1
いつもと変わらない自室内。
そこに入った途端、岩片の顔色が変わる。
どうしたのだろうか。
思いながら岩片の視線の先に目を向けた俺はある一ヶ所の異常に気付く。
岩片が五条を監禁していたはずの物置部屋の扉が開いていたのだ。
元々鍵は取り付けられていなかったので開こうと思えば簡単に開くはずなのだが、岩片の話によると五条は身動き取れない状態だっただろうし、岩片の性格だ。扉を閉め忘れるなんてうっかりをするはずがない。
そして、なにより岩片の様子からしてそれはよくわかった。
そして嫌な予感というのは当たるようで。
薄暗い物置部屋の中、そこに五条の姿はなかった。
五条祭は逃亡した。
「あんの眼鏡……」
場所は変わって居間。
そう忌々しそうに吐き捨てる岩片は苛ついたように勢いよくソファーに座る。
眼鏡が眼鏡にキレている。
「なあ岩片、ちゃんと監禁してたんだろ?」
「ああ、椅子の足と肘置きに縄で縛り付けて放置してたんだけどなあ」
「手足削ぎ落とすべきだったか」そう珍しく動揺を見せる岩片はそう譫言のように呟く。
冗談にしては笑えない。というか冗談に聞こえない。
「でも、そうだとしたら五条一人じゃ無理だろ。ちゃんと縛ってたんだろ?」
このままではとばっちりが来そうなので強引に話を変えてみれば、神妙な顔をした岩片は「まあな」と頷いてみせる。
「どーせ生徒会とかが手ぇ貸したんじゃねえの」
「どうやって入るんだよ。ちゃんと密室だったよな」
「鍵を紛失したときに職員室かどっかでカードキーを借りれるようになってるんだろ。多分、それ使ったんじゃね」
「それか、まだこの部屋のどこかにいるかだ」その岩片の言葉につられて、俺は辺りに目を向けた。
特に荒らされたような形跡は見当たらないし、人影も見当たらない。
岩片の言葉を聞いてふとあることに気になった俺は、岩片に目を向けた。
「そういや、さっきお前鍵使わないで入ったよな」
「んー、ああ。そうだな」
「出ていく時は鍵かけたのか?」
もしまだここに五条がいるとしたら鍵は開いたままになっているはずだ。
そして岩片が最後出てきたときに鍵を掛けたのなら、壊された様子もない扉を見る限り第三者がカードキーを使って侵入して来たのは間違いないだろう。
だとしたらそのカードキーの使用履歴を確かめればすぐに分かるはずだ。
しかし、すべては岩片が戸締まりをちゃんとしたことが前提になる。
俺の考えていることがわかったようだ。
少しだけ難しい顔をした岩片は、「覚えてない」と続けた。
「覚えてないって」
「直人からハジメが具合悪そうだから迎えに来てくれって連絡来てからすぐ、慌てて行ったからさーそこまで気ぃ回んなかったんだよ」
そう、悔やむように続ける岩片の言葉に俺は目を丸くさせる。
あの岩片が慌てるだと。
常ににやにやにやにやと余裕ぶってるところしか記憶にないお陰で全く想像つかないが、岩片の様子からすればそれはまじのようだ。
少し、驚いた。
自分のためにあの岩片が取り乱すなんて。
「もしハジメになにかあったら面倒だからな、後先。それに、弱ったところを優しくしてやってベッドに引きずり込んでやろうかと思ったけどすっかり調子よくなってるみたいだし無駄足だったな」
ああ、こいつもちゃんとした人間なんだなとじんわりきた矢先これだ。
そんなことだろうと思ったけどこう、もう少し隠すことは出来ないのか。俺の感動を返していただきたい。
「つーか、なにかあったらすぐ呼べっつっただろ」
そして、ソファーにふんぞり返る岩片は長い足をふてぶてしく組み直しながらそう続けた。
相変わらずの偉そうな態度に内心むっとしつつ、俺は岩片の向かい側のソファーに腰を下ろす。
「お前だって五条に構って忙しかったんだろ?言っても『自分でなんとかしろ』とか言うだろ、どうせ」
「なんだハジメ、お前拗ねてんの?」
そう言い返す俺に対しどうやら岩片はまた都合のいいようひん曲がった解釈をしたようだ。
「馬鹿だな、そんなわけないだろ。ハジメのためだったら全部後回しにさせるって」そう口許に薄く笑みを浮かべる岩片は「暇なときならな」と続ける。
本当こいつは余計な一言が多いというかなんなんだ、新手の照れ隠しか、普通に傷付くからやめろ。
とまあ、そんな感じで現状確認をし終えた俺たち。
「取り敢えず、一応部屋も探すか」
「ああ、そうだな」
岩片が覚えてないだけに確証はなかったが、見て損はないだろう。
思いながら立ち上がったとき、動揺ソファーから腰を持ち上げた岩片は俺に背中を向け玄関へ歩いていく。
「おい、どこ行くんだよ」
「職員室」
「職員室?」
なんで職員室なんだ。
と思って、先ほどのカードキーについての会話を思い出す。
そうか、カードキーを借りるならあそこだろう。
確かに手っ取り早いっちゃ手っ取り早い。
そう納得したときにはもう既に岩片は部屋を出ていっていて、一人ぽつんと取り残された俺は静かに閉まる扉を見詰める。
「……」
まあ、探索は一人でも出来るしな。
事態が事態だ。
分担した方が早い。
そう一人完結した俺はもう一度五条が監禁されていた物置部屋を覗いてみることにした。
薄暗い部屋の中。
壁に掛かるはモザイクを掛けたくなるような数々の禍々しい器具。
部屋の中央には上等な黒革のチェアーが置かれており、その足元には千切れた縄が落ちていた。
窓は高い位置に一枠あったが頑張っても猫一匹が通れるくらいでとても人が通れるような代物ではない。
ということはやはり玄関から入って出ていったということだよな。
というか自室にこんなおどろおどろした施設を作らないでほしい。
なんて思いつつ、一頻り部屋を歩いてみては押し入れやクローゼットを開く俺だったがやはり五条らしい影は見当たらない。
「……」
やっぱりいないな。
そう小さく息を吐いた俺は他の部屋を確認するために一旦居間へと戻る。
そして、そこで蠢く人影に目を丸くした。
黒いもじゃもじゃした頭に、パーティーグッズのような瓶底眼鏡。
「あれ?岩片お前もう戻ってきたの?」
「きゃんっ!」
つい先ほど出ていったばかりの同室者にそう声をかけたときだった。
丁度俺のクローゼットの前に立っていた岩片は奇妙な声を上げながら慌ててクローゼットを閉める。
きゃんってなんだ。
というか、なんか声高くないか。
またよくわからないキャラ作りして遊んでいるのだろうかと思いながら「つーか、お前のクローゼットはあっちだろ」と言いながら岩片の元へ歩いていこうとしたときだった。
あわわわと取り乱す岩片は近付いてくる俺から逃げるように後退り、そして脱兎の如く駆け出す。
「あっ、おい岩片!」
すばしっこい動きで玄関から外へ飛び出す岩片になにがなんだかわからなくなった俺は呆然と閉まる扉を見詰めた。
なんだったんだ……。
一度ならぬ二度までもまたぽつんと取り残された俺は内心呆れつつ、岩片の奇行は今に始まったことではないので構わず部屋の探索を再開させることにする。
←back