第三話
「……ということは、技術室になにかがあるかもしれないってことだね?」
「ああ」
ひと通り、探索した結果を報告する。
唯一、周子だけがちゃんと俺の話を聞いてくれていた。
「それで、そっちはどうなんだよ?なんかあったか?」
「ぜーんぜんない。なのに委員長張り切って歩き回るしさぁー、俺、もう動けなーい」
「あれくらいで大袈裟な……」
極端にやる気のない木賀島と対照的な周子との組み合わせはやはり最悪のようだ。
このままでは周子による木賀島への説教が始まりそうだったので、「それじゃあ」と俺は強引に話を仕切り直す。
「……このまま、技術室へ向かう。ってことでいいな」
「はいっ!異論はありません!」
ちゃんと話を聞いていたのかすら怪しかった陽太が勢い良く賛同してくる。
「まあ、それしかないみたいだしね」
「このまま燻っている時間も勿体無いですし、早く行きましょう」
「お、篠山張り切ってんな〜」
「善は急げってやつだねえ」
どうやら他の連中も異論はないようだ。
というわけで、全員揃って俺達は技術室へ向かった。
技術室前。そこに人気はない。
「うわー、技術室とかまじひさしぶりなんだけど」
「さて、何もなければいいのですけどね」
言いながら、篠山は重厚なその扉を開く。
そして、
「……なるほど」
扉の前。一番に中を見た篠山はぽつりと呟く。
「お、おい、どうしたんだよ?なんかあったのか?」
「そうですね、この場合見た方が早いでしょう」
そう言うなり、大きく扉を開く篠山。
そこに広がる技術室内の光景に、俺達は目を丸くした。
扉を開けばまず三枚の扉が目の前に現れた。
それは文化祭の出し物のような手作り感溢れる装飾が施されていて扉の上にぶら下がった看板には『シューティング1回100円』と書かれている。
というか、これは、見覚えがあった。
「……これは……」
「あれだよねぇ、やっぱり。宰達の」
「確か、二年の時俺のクラスの出し物がこれだったよな、右代!」
進藤に尋ねられ、俺は頷く。
そうだ、二年のときの文化祭。俺たちのクラスは技術室を使ってシューティングゲームの屋台を作った。そのときの屋台が今、俺達の目の前にあった。
「懐かしいですね、宰様!」
「懐かしいっつか……おかしいだろ、普通に」
「へ?」
「ああ、そうだね。だけど、これで確実になったわけだ。ここに閉じ込めた動機は間違いなく私怨だということが」
合唱コンに文化祭。
どれも俺たちとある程度は近しい人物ではなければ知り得ない情報であるに違いない。
しかし、音楽室の時点でそのことを嫌と言うほど知らされてきた俺からしてみればそれほど目新しい情報でもない。
「しっかしまあ、っていことは俺達のクラスに思い出があるってことだよな?右代、わかるか?」
「心当たりがない」
「だろうねぇ」
どういう意味だ、と笑う木賀島を睨む。
「思い出というよりここまで再現されていると一種の執念も感じるけど……」
「どちらにせよ、この扉の先にいかないとどうしようもないみたいですね」
「だよなぁ……」
見るからに分かる罠。
シューティングという単語に今は嫌なものしか感じない。
それでも、やるしかない。
「……俺が行く」
流れる沈黙の中、俺は口を開いた。
全員の視線が、一斉にこちらを向く。
「つ、宰様、正気ですかっ?!それなら俺が行きます!宰様が行かずとも、俺が……!」
「……うるせえな、第一お前その手でシューティング出来んのかよ。怪我人はすっこんでろ」
「右代君、口に気を付けなよ。それに、君も怪我人だ」
「これくらいどうってことねえ」
「へえ〜?本当に〜〜?」
不意に、投げかけられた木賀島の言葉にぞくりと背筋が震える。
周子曰く、木賀島にあの時の記憶はないという。
だけど、その言動一つ一つがあの時のことを思い出させるのだ。それが故意であろうが、無意識だろうが。
本当は下半身が痛んで仕方ない。掌の傷もまだ塞ぎ切れていない。
それでも、自分が行かなくてはならない。そう思ってしまうのは、恐らく、どう考えてもこの仕掛けが自分への挑戦状のように思えてしまうからだろう。
「それなら、俺も行く」
そんな中、不意に口を開いた進藤に、今度は俺が驚く番だった。
「別に、一人でもいい」
「んなこと言うなよ、俺だって同じクラスだったんだし、シューティングも得意だぜ!」
シューティングは関係ないんじゃないか。
「そうだよ。右代君、いくらなんでも一人は無謀だ。何なら僕も……」
「俺もご一緒しますッ!」
周子の言葉を遮り、勢い良く挙手したのは陽太だった。
「今度こそ、今度こそ宰様の役に立ちたいんです!お願いします!」
「やめとけ、お前は外で待ってろ」
「嫌です、俺も行きます!」
さながら駄々っ子のように頑なになる陽太。
