七人の囚人と学園処刑場


 第二話

 旭陽太とは、小さい頃からの所謂幼馴染というやつだ。
 とはいっても別に特別仲よくしたつもりはなかったが、幼い時にした所謂ごっこ遊びがきっかけで奴は何を勘違いしたのか俺の後ろをついて回るようになっていて。
 旭陽太は根暗で無口で大人しく、おまけにちょっとしたことで癇癪を起こすために周りから避けられていた。
 遊んでいる俺たちをいつも影から羨ましそうに見ているのに気が付いて、陽太をごっこ遊びに入れるよう提案したが案の定嫌がられてる始末。
 するとまたそれで陽太が泣きそうになっていたので俺は仕方なく自分のペット役として陽太を参加させた。
 それからだ。ごっこ遊びは終わったというのに、数年経った今でもこいつは俺のペットでいようとする。
 自分の居場所を無くしてでも、俺を立てるために。

 陽太がいなくなった科学室内。

「それじゃ、これからのことだけど」

 そういって、焼き魚の身を挟んだ周子は口を開いた。

「どちらにせよ、また分かれる必要がありそうだね」
「もうじゃんけんは止めろよ」

 周子を睨めば、言いたいことを理解したようだ。「わかってるよ」と周子は頷く。

「今回は旭君も動けるようになったしこれで六人だ」
「今度は三人三人に別れたらどうでしょうか。二人だけだと勝手な行動に出てしまうようですしね」

 間違いなく篠山は俺たちのことを言っているのだろう。
 勝手に動いたのは木賀島だと言い返したいところだが、余計なことまで掘り返されるのは嫌だったので口を紡ぐ。

「じゃあ俺、また宰と一緒がいいなぁ」
「ふざけんな!誰がてめぇなんかと…ッ!」
『宰様に馴れ馴れしいんだよ薄汚いゴミ男がッ!生クリーム詰まらせて死ねッ!』

 廊下の外から飛んでくる陽太の暴言にも、「陽太とは別でお願いねえ」とへらへら笑う木賀島。周子は呆れたように息を吐く。

「悪いけど、僕も君と右代君が一緒になるのは反対だよ。勿論、旭君ともね」
「えー、なにそれぇ」
「当たり前だろ、お前、なにしたか分かってんのかよ!」
「その何っていうのがさぁ、覚えてないんだよねぇ〜俺。ねえ、宰、俺、宰に何したのぉ〜?」

 言いながら、口元をだらしなく緩める木賀島。
 その目は完全にこちらの様子を愉しんでいる気配すらあって、やつが全てを覚えている上にしらばっくれているのは一目瞭然で。

「……ッ」

 握り締めたナイフが指から離れそうになり、咄嗟に掴みなおす。
 それでも、全身に焼けるような痛みが蘇り、息が、詰まりそうになって。

「ねえ、宰……」

 そう、木賀島が俺の名前を呼んだ矢先だった。

「木賀島君」

 バン、と叩かれる机。少しだけ驚いたような顔をした木賀島は、立ち上がる周子を見上げる。

「ん〜〜?どうしたの〜?いいんちょー」
「君、僕と一緒ね」
「は?俺がぁ〜〜?委員長とぉ?」
「それと、篠山君。君も一緒で構わないかな」
「俺は誰と一緒でも構いませんよ」

 まさかあの不良馬鹿問題児嫌いの周子が自ら木賀島と組むだなんて言うとは思ってもいなくて、正直、普通にビビる。

「……って、ちょっと待てよ。その振り分けだと……」
「今度は俺と右代と旭が一緒なんだな!」

「よろしくな、右代!」と満面の笑みを浮かべる進藤に早速先が不安になってきた。
 陽太だけでもあれだというのに、陽太とは全くの対照的な進藤まで一緒とは。

「勝手なことだけはすんなよ」
「わかってるわかってる!俺、餌に釣られて速攻行くタイプじゃねえから!」

 嫌なところを突かれ、なにも言えなくなった。
 陽太も陽太で俺と一緒だということにしか興味ないようで『宰様これからまたずっと一緒ですね』と廊下の外から生き生きとした声が聞こえてくる始末で。

「……」

 まあ、周子の方はもっと大変そうだけどな。
 超絶マイペース二人に周子が振り回されるのは見ものだろうが、こちらも人のことはいえなくて。
 一先ず、消耗した体力を補うことに今は専念することにしよう。


 数分後、ひと通り全員が目の前の皿を平らげた。
 いくらか空腹は満たされたが、やはり冷えた飯では心までは満たされなくて。
 それに、こんな状況だ。
 飯を楽しむ気にもなれなかった。
 一部を除いて。

