馬鹿ばっか


 10

 いやー冗談抜きにまじで酷い目に遭った。ケツん中思いっきり指入ってたんだけど。まだなんか違和感ある。ああなんかもう泣きたい。つか既にちょっと泣いてるけど。
 なんてあまりのアクシデントに情緒不安定気味になりつつ、無事政岡から逃げ切った俺は人目を避けるようロビーから離れた通路を歩いていた。

 学生寮一階。
 まだ殆どの生徒がおやすみ中のようで相変わらず人気がないそこはどこも無人で、とにかく服を着たかった俺は前後左右人気がないのを確かめる。
 いくら人気がないとはいえ通路のど真ん中で着替えたくない。
 政岡が追ってきている可能性を考え、近くに男子トイレを見つけた俺は一先ず休憩をするためにそこへ小走りで入ろうとしたときだ。丁度男子トイレから人が出てきた。
 衝突そうになる直前、慌てて足を止めたが色々遅かった。

「うわっ!」

「…………って、あれ?尾張?」響く聞き覚えのあるどこか間が抜けた声。
 お洒落眼鏡に黒髪。男子トイレから出てきたのは今もっとも会いたくない三大トラウマ眼鏡の一人、五条祭だ。因みに残りの二人は言わずもがな岩片と野辺だ。
 まさかこんなところで鉢合わせになるなんて思いもしてなかった俺は反応が遅れ、そのまま硬直する。
 同様、いきなり現れた俺に驚く五条は口をあんぐりさせ、そのまま視線を下げた。そして沈黙。
 たまたま両腕に抱えていた制服のお陰でモザイク必須なことにならずに済んだが、どちらにせよ状況の悪さは変わっていない。
 どう頑張ってもこれでは俺はただの露出狂だ。

「言いたいことはわかるけどこれは深い事情が」

 まるで浮気現場に恋人が現れたような一発触発の空気の中、大体テンションが高い五条の無表情に堪えきれなくなった俺はそう先に釘を刺そうとした。
 必死に平常心を装いながらそう俺が口を開いたときだ。瞬くフラッシュに視界が白ばむ。

「……嘘だろ……俺尾張のこと爽やか腹黒だと信じてたのに……深夜に全裸で公園徘徊する人種だなんて……真っ黒なのは腹の中じゃなくて前科だったんだな……」

 いや捕まってもないし常習犯でもないし、そして上手いこと言ったつもりなのだろうが全く上手くないからな。いや、違う。突っ込むところはそこではない。

「あんた今なに撮って……」
「は?なに?撮る?なんのこと?」
「おい、しらばっくれんなよ。ちょっと手出せって、なに後ろに隠してんだよ」
「隠してないって!カメラとか知らないし!いくら俺がそういうあれだからっていくらなんでも訳有りそうな友達の裸体撮るわけないだろ!!俺を信じろよ!!」

 白々しい態度を取ったと思ったら今度はそう逆ギレをし出す五条。
 熱くそう真摯に説得してくるのは大いに結構だが、さべてそのズボンのポケットからちらりとはみ出ているデジカメをどうにかしてから言ってほしい。
 というかそういうあれってなんだだとかお前はノリノリで友達の乳首を開発するのかとか色々言いたいことはあったがツッコミが追い付かない。

「いいから隠してんのを出せって言ってんだよ」

 流石にこんな場面を撮られてまで取り繕う余裕はなく、笑みを引きつらせた俺はそのまま手を伸ばし五条の腕を掴んだ。

「いやーっ!やめてー!尾張君に犯される!!腐男子受けにジョブチェンジしちゃうよおお!!」

 そのままポケットに手を突っ込み、入っていたカメラを取り出した瞬間、五条はそう裏声で喚き出した。
 誰が犯すかと張り手食らわせたくなったが、生憎前を隠すのとカメラを持つので両手が塞がっている。

「ばっ……声でかいって!おい!」

 大きな声で人聞きの悪いことを言い出す五条に冷や汗を滲ませた俺は内心冷や汗を滲ませた。
 なんとか黙らせようか。いや、このまま立ち去った方がいいかも知れない。そう頭の中で打算したときだ。
 伸びてきた五条の手に、下半身を隠すように抱えていた制服を引っ張られる。片手で抱えていた俺は慌てて両手で抱き締めようとしたが遅かった。乱暴に取り上げられ、見事隠すものがなくなった俺は背筋が薄ら寒くなるのを感じた。
 五条の視線に気付いた俺は慌てて下半身を手で隠す。

