馬鹿ばっか


 2

岩片が逃げ出すこと暫く。
訳のわからぬままとにかく俺は自室を隅々まで調べ、結局五条を見つけ出せなかった俺は諦めソファーで一息吐いていた。
丁度そのときだ。


「ただいまー」


玄関の扉が開き、体を傾けるように目を向ければそこには岩片がいた。
「おー、おかえり」と声を掛ければ、岩片は小さく頷き返し何事もなかったかのように向かい側のソファーにどかりと座る。


「取り敢えずマサミちゃんに複製のカードキーのことで聞いてきた」

「へえ、どうだった」


促すように正面に座る岩片に視線を送れば、岩片は「まあ、収穫ありだな」と口角を持ち上げ相変わらずどこか自信に満ち溢れた笑みを浮かべた。


「俺がカードキー借りにきたんだって」

「ああ、なるほどなあ。岩片がか。………………はい?」

「だから、俺がカードキー無くしたから鍵を開けてくれって言いに来たんだってよ。さっき」


来たんだってよって、ちょっと待った。
頭がこんがらがってきた。

担任の宮藤雅己曰く失物時に使用できるカードキーは存在しており、そしてそれを借りに来たのは岩片だという。
もうこの時点で色々可笑しいわけだが。


「岩片お前、鍵持ってたよな」

「ああ。要するに俺のフリした誰かさんがこの部屋に入ったってことだろ」

「そんな馬鹿な」


岩片の真似だなんてそんななにも得しないようなことするやつがいるわけがないだろう。
そう、呆れたように目を丸くさせたときだった。


「あ」


ふと、脳裏に先程部屋でちょろついていた岩片を思い出す。
もしや。もしかして。
ふと思い付いたひとつの可能性に俺は思いきって尋ねることにした。


「……そう言えば、さっきお前出ていって暫くして戻ってきたよな」

「は?いつ?」

「だからさっき。職員室に行くっつってから」


もしかしたら。
その不安を拭うため、一か八かで単刀直入に岩片を問い詰めてみるが、岩片の反応はというとあまりよくなかった。


「んや、普通に職員室行って今戻ってきたばっかなんだけど」

「…………」


なんでそんな意味のわからないことを聞いてくるんだとでも言いたげな岩片はそう、逆に不思議そうな顔をしながら答えた。


ああ、間違えない。
さっき見た岩片の違和感はこれだったってわけか。

人の顔を見るなり逃げ出した岩片、もとい偽岩片を思い出し、俺は確信した。
そして、口にする。


「俺、もしかしたらお前の偽者見たかも」

「なんだって?」

「さっきお前が出ていった後部屋探してこの部屋に戻ってきたときお前がいたんだよ。声掛けたら『うわっ』て言ってすぐ逃げてったけど。岩片じゃないならやっぱあれだな」

「どんなやつだった?」

「もじゃもじゃしててそういう瓶底眼鏡掛けてた」

「俺じゃん」

「だからお前だって」


あれが岩片の偽者だとすれば宮藤の元に訪れ、カードキーを使用した岩片の説明がつく。
「他になんか覚えてねえの?」そう尋ねてくる岩片に、徐に背凭れに背中を預けた俺は「最初あんま気にしてなかったからなあ」と眉を寄せた。
そして、先程の偽岩片が現れたときの光景をなるべく鮮明に思い出そうとし、ハッとする。


「あ、そういや声が高くてちょっとちっちゃかったような気がする」


こうして本人を目の前にしてみると、体格体型からして全く岩片と似ても似付かないことに気づく。
ふんぞり返るように座る糞偉そうな岩片とあのどこか小動物染みた動きをする偽岩片の接点といえば、あのもっさいモジャモジャ頭とパーティーグッズのような瓶底眼鏡くらいだろう。
どうやら俺の中でモジャモジャと瓶底眼鏡=岩片という定義が出来ているようだ。口にすると岩片が煩いので敢えて黙っておく。
「五条祭じゃなかったのか?」そう尋ねてくる岩片に少しだけ考え込んだ俺は「あー、違うな」と答えた。
まず、身長や体格からして違う。
五条よりも偽岩片は小さい。
五条とあまり体型差がない俺が偽岩片を見下ろすくらいなのだから。


「まあいいや。取り敢えず俺の偽者のことも気を付けなきゃな」


「けど、まずは五条祭だ。ぜってーあいつ取っ捕まえてやる」そして、早速いつもの調子を取り戻した岩片は唯一露出した口許に軽薄な笑みを浮かべる。
楽しそうな声とは裏腹に、その声に五条に対しての鬱憤が含まれているのを感じた。
無理もない。
楽天家な岩片だが、唯一、自分のプライドを傷つけられることを嫌う。


「ハジメ、お前も五条祭見付けたらもうぶん殴ってでもいいから捕まえとけよ」


ああ、これは五条祭に同情せずにはいられない。
思いながら、凶悪な顔をした岩片に目を向けた俺は「りょーかい」と小さく笑い返した。





翌日。
相変わらず逃亡した五条は見付からず、朝からどこか不機嫌オーラを纏う岩片を岡部に押し付け、俺は単独で五条探しに精を出すことにする。

朝、職員室。
さっさと食事を済ませた俺は担任の宮藤雅己に会いに来た。


「おーおはよ、今日はちゃんと遅れず来たみたいだな」


どこか気だるそうな顔をした水商売風の優男もとい宮藤雅己はアクビ混じりに笑いかけてくる。
相変わらず教育指導者には見えない担任に俺は「まあな」の苦笑した。

そして、早速本題に入ることにする。


「そんで雅己ちゃん、聞きたいことあんだけど」

「聞きたいこと?」


「おー?勉強する気になったか?」と嬉しそうにする宮藤に、俺は昨日のカードキーを貰いに来たらしい偽岩片のことと五条祭のクラスを尋ねた。
偽岩片の方は目ぼしい収穫はなかったが、五条祭のクラスはわかった。

三年E組。
クラスが階級式になっているこの学園にとっての最底辺クラス。

まあ、結果がなんであろうがわかっただけでも良い方だろう。
が、不思議とやる気が出ない。

宮藤曰くD組E組は別の棟に隔離されているらしく、職員室やクラスであるA組などがある一般棟から行くには一度靴に履き替える必要があるそうだ。実に面倒臭い。
別に校舎を用意されるなんてどこまで迷惑がられているんだD組E組はと呆れたが、宮藤の話を聞く限り本人たちは特別扱いされて喜んでいるようだ。
その話を聞いて益々テンションが降下するのがわかった。

というわけで、俺はE組がある棟へと向かった。
俺ってほんと健気。

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