こうなった陽太は手を付けられない。
「いいじゃんいいじゃん、旭だって同じクラスだったんだし、なあ!」
「お前な……そういう問題じゃ……」
「あれ?宰様、この扉開きませんよ?」
「っおい!言った側から何勝手なことしてんだよッ!」
あろうことか、三枚の扉の内右側の扉を開こうとする陽太に頭が痛くなってくる。
「本当だ、やけに硬いね……鍵が掛かってるみたいだけど」
「もしかして、これじゃないですか」
続いて扉の前に近付いてくる好奇心旺盛組、もとい周子と篠山は壁に掛かった『シューティング1回100円』の看板を指差した。
そうだ、本来ならば入り口前に置かれた箱に料金を入れてそのまま個室に入ってもらう仕組みになっているのだが、そこで俺の思考は躓いた。
そもそも、俺達は金銭を持っていない。
「おい、進藤……」
「ん?」
「お前、100円持ってるか?」
「ああ、小銭くらいなら確かポケットに………………ねえわ」
「……」
所持金どころか所持物を奪われた俺たちは無一文同然で。
つまり、金が掛かるこのゲームはプレイ出来ないことになる。
「もしかしたら、料金とは別に仕掛けを解く方法があるのかもしれませんね」
「あ?」
「ここの箱、これに料金を入れるのでしたよね」
そう言って、3つの扉の横、各々設置された箱に歩み寄る篠山。
両手で抱える程の大きさのそれはサイドテーブルの上に固定され、上部には小銭が入るくらいの小さな穴が開いているだけで。
「ああ、そうだけど」
「もしかしたらこの箱に仕掛けがあるのかもしれませんね」
「な、なんだよ、その仕掛けって」
やけに勿体振る篠山に、食い掛かるように詰め寄る俺と進藤。
そんな俺達に篠山は「何を言ってるんですか」と呆れたように目を丸くする。
「それをこれから調べるんでしょう」
まあ、そうだよな。
というわけで始まった探索。
とにかく手当り次第手掛かりになりそうなものを探していたが……。
「おい、お前、何をしている!」
劈くような陽太の怒声に振り返れば、そこでは座り込んでる木賀島に陽太が食い掛かっていて。
「宰様だってしてるんだ!お前もちゃんと調べろ!」
「えぇー?だって俺疲れてんだもーん。やりたい子だけやらせときゃいいじゃん?どうせ俺、入らねえんだからさ」
どうやらサボってる木賀島を陽太が注意しているようだが、一々引き合いに出されては溜まったもんじゃない。
それよりも、俺としてみれば木賀島に下手な行動を取られる方が厄介なので敢えて無視して探索を続けようとしたのだが……。
「二人とも、言い争う暇あるなら探そうよ。こうしている間にも時間は減っていってるんだから」
「減ってるも何も、時計ねえから分かんないけどねぇ」
「君はまたああいえばこういう……」
「だからだよ、刻一刻も早く宰様をここから出すためにも働くのが通りだろうが!」
「じゃあ陽太、俺の分も宰のためによろしくね」
「この野郎…ッ」
「おい、旭も落ち着けって!」
なにやら周りを更に巻き込んで言い争いがデカくなっていってる。
今にも殴り掛かりそうな陽太を羽交い締めにし、宥める進藤。
ご苦労なこった。
「右代宰」
看板を外し、裏に起動スイッチなるものがないか調べていると、不意に、篠山累がやってきた。
「なんだよ」
「貴方の犬でしょう、少しは黙らせられないんですか。このままでは作業も進みません」
どうやら見兼ねた篠山は苦情を入れに来たようだ。
その意見には概ね同意だが、なぜ俺がそんなことをしなければならないのか。
「ほっとけばいいだろ」
「このまま放っておいた場合、木賀島那智に殴り掛かって勃発する喧嘩に周囲が二人を止めるのに約二十分。それが原因で誰かが負傷した場合を考えると……」
「わかった。……わかった、黙らせりゃいいんだろ」
このまま延々と篠山の可能性論を聞かされては溜まったもんじゃない。
うんざりしながら頷く俺に、篠山は「探索は俺たちに任せて下さい」とだけ言ってさっさと持ち場へと戻っていく。
……本当、よくわかんねえやつ。
「いいから、ほら、二人とも一度落ち着いて……」
「おい、陽太」
「宰様!」
「宰ー、聞いてよぉ、陽太がさぁ…」
座り込んだまま、立ち上がろうともしない木賀島を無視し、俺は陽太の腕を掴む。
何事かと、目を丸くする陽太。
「ちょっと来い」
「え?」
「ちょっと、右代君……」
「いいから来いっ」
止めに入ってくる周子を躱し、俺は陽太を引っ張った。
少し怯えたような色を浮かべる陽太だったが、すぐに「わかりました!」と元気よく頷く。
「ちょっとコイツと話してくるから……あとは頼む」
そう周子に残し、俺は陽太を引き摺るように技術室を一旦あとにした。
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