「フルチンを恥じらう露出狂だと……。『僕のおちんちん見てほしい……だけど、ああっ!やっぱり僕恥ずかしいよぉ……』ってこと?」
「まず露出狂じゃないしお前の目がねちねちしてなんか気持ち悪いんだよ。早く返せって」
「気持ち悪くないし!そんな見てほしいって言わんばかりの格好してる方が悪い!」
「だから服着るからそれ返せって言ってんだろ」

 あまりにも話の通じなさと相手のハイテンションに煽られてか、次第にこちらも力が入ってしまう。
 なるべく言葉遣いと表情に気をつけているつもりなのだがやはり顔に出ていたようだ。
「えっ尾張顔ちょー怖い。もっと笑って笑って!」と慌てて宥めてくる五条だったが、すぐに笑みを浮かべる。

「なんでこんなところでこんな時間にそんな格好してるのか教えてくれたらいいぜ。あとカメラ返してくれたらな!」

 明らかに新聞のネタにする気満々な変態眼鏡の新聞部部長は満面の笑顔を浮かべた。
 カメラを奪ったこちら側も五条を脅迫し返すことができるのにも関わらず強気で出てくる五条の様子からしてこのカメラは然程重要なものではないことがわかる。
 なんだか嵌められたような気がしてならないのは恐らく気のせいではないのだろう。
 やっぱり眼鏡かけてるやつとは相性が悪いようだ。人の足元見やがって。

「なんでって、そんなこと聞いてどうすんだよ」
「おーっと!勘違いすんなよ尾張、これはインタビューじゃなくて交渉なんだからな。お前が服を返してほしいっていうから俺は条件を出しただけだ。理由なんて関係ないだろ」

「尾張に残された選択肢は返してもらうために俺の条件を飲むか、それとも諦めて全身舐めるような視線を浴びながら全裸露出プレイを味わうかどちらかだけっしょ。常識的に考えて」そう得意気な顔をして饒舌に話す五条。所々あくまで自然に織り混ぜられたセクハラに感心はしない。
 どうやら口は上手いようだ。こいつと岩片と政岡と能義が合体したらきっとタチが悪い生き物が生まれるんだろうななんて思いつつ、目の前の調子に乗ったこの眼鏡をどうするか考える。
 結論はすぐに出た。無理矢理取り返す。

「わかったよ、質問に答えればいいんだろ。で?なに?俺がこんな格好してる理由だっけ?」
「おっ物わかりいーね!そうそう、隅から隅まで余すとこなく洗いざらい話せよ」
「うーん、あんま話したくねえんだけど……じゃねえと返してくんねーし仕方ないか」

 そうわざとらしく勿体振るような素振りをし「なら、ちょっと耳貸せよ」と俺は笑顔で五条を手招いた。全裸で。
「えー?なになにー?」とテンションを合わせてくる五条は疑いもせず俺の元までとことこ歩いて来て、そして俺の正面に立つ。
「あのなー」五条の耳元に口を近付けながら俺は五条の両肩を掴み、そのまま向き合った。

「えっちょ尾張モロ……リ゙ッ!!」

 言い終わると同時に思いっきり俺は五条の額に向かって思いっきり頭突きをする。
 薄皮同士が擦れ合い、ごっと鈍い音がして脳味噌が大きく揺さぶられた。

「騙し討ちとか爽やかじゃねえよ……っ」


 頭蓋骨の痛みを堪え、俺は額を押さえて涙目になる五条が前屈みになる隙を見て薄い腹部に膝頭をめり込ませた。

「きゃんっ」

 まるで攻撃を受けた子犬みたいな声を上げる五条になんとなく罪悪感が煽られたがわざわざフルチンになったんだから徹底的にやらないと気が済まない。まあ半分は政岡に指突っ込まれた腹いせだけど。
 腹部を押さえ、そのまま踞る五条は小さくえずく。丸まったその背中を見下ろし、そのまま俺は五条の後頭部を強く踏みつけた。
 うわー人の頭踏むとか久しぶりだな。そうだ、初めて岩片と会ったときだったな。
 俺が最後に人踏んだのは。
 新しくも懐かしい記憶が蘇り、なんだかとてもセンチメンタルな気持ちになりながら俺は足を浮かせ、再び踵を落とした。めきりとなにかが壊れる音が聞こえ、五条の眼鏡のことを思い出す。

「……んだよ、ただの爽やかかと思ったら女王様属性とか半端ねえな」

 そして足首が掴まれ、足の下から呻き声が聞こえてきた。
 床に頬擦りをするように顔をずらした五条はそのままこちらを見上げてくる。

「うっひょー素晴らしい眺め」
「だろ?有り難く拝んどけよ、変態」

 先程床と顔面をぶつけた拍子鼻の中を切ったようだ。
 どくどくと鼻血を溢れさせる五条の視線が下半身に絡み付き、なんだかもう目潰ししてやりたい衝動に駆られたが裸の一つや二つで動揺してるなんて思われたくない。
 もう一発五条のコメカミに踵を落とし、続けざまに手を振り払うように思いっきり顔面を蹴り上げる。
 顔を押さえ小さく呻く五条の指の隙間からだらだらと鼻血が垂れた。目が合って、五条は笑う。

「……あんた、タフすぎるだろ」
「生憎、M属性を兼ね揃えてるもんでね」

 笑みを引きつらせれば、五条はそう鼻血をだらだら出しながら立ち上がる。
 結構手加減はしなかったはずなのになんだこいつの精神力は。ついかっこいいと思ってしまったがよく考えなくてもただの変態だ。そして俺もただの変態だ。
 謎の気迫に気圧され思わず戦慄する俺の隙を狙ったのか、一歩また一歩と後退る五条。
 そして、そのまま男子トイレの奥へと駆け出す。わざわざ自ら袋の鼠になる五条に怖じ気ついたのかと思ったが、どうやらそうではない。

 男子トイレのその奥。取り付けられた小窓。
 人の制服を片手に持つ五条。

「てめ……っ」

 一連の動作から五条がなにをしようとしているのか気付いた俺は慌ててやつを止めようとする。
 しかし、一歩遅かった。
「えいっ」と言いながら人の制服を窓の外へ放り投げる五条。飛んでいく制服。そしてそれらは学生寮の周りに植えられた樹木に運よくひっかかる。

「……」
「あーっはっはっは!残念だったな尾張!あの服が着たいならみっともなく大股おっぴろげて外で木登れよ!背中からケツの穴まで舐めるようにじっくり見てやゲブッ」

 有無を言わずに五条の顔面を殴り、俺はそのまま笑みを浮かべる。

「親にも打たれたことないのに…!ってえ?なにその爽やかな笑み。そこはもうちょっと悔しそうに眉間寄せて目に涙溜めてギリッと歯を食い縛りながら俺を睨んでよ!『このゲスが』って頬を紅潮させてさあ!……ぐえっ」

 あまりにも五条がやかましいので無言で腹パンすれば五条は潰れた蛙みたいに鳴いた。

「なんかお前勘違いしてるよな」

 そう五条の胸ぐらを掴み顔を近付ければ、五条は「……ふえ?」と小首を傾げさせた。
 全くもって萌えない。

「わざわざ全裸で木登りしなくても服ならここにあんじゃん」

「ちゃんと下着付きでさ」そう五条に笑いかければ、どうやらその言葉の意味に気付いたようだ。
 みるみる内に五条の顔が青くなる。
 そして、俺はボロボロになった制服の代わりの服(鼻血付き)と下着を手に入れた。
 身長体格が似通っているお陰で案外すんなりと服を着ることはできた。
 強制的に全裸にした五条を正座させそのまま脅迫するためにカメラで撮影したらあろうことか勃起したのでもう面倒になった俺はカメラをしまう。
「まさか生殺し?生殺しなの?露出放置プレイなの?お仕置きなの?」と息を荒くした五条(全裸)が鼻血出しながらなんか言っていたが楽しそうだったので俺は無視してトイレを後にした。

 無事服を調達したが、まさかこんな形で手に入るとは思わなかった。
 カメラを取り上げることも出来たし、一応口止めの材料も作ったがあの五条に通用するとは思わない。
 掴み所のない能義や岩片のようなタイプも厄介だが、危害を加えれば加えるほど喜ぶ五条や政岡のような変態は更にたちが悪い。
 本当は自室に戻って服を取りに帰ってすぐ教室に向かうつもりだったが五条のせいで予定が狂ってしまった。取り敢えず、外に五条に捨てられた制服を取りに行かなければならない。制服もそうだが、あの中にはカードキーと携帯電話が入ったままだ。雨は降らないだろうが、早く回収するほかない。
 と言うわけで、俺は学生寮の外へ出ることにした。

 ◆ ◆ ◆

 学園敷地内、学生寮付近。
 ちゅんちゅんと鳥が囀ずる爽やかな朝の空気に包まれ、俺はあのトイレの裏までやってきた。
 一本の樹の枝に制服が引っ掛かっているのを見つけるのに然程時間はかからなかった。
 もしかしてまだトイレの中に五条がいるかもしれないとなるべく警