「いやー美味かったな〜」
「ほんとほんと〜。今度はチーズケーキが食べたいなぁ〜」
「……」

 あの二人に関してはもう何も言うまい。

「あ、あの、宰様、俺ももうそちらにいってよろしいですか?」

 不意に、科学室の外から聞こえてくる陽太の声。
 開いた扉の外からちらちらとこちらを覗き込んでくる陽太はなぜ自分が追い出されたのか恐らく理解していないだろう。

「……別にいいけど、喋りたいなら俺に許可とってからな」

「わかりましたっ」と言いかけて、慌てて口を噤んだ陽太はこくこくと頷く。
 そしてすぐ、俺の側に駆け寄ってきた。
 フォークを使うのに四苦八苦したのか、欠けた指の断面から赤い血が滲んでいた。

「それじゃ、そろそろ移動しようか」
「そうですね。こうしてる間にも出口を塞がれていたら大変ですし」

 またこいつは笑えない冗談を。

「右代君、さっき同様あくまでも見るだけだからね。なにかを見つけても決して手を出さないこと。そして、探すのは出口の手掛かりとここで迷っている人間だ」
「わかってる」
「じゃあ、今度の待ち合わせはここにしよう。一周した科学室で待機、片方のチームが来てから情報交換しなにかがあれば皆で見に行こう」
「わかったって言ってんだろ」

 さっきとほぼ同じ内容をくどくど聞かされ、どんだけ俺は考えなし野郎に思われてるのかとムカついてくる。
 そういうのはお前の背後にいる赤髪甘党野郎に聞かせろと視線で訴え掛けるが、周子はそれを軽く受け流すだけで。

「じゃあ、また後でね」
「おう!俺達が一番に見つけ出してやるからな!七人目!」
「よぉーし、負けないからねぇ」

 いつの間にか謎の競争が始まっているが、とにかくやるしかないのだ。
 周子たちと別れ、進藤と陽太を連れ俺たちは正反対の方へと歩き出す。



「なあ、お前ら腹大丈夫か?」

 周子たちと別れ、校内を散策していたときだった。
 不意に、こちらを振り返った進藤は問い掛けてくる。

「……わかんねえ、正直、ここに来た時からずっと気分悪いからな」
「そんな、宰様大丈夫ですか?吐きたくなったらいつでも言ってくださいね?俺、お手伝いするので」

 やけに食い付いてくる陽太。
 何をお手伝いするつもりなのだろうか、聞くのが恐ろしい。

「あーでもまぁそうだよなー、やっぱり皆なんだかんだぜってー気分悪くなってるよな」
「……で?なんだよ、それが。具合でも悪いのか?」
「いや、周子とか右代とかさ、しんどそうに食ってたからちょい気になって」

 少しだけ、意外だ。
 わりと周りを観察するタイプなのだろうか、自分と飯のことしか考えていないと思っていただけに驚く。

「……なんだよ、その顔」
「いや、別になんでもねえよ」
「意外、とでも思ったのか?」

 笑う進藤の鋭い指摘にぎくりと全身が僅かに緊張して。

「図星かよ〜。まあ、確かによくそうは言われるけどなー」
「……どうしてわかるんだ?」

 結構、というかかなり俺は驚いていた。
 自分でもあまり顔に出さない方だと自負していたし、今も下手に出したつもりはない。
 進藤は横目で俺を見て、そしてはにかむ。

「なんとなく!」
「なんとなくって……」

 バカにしてるのか、こいつは。
 おちょくるような返答に呆れ果てるが、少なからずこいつの洞察力が鋭いのは事実だろう。
 中学の時、いつも誰かと一緒にいた。
 場合によっては男であったり女であったり、一回り離れた男女を「友達!」と紹介された時もあった。
 つまり、そこまで人に好かれるということは少なからずなにかが優れているからだろう。
 …認めたくはないけどな。

「だってあるだろ、顔が強張ったりちょっと視線が動いたり、そんなんが重なったりしたら『ああ、こいつこのことに触れられたくないんだな』とか」
「……何が言いたいんだ?」
「いや、別にー?ただなんとなく、右代がさっきから空々しいからもしかして俺、右代に嫌がられてんのかなって思って」

 特に悲しむわけでもなく、何気なく口にする進藤に内心ぎくりとする。
 ずっと、進藤の襟の血痕のことが引っ掛かっていた。そしてそれを隠そうとする進藤も。
 だからだろう、恐らく進藤はそのことに気付いてる。

「ま、こんな状況だし仲良くしよーぜ」

 と、不意に肩を組まれぎょっとする。
 目が合えば笑う進藤。不覚にも肩にかかる重さに木賀島のことを思い出してしまい、「お前な」と睨むようにやつを振り払おうとすれば、

「馴れ馴れしく宰様に触るなっ!」

 案の定噛み付いてきた陽太に、特に気にした様子もなく進藤は笑う。

「勿論、旭もな!」

 言いながら、ぐしゃりと陽太の髪を撫で付ける進藤。

「っおい!触るなって言ってんだろ!」

 全身全霊で拒絶する陽太の声なんて届いていないようで、一人満足したように「よっしゃ行くか!」と歩き出す進藤になんだか俺は酷く疲れた。
 距離感が近いというのはここまで疲れるものなのか。担がれるよりかは大分マシだろうが。
 以前から変なやつだとは思っていたが、卒業してから数年経った今でも進藤の変わり者っぷりは現在のようだ。

