七人の囚人と学園処刑場


 第三話

「何もしてねえよ」
「本当ぉ?」
「つか、お前に関係ねえだろ」

 何が言いたいんだ、こいつ。とにかく不愉快だった。土足で胸の内を踏み荒らすようなこの不躾な男が。
 なんでそんなこと言われなきゃならないんだと思うと怒りが込み上げてくる。やつは、逆に不思議そうに首を傾げてみせた。

「あるよ?まず俺が不愉快でしょー?……ほら、それだけで関係大アリじゃん」

 絡みつく手を振り払おうとして、逆に強く握り込まれる。こいつ、と睨んだとき、いつの間にか鼻先数センチのところにやつのニヤケ面があった。
 は、と息を飲む暇もなかった。唇同士が触れ合いそうになるほんの一瞬、俺はやつの顔を掌で抑えた。

「っ、木賀島!」

 思いっきりやつを引っ叩けば、木賀島は今度はそれをギリギリのところで躱した。そして、クスクスと笑う。

「おお、こえー。そんな風に陽太にもしてくれてんのかな?」
「……ッ」

 何から何までが鼻につく。コイツは何かあったとハナから決めつけるらしい。実際に、あった。あのクソ陽太のワガママだ、アレのせいでずっと調子狂わされている自分がいるのも確かだし、それを見抜かれてる事実がなによりも腹立つ。
 こんなやつ、相手してられるか。
 そう、さっさとこの血腥い空間から出ようとしたとき。

「あれ?いいのぉ?俺一人にしちゃって」
「……ッ、勝手に野垂れ死んでろ!」
「ははっ、やだなーほんっと、宰って可愛い……まじで心配しに来てくれたんだ」

「わかった、わかったって。ほら、俺も一緒に戻るから」そう、観念したのかニヤニヤと笑いながら木賀島は俺の後ろからついてきて、そのまま横に並んでくる。あろうことか当たり前のように手を繋ごうとしてくる男に全身が鳥肌立った。

「触るな!」
「それってフリ?」
「テメェ……ッ」
「俺が勝手な真似しないように手ぇぎゅっとしといた方がいいんじゃない?」

 こうやって、とやつの長い指が蛇のように絡みついてくる。瞬間、思い出したくないことまで思い出し、全身の血が湧き上がるようだった。

「っ……馬鹿じゃねえのか、お前……っ」

 無理矢理やつの手を振り払う。そして、足を止めれば木賀島も釣られるように足を止めた。

「お前が先に歩け。勝手な真似したら許さねえからな」
「へえ?怖い怖い、後ろからどつかれないように気をつけないと」

 言いながら、躊躇なく俺に背中を向けたまま歩き出す木賀島。こいつ、と思ったが、何も言わなかった。
 無防備すぎやしないか。俺なら絶対この男に背中を向けたくない。けれど、下手に暴れられるよりかはましだ。
 俺は、先を歩く木賀島についていくような形で他の連中が休む教室まで戻ってきた。

 ――教室前通路。
 どうやら見張り交代が行われたらしい、篠山しかいなかったそこには周子と陽太、そして座り込む進藤がいた。
 一番最初に俺たちに気付いたのは陽太だ。
 せわしなく辺りを彷徨いていた陽太は、通路の奥からやってくる木賀島を見るなり目を釣り上げる。

「木賀島ッ!お前、どこを勝手にほっつき歩いて……宰様っ!」

 そして、背後の俺にも気付いたらしい。驚いたような、安心したような、それと同時になんで一緒なのだと言いたそうに引き攣ったその表情。
 ……面倒なやつに見つかった。まだ篠山が見張りだったらそのまま何事もなかったように教室に戻れたのに。

「宰が俺に何かあったら心配だって言うからさあ戻ってきたんだよ。ねー宰」
「適当なこと言ってんじゃねえよ。テメェが余計なことしねーか見てただけだ」

 変に誤解されると余計面倒だと思い、先手を打てば陽太も「そうですよねっ」と安堵したように引き攣った表情を綻ばせた。

「あ……ああそうだ、篠山君は先に見張り交代して休ませてるけど木賀島君、君も中で休んだらどうだい?」

 陽太が落ち着いたのを見計らったように、周子が声をかけてくる。その言葉に「んー」と思案する木賀島。

「でもなぁ、俺が眠ってる間に誰かさんに殺されると怖いしねえ」

 それは何気ない一言だった。
 その一言に、周子も、進藤も――その場の空気全体が凍り付く。その可能性は、考えなかったわけではない。
 けれど、お前がいうか。と。けれど、今この中で一番周りからのヘイトを集めているのは俺を含め確実に木賀島であるのも確かだ。わかってて言ってるのか、それとも撹乱するつもりなのか。狡猾なこいつのことだ、おそらく両者だろう。

