馬鹿ばっか


 17

なんなんだ、この状況は。
辺りに充満するコーラの匂いに眉を潜めた俺は慌てて起き上がる。


「おい、いきなりなにすんだよ」

「日和ってんな」


が、しかし。
そうなんとなく妙な岩片に「は?」と聞き返そうとした矢先、岩片に引っ張られ強引にソファーの上に倒される。
大きくソファーが揺れ、軋んだ。


「ぁ、ちょ、待っ……なに……っ」


上からのし掛かって覆い被さってくる岩片を振り払おうとするが、馬鹿みたいな力で押さえ付けてくる岩片の手はちょっとやそっとじゃ離れず、暴れれば暴れるほど加えられる力は増す。
皮膚を突き破るんじゃないかってくらいの圧力に潰され、その痛みに俺は上の岩片を睨んだ。
もじゃもじゃと眼鏡で岩片の顔は見えないが、たぶん、やつも俺を見ている。

その顔に笑みはない。


「ハジメ君さぁ、俺言わなかったっけ。『嘘だけはつくな』って」


勿体振るような相変わらず軽薄な声。
どれくらい前だろうか。
その言葉に岩片に親衛隊隊長を命じられたその日のことを思い出す。

『嘘だけはつくなよ、ハジメ』

今と変わらない妙ちくりんな容姿格好の岩片はそう俺を見て笑った。
あのとき俺はなんて答えたっけ、なんて暢気に思い出に浸ってる余裕なんかなくて。
俺は「言ったけど……それが」と小さく聞き返す。
瞬間、肩を掴んでいた岩片の指先に強い力が加われその痛みに全身が緊張した。


「い……っ」

「お前、俺に嘘ついただろ」

「なに、言って」

「政岡零児と野辺鴻志、あと風紀の金髪。……他にもいるんじゃねえの?お前に手ぇ出したやつ」

「だから、あれは嘘だって」


言い掛けて、そのあとは声にならなかった。
岩片の胸を殴るが、体勢が体勢なだけに上手く力が入らず岩片が顔をしかめるばかりで。
手首を取られ、そのまま頭上に拘束される。


「お前、結構弱いんだな」


もがく俺を見て一言。
こちらを見下ろす岩片は薄く笑む。
その一言は深く胸をえぐり、目を見開いた俺は岩片を睨む。
腕の拘束を振り払おうとするが、やはりビクともしない。


「ちょっと力入れたくらいで振り払えねえのかよ。こんなんじゃ俺が本気出したら骨ぽっきりイキそうだな」

「岩片、ってめえ」

「自分すら護れねえやつが俺のこと護れんのかよ、なあ」


そんなに力あるなら護衛なんて必要ないだろ。
そう言い返したいのに、声が出ない。
耳許で直接脳味噌へと流し込むように囁かれ、全身がすくんだ。


「お前が誰に抱かれようが関係ねえけどな、全て俺に言えと言ったはずだ。言いたくないような都合の悪いことも全てだ。俺に隠すんじゃねえ、下手な嘘なんてもっての外だ。俺に言えねえことなら口を割らねえよう徹底的に潰すか口止めするかしろ、それ以前に弱味を作るような真似をやめろ」


真っ正面。
俺の顔を見詰める岩片は「中途半端に騙されるのが一番嫌いなんだよ、俺は」と薄く笑んだ。
いつもの高慢さはなく、どこか自嘲気味とも取れる笑み。

その顔に向かって、勢いよく上半身を起こした俺は自分の額を叩き込む。
メキャリとなにかが潰れたような音とともに一瞬視界は白くなり、脳みそが揺れた。
込み上げてくる吐き気を堪え、そのまま俺は目の前の岩片の顔を覗き込む。


「……男遊びしまくってるやつが説教垂れてんじゃねえよ」


赤くなった鼻からどろりと赤い血が垂れる。
瞬間、俺の頭突きでひん曲がった瓶底眼鏡がずるりと岩片の顔から落ちた。

それと同時に、現れた岩片の顔に俺は目を見開く。


「……へえ、最近の負け犬は口答えすんのか」


鼻を押さえ、手の甲で鼻血を拭う岩片はどこか楽しそうに喉を鳴らし笑う。
そしてゆっくりとその目を俺に向けた。


「お前、いっぺん痛い目見せた方が良さそうだな」


色素の薄いどこか赤みがかった茶色の瞳。
それを三日月型に細めた岩片は口許に下品な笑みを浮かべた。

 home 
bookmark
←back