の三人にも伝えますか」

 ……正直、なんだか胸のもやもやは取れなかった。
 というよりも、木賀島も木賀島だ。篠山に言われて外の様子を見ていたというなら最初からそう言えばいいものの、あいつの言動余計紛らわしいんだよ。
 けど、どいつもこいつもただぼけっとしてたわけじゃねえってことか。……そう考えると、なんだかムカムカしてきて、俺は椅子に座り足を組んだ。

「眠っててもいいですよ」
「……お前は」
「僕はもう少し考えてみます。……心配ならばすぐに助けが求められるようにそこの扉、開けときますか?」
「チッ……可愛くねえやつだな本当」

 その気遣いが余計腹立たしいのに、こいつは悪気がないというのだから恐ろしい。けれど、篠山のことは信用に値すると思っている。木賀島と仲がよくても、その行動はまだ理に適ってるからだ。
 少しだけ、休むか。とはいえ、爆睡することはないだろうが。俺はまた机に向かってカリカリと書き始める篠山を一瞥し、目の前の机にうつ伏せになった。
 今度は、思いの外簡単に眠りに落ちた。

 home 
bookmark
←back