「誰かさんって……何言ってんだよ、そのための見張りだろ?」
「篤紀ってばそれ本気で言ってるぅ?だとしたらめっちゃ面白いんだけど、いやいやそこのキモオタ野郎とかすげー俺のこと闇討ちしてきそうな目で見てるし」
「ああそうだよ!お前みたいなクソ野郎さっさと死ねと思ってるけどそれがなんだ?なあ、さっきのゲームでもお前が死んどけばよかったんだよ!」
「あ、旭君も落ち着いて……!木賀島君も、とにかく今は仲間割れしてる場合じゃないよね。一人だけじゃないし、僕達が見張ってるからそんなことは勿論起きないようにするし……」
「ンだよそれ、俺を見張るつもりかよ、なあ!」

 ああ、予想通り。不愉快なまでに陽太の地雷をぶち抜いていく木賀島と周子に頭が痛くなる。
「おい」と今にも噛みつきそうな陽太の肩を掴む。びくりと手のひらの下で跳ねる陽太の体。

「陽太、落ち着け」
「つ、宰様……」

 噛み締めすぎて色を失った唇、怒りに釣り上がっていた目一瞬にして何かに怯えるようなものになる。
 熱が消えた。一まずは大丈夫だろうか、と思ったその矢先だ。木賀島は何か思いついたように手を叩いた。

「そうだ、じゃあ宰を貸してよ」

 なにがそうだ、なのか、唐突にそんなことを言い出す木賀島に俺たちは「は?」と声を重ねた。

「だーかーらぁー、君たちで外の見張りやってー俺とルイルイ、そんで宰で休憩するから」
「な……ッ!そんなの許可できるか!セックスキチガイ野郎と宰様を一緒にできるわけねえだろうが頭湧いてんじゃねえのかッ!!」

 陽太の反応は予想通りだとして、木賀島が何を考えてるのか理解できなかった。勿論、本来ならば速攻で断りたい案件だが。

「……どういうつもりだよ」

 ニヤつく木賀島に聞けば、やつはわざと腰を屈めるようにして俺の顔を覗き込む。そして、頬、目の縁を撫でようとして、咄嗟に手を振り払った。そんな俺に驚くわけでもなく、木賀島は嗤う。

「……宰もろくに休んでないんでしょー?目、窪んでるよ。睡眠くらいちゃんと摂らないと」
「……」

 目敏いやつなのか、それとも俺が余程酷い顔をしていたのか。またクソみたいなことを言い出すかと思っただけに、普通に心配してくるこの男の神経が理解できなかった。

「ま、でも篠山も一緒ならいいんじゃねえの?見張りも三人もいるわけだし?」
「けど……っ」

 何も知らない進藤はあくまでも能天気だった。こいつは、科学室でのことをしらない。ただ、薬のせいでおかしくなった木賀島と俺が喧嘩したくらいしか聞いてないはずだ。だからその思考も理解できるが、そうではない周子と、元より木賀島のことをよく思っていない陽太の反応は火を見るより明らかだった。
 けれど、逆に考えればだ。眠ってる木賀島からカードキーとナイフを取り上げることができるチャンスでもある。この男はどういうつもりか、俺などどうとでも思ってるのか無防備なところがある。……今のようにだ。
 それに、いくらこの男でも篠山の前でどうということをするつもりはないはずだ。

「……わかった」
「宰様っ?!」
「右代君、それは……本気で言ってるのか?」
「ああ。その代わり、少しでも妙な真似したらすぐに他の連中を呼ぶ」
 木賀島は「どーぞどーぞ」とただ楽しそうに笑った。

「つ、宰様……どういう、何を考えて……っ木賀島ですよ!この見境なしのクズ男、もし宰様に……」
「俺が良いって言ってんだ、お前は黙ってろ」
「す、すみま……せん……」

 陽太はそう言いながらも、その目からはありありと納得いっていない様子が伝わる。けれど、逆らわない。あくまで俺の意思を優先させる陽太だからこそこいつが傍に居ても許してやっていたのだ。

「それじゃ行こうか、宰」

 そう、背後に回された手に徐にケツを揉まれ血の気が引いた。
「おい!」とやつの腕を引き離せば、木賀島はだらしなく緩んだ表情を変えるわけでもなくただにやにやとこちらを見るのだ。

「なぁに?ただ背中押しただけだよ?」
「……っ近付くなお前は……!先に教室に入れ!」
「はいはーい、仕方ないなあ宰は」

 何もしてないですよーと両手を上げて降参のポーズをしながら、木賀島は教室へと入っていく。陽太が何か言いたそうな目で見ていたが、無視した。
 クソ、調子狂うな。早まったかと思ったがここの壁もそう厚くないはずだ。檻が邪魔したあの空間とは違う。そう言い聞かせながら、俺は教室へと入った。

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