七人の囚人と学園処刑場


 第五話

「二人とも、遅かったね」

 技術室内。
 扉を開いてすぐ俺たちを出迎えたのは周子の厭味ったらしい笑顔だった。

「うっせーな…。おい、そっちはなんかあったのかよ」
「そうですね、まずまずと言っていいでしょうか」

 そういう篠山は扉横のサイドテーブル、箱の前に置かれたそれらを指した。
 数本の釘になにやらよくわからない金属部品、どれもコインの代わりになりそうにはない。

「どれほど探してもコインの代わりになりそうなものも手掛かりもないんだよね」
「もう面倒臭いから箱を壊してみたらいいじゃん〜〜」
「ばっ、そんなことして爆発でもしたらどうすんだよ!」

 すっかり諦める雰囲気になっている連中に、「ちょっと待てよ」と俺は声を上げた。

「なあ、これ、使えないか」

 自分から連中に提案するのはなんとなく癪だが、ここで愚図っていても仕方がない。
 ポケットの中、取れた金属のボタンを出せば連中は動きを止める。一番最初に口を開いたのは篠山だった。

「なるほど、ボタンですか。…確かに形状も似てますね」
「あっ、それなら俺もあるぜ!」

 言うやいなや、自分の袖のボタンを引き千切った進藤は「ほら!」とそれを見せ付けてくる。
 まだ決まってもいないのにこの行動の速さ。……まあいいけども。

「じゃ、試しに入れてみたら〜?それで行けたら万々歳なんだけどね〜〜」
「100円だから一枚ってことでいいのかな……右代君」

 周子が視線で促してくる。元より、俺が行くつもりだった。
 頷き返し、俺はブラックボックスの前に立つ。
 投入口は一つ。指も入らなければ中も覗くことが出来ない、小さな穴。そこに、俺は手に持っていたボタンをねじ込んだ。
 その一瞬、確かに周囲の空気が静まり返り、誰かの固唾を飲む音が聞こえた。
 投入口の奥、コインが落ちると同時にカチリと微かに聞こえた。
 そのときだ。

「宰様ッ!!」

 背後、陽太の大きな声に驚いて振り返ろうとしたのと目の前の箱が爆発したのはほぼ同時で。
 瞬間、鼓膜を裂くような破裂音と辺りに広がる白。咄嗟に顔を手で覆ったが、それよりも先に伸びてきた陽太の手に思いっきり体を床へ放られた。

「っ、てぇ……」

 派手なのは音だけで、爆発の威力は然程なかったようだ。

「宰様、お怪我はっ!?」

 今にも死にそうな顔をして駆け寄ってくる陽太に「問題ない」とだけ告げる。
 それよりも、突き飛ばされた衝撃の方がダメージ大きいが、それは言わないことにした。

「皆、怪我はないみたいだね」
「おい、何だったんだよ、今の!」
「すごい音でしたね…耳が痛いです」
「懐かしいなぁ〜〜、職員室に癇癪玉投げ込んでたの思い出しちゃったぁ」
「なるほど、一時期職員室が硝煙臭かったのはそのせいだったのですね」
「木賀島君…」

 呆れて何も言えなくなる周子に俺も何も言えなくなる。
 それにしても、だ。
 殺傷力のない、ただの爆弾を仕込まれていたという時点で俺たちの反応を見て愉しんでいるのは一目瞭然で。
 そう考えれば考えるほど、腸が煮えくり返りそうになった。

「宰様をこんな目に合わせるなんて…ッ!許せない…殺してやる…ッ!」

 ぶつぶつと何やら不穏なことを呟く陽太だが、俺はそれを止めなかった。
 俺だって同じだ。この俺を屈辱する人間は誰であろうと許すつもりはない。

「なあ、おい!皆!」

 煙が充満する技術室内。
 ブラックボックスが置いてあったサイドテーブルを覗き込んでいた進藤が声を上げる。

「これ、三百円!」

 そして、その手には三枚のコインが握られているではなか。

「進藤君、どうしたの、それ」
「爆発した箱のところ見てみたら、サイドテーブルのところに扉がついててさ、ほら」

 そういって、小さな扉を開いてみせる進藤。
 そこには小さなスペースが付いていた。

「そこに入ってた!」
「ですが、料金は先ほどの箱に入れるはずではなかったのではないですか」
「爆発しちゃったんだからもう無理じゃん?もう帰ろ帰ろー」
「……」

 確かに、今の箱が料金を入れるためのものだった。
 だけど、場所だけは再現されているにしてもここはあの時とは違う。
 他にもまだ、あるはずだ。料金を入れる場所が。
 そう思い、騒ぐ連中から離れた俺は再度扉の前にやってきた。
 もう一度調べてみる必要がある。
 