「おーい!誰か〜!いるかー?いるんなら出てこいよ〜!」
「んなこと言われて出てくる奴がいるかよ……」
「いるだろ?」
「いねえよ。こんな状況で…得体の知れないやつにわざわざ会いに行くやつがいたら馬鹿だろ」
「そうかあ?」
「宰様の言うとおりに決まってる!第一、進藤お前声がデカすぎるんだよ!ボリュームかトーンかどちらか下げろ!宰様の頭に響いたらどうする!」

 どちらかといえば陽太の声もなかなか喧しいのだが突っ込む気すら起きない。

 校舎内通路。
 ぎゃーぎゃーとやかましい二人を無視して静まり返った周囲を伺いながら歩いていると、不意に視界の先で何かが蠢くのを感じた。

「あ……?」

 今、影で何かが動いたような気がする。
 薄ぼんやりとした頼りない照明の作る影は淡いが、それでも見逃すはずはなくて。

「どうした右代」
「今、あそこでなにか動かなかったか?」
「ん?あそこか?」
「ああ……って、おい!」

 いうや否や、俺の示した方へと歩き出す進藤。
 慌てて俺たちはその後を追い掛ける。

 数メートル先の通路。そこは一本道になっていて。

「おい、勝手に行くな!」

 立ち止まっていた進藤にはすぐに追い付くことができた。

「あ、わりーわりー。……でもさ、気になるもの見つけた」

 言いながら、通路の先へと視線を向ける進藤。
 そこには、一枚の扉があった。

「確か、ここは……」
「……技術室ですね」

 陽太の言葉に、進藤は頷く。
 閉まった銀の扉を前に、俺達は視線を合わせた。

 技術室。
 泥臭い作業や小難しい授業がつまらなくて、ろくにここでの授業には参加したことがなかった。
 だからだろう。閉まった扉の向こうにただならぬ嫌な予感を感じ、俺はその場に立ち竦む。

「右代が見たって影、ここに入ったっぽいな」
「なんだって?」
「ほら、ここのところ、扉開いて……」

 る、と進藤が言い終わると同時に、僅かに開いたその扉はバンッ!と勢い良く閉まった。
 勿論、進藤も俺たちもまだその扉には手も触れていない。

「……」
「……」
「……」

 顔を見合わせる俺たち。
 暫く沈黙が続いたが、それもすぐ進藤の「よし!」という謎の掛け声で終わった。

「一旦、科学室戻ろうぜ」
「……あぁ、そうだな」
「よろしいんですか、宰様」

 あっさりと進藤に同意する俺に戸惑う陽太。
 言いたいことはわかった。今この場を離れたら俺の見たという“影”を見失ってしまうのではないか。陽太はそう言いたいのだろう。

「闇雲に追い掛けて自分たちが閉じ込められたら溜まったもんじゃねえ」

 この状況、深追いは危険だ。

「取り敢えず、ここらを探索して一度戻ろうぜ」

 その進藤の提案に俺はなんとなく胸に突っかかるものを覚えながらも、同意する。
 技術室の奥。響く不気味なドリル音を聞きながら俺たちはその場を後にした。

 大体を調べ終えた俺達は、周子の言いつけ通り大人しく科学室へと向かう。
 結果から言えば、収穫はゼロ。人気もなければ出口もない。
 気になる場所といえば、やはりあの技術室だろう。


 ――科学室。
 そこに周子たちの姿はない。

「あれ、俺ら一番乗り?」
「……」
「流石です宰様、あの周子宗平よりも先に待ち合わせ場所に到着するなんて!全て宰様の統率が完璧だからでしょうね!」
「……」

 なかなか現れない周子たちに、一抹の不安が過る。
 それは、進藤も同じのようで。

「なあ、右代、流石にちょっと遅すぎねえか?」
「あぁ、そうだな」

 先程、木賀島の勝手な行動で閉じ込められたことを思い出す。
 まさか、と悪い予想を巡らせたその時だった。

「よっしゃ〜!いっちばんのり〜!」

 バンッ!と勢いよく開いた扉から飛び込んできたのは、他でもない、木賀島で。
 話をしたらなんとやら。突然の木賀島の乱入に俺たちは目を丸くした。

「ちょっと、木賀島君……って、あれ、右代君たち早かったね」
「てめーらが遅すぎるんだよ」
「俺は急ごうといったんですがね、周子宗平と木賀島那智がぐずぐずするので」
「だってー仕方ないじゃんションベンしたくなっちゃったんだもーん」
「しょ……ッ!」
「貴様木賀島!汚い話をするな!」
「え〜?だって本当のことだもんね〜委員長」
「ぼ……僕に振らないでもらえるかな」

 というわけで、全員揃ったわけで俺たちは早速結果報告に入る。

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