文化祭では黒いカーテンで仕切っていただけの出入口には鉄製の扉が嵌め込まれていて、そこに鍵穴らしきものは見当たらない。
 取手もなく、ドアノブの代わりに窪みがつけられているだけののっぺりとした扉はスライド式のようで。
 それに触れた俺は何度か動かしてはみるが、鍵を掛けられているのだろう。やはり開かない。
 …しかし、このくらいで諦めるわけにはいかない。
 執拗に扉を調べていると、扉の下、不自然なものを見つけた。
 言い表すのなら、穴のない鍵穴。3センチ程の線状の窪み。

「進藤!」
「ん、どうした?なんかあったか?」
「それ、一枚渡せ」
「え?」
「見付けたんだよ、鍵を」

 地べたを這わなければならないほど下部に作られたそのコインロックを睨みつける。
 あまりの小賢しさに怒り通り越して笑いが込み上げてきた。
 鍵の解錠は陽太にさせた。目論見通り、コインを使えば簡単にそと扉は開く。

「まさか、プレイ料金ではなく鍵代わりだったとは。……そういう考え方もあるのですね」
「じゃ、二人とも気を付けてねえ〜」

 考え込む篠山に、呑気に手を振ってくる木賀島。
 誰が人数から外されているのかは言うまでもない。

「皆、お互いなるべく無事で会おう」

 必ず無傷で、と言わない辺り周子も分かっているのだろう。この扉の先になんらかの仕掛けがあることを。

「……お前に言われなくても」

 わかっている。その言葉の代わりに俺は目の前に佇む中央の扉を開いた。で、と言わない辺り周子も分かっているのだろう。この扉の先になんらかの仕掛けがあることを。

「……お前に言われなくても」

 わかっている。その言葉の代わりに俺は目の前に佇む中央の扉を開いた。
 扉の向こう側は個室になっていた。
 どうやら他の二枚の扉も同じようで、警戒しながらもその部屋に足を踏み入れた瞬間扉が閉まる。そして、二畳ほどの密室空間は動き始めた。

「……っ、は?」

 嫌な浮遊感。個室が降下していくのがわかって、そこでこの部屋がエレベーターの機体になっていることを知る。
 エレベーターはすぐに止まった。
 そして、今度は反対側の壁だった場所がゆっくりとスライドして開くのを眺めながら、俺はエレベーターを降りる。
 心臓の音が煩い。まるで、処刑台に立たされる死刑囚にでもなったような、そんな不快感が腹の中ぐるぐる巡っていて。
 吐き気を堪えながら、俺は顔を上げた。そして、絶句する。
 そこには、見た
ことのない光景が広がっていた。
 言い表すのなら、SFに出てくるのうな訳の分からないモニターやレバーで埋め尽くされた近未来的空間。
 然程広くはないその部屋の前方。
 嵌め込まれた大きなモニターには、黒をバックにいくつかの文字が表示されている。
 右下には5つのハート。そして、左上には『30:00』の緑の文字。

 なんだこれは。というか、どこなんだここは。
 学園に通っている間は勿論、こんな施設が普通の学園に設備されているとは思えない。
 恐らく、わざわざ作られたのだろう。
 手の混んだ真似をしやがって。そう、舌打ちしたときだ。

『おーい、右代、旭ー!聞こえるかー!』

 薄暗いその部屋の中、天井に取り付けられたスピーカーから聞き慣れた声が響き渡る。
 進藤だ。

「進藤?お前…」
『目の前のなんか機械にさぁ、ヘッドセットあるだろ、それ着けてみ』

 一方的なその進藤の声に、もしかして俺の声が届いてないのだろうか。思いながら、言われたとおり正面の装置を探っていると進藤の言うとおりヘッドセットがあった。
 それを装着すれば、目の前のモニターに新しい文字が表示される。
『call』の文字の横に、No.1、No.3、all、offの文字。
 適当にNo.3の文字に触れてみれば、『うるせえぞ進藤!』という陽太の声がヘッドフォンから響いてきた。

「っ、……陽太か?」
『えっ?あれ?宰様?うそ、宰様、すみません俺宰様とあの筋肉馬鹿を間違えてしまい』
「……」

 どういうことなのだろうか。
 慣れない機械の扱いに戸惑っていると、スピーカーから、『それで画面にオールって出るからそれ押せよ!』と進藤の声が響いてきたので、言われるがまま今度はallの文字に触れる。
 瞬間。

『おっ、右代ちゃんと出来たみたいだな!』

 ヘッドフォンから聞こえてくる進藤の楽しそうな声。
 ひと通りの操作で、なんとなく、ぼんやりとだが構造は理解できた。

 allは全員と通話。
 no.表示は個人との通話。
 offはそのままだろう、通話拒否。

 ただの射的かと思えば、なぜこんな機能があるのか。…理解できないが、どうせろくでもないために使うのだろう。
 しかしまあ、無いよりはましだ。
 そう思ってしまう自分は周子に毒されているのかもしれない。

「進藤、これ、どういうことだ。射的……だよな?」
『そうだなー。射的っちゃあ射的だけどこの画面からして今から俺たちがやらされるのは……』

 そう、進藤が言い掛けた矢先だ。
 ただでさえ薄暗かった個室内部の照明はいきなり赤く染まる。
 同時に、どこかに取り付けられたスピーカーから響くけたたましいサイレン。

『う…っ、るせえな…っ!そちらの方は大丈夫ですか?宰様!』
「なんだ…このサイレン…」
『おい旭、右代!画面見てみろ!』

 進藤に促されるがまま、目の前のディスプレイを見る。
 すると、画面いっぱいに表示された『GAME START』という文字。

「おいっ!なんか始まったぞ!」
『多分、これはあれだな、射的は射的でもシューティングの方だろ』
「シューティング?」
『えっ?まじ?右代まじでゲームしないやつなの?』
『いいから早く宰様にやり方を教えろ!』
『わかったわかった、って言われても…取り敢えず敵の攻撃を避けて撃てばいいんだよ』

 敵?敵ってどこから出るんだ?
 そう、辺りを見回した時、画面に複数のなにかロケットのような形をした記号が現れる。

 これが敵?どうやって避ければいいんだよ。

 産まれてからずっとゲームというものに触れたことがない。
 賭博の類なら親戚が経営していたカジノで見学していたが、こういったテレビゲームは正直、わけがわからない。

『右代、画面の側にレバーみたいなのないか?』
『レバー?…っ、これか?』
『そうそう!それがコントローラーになってて、それを適当に動かして避けるんだよ!グリップんところにボタンもあるだろ?多分、それでこっちから攻撃出来るから!』

 そう一気に言われても理解出来ない。
 こうなったらやけくそだ、とレバーを握り締める。四方動かしてみれば、レバーに合わせて一つのなんか変なロボットみたいなキャラクターが画面の中で動く。
 なるほど、こうなるのか。と、自分の意思通り動くそれに内心感動した矢先だった。
 向かい側からやってきたロケットにぶつかり、ドォーンという爆発のSEとともに画面が赤く点滅する。
 同時に個室の中の照明も赤く点灯した。
 そして、どこからともなく煙が溢れ出し、あっという間に機内は白く煙る。

「な、んだ…この煙…!!」
『宰様、如何なさいましたか?!』
『どうした右代!』

 匂いはない、だけど、呼吸する度に得体の知れないものが体内に入り込んでいると思うと気分が悪くなる。
 ――それに、なんだか、眠たくなる。

「くそ……やられた……っ!そしたらなんか部屋に煙が出てきた…」
『あまり吸うなよ、あと深呼吸して落ち着いて操作するんだ!敵の出方を待たないとダメだぞ!』
「深呼吸って、無茶言うなよ」

 それでも、まだ、意識はなんとかある。
 点滅が終わり、画面には先程同様のゲーム画面が表示される。
 3つあったはずのランプが1つなくなっているのを確認し、固唾を飲む。
 恐らく、これが無くなったら今度こそ終わりということだろう。

「お前らに出来て俺が出来ないわけがないだろ……っ」

 言い聞かせるように呟く。そう決意し、再びハンドルを握り締め一分もしないうちに再度部屋は赤く点滅した。
 やばい、とか、まずい、とか。そんなことを頭の片隅で考えながらも、俺は押し寄せてくる睡魔に耐えられなくなっていた。
 赤く点滅する機内。先程よりと濃度を増す煙。それは穴という穴から流れ込んでてきは息が詰まりそうになって。

「……ぁ、は……」
『宰様っ?!返事をしてください!宰様っ!!』

 痺れる頭の中で陽太の声が響く。
 こんな姿見せられない。せめて、と通信を切ろうと画面に手を伸ばした時だった。
 背後、何かが動く気配がした。

「……どうしようもない奴だな」

 聞こえてきた聞き慣れない声。
 …………まさか、幻聴か。
 なんてしてる内に伸びてきた手が画面に触れる。瞬間、聞こえてきていた陽太の声が聞こえなくなった。
 ああ、とうとう幻覚まで見えてくるとは。眠いし、そろそろまじでやばいな。なんて考えながらも霞む視界の中、掴んだままだったレバーを握り締めた。

「やる気はあるんだな。…………けど、あんたはもう余計なことすんな。邪魔だ」

 夢現の中、今度はしっかりと聞こえた。
 そして、レバーを握り締めた俺の手の上、俺のものではない手が重ねられる。
 これも、幻覚というのか。暖かな体温に無骨な指先、ぐっと力を込め俺の手ごとレバーを握るその手の幻覚をぼんやり眺めてる内に画面には『GAME START』の文字。
 そして、

「じっとしてろよ」

 背後、耳元で聞こえてくるその声を最後に俺の意識はとうとう途切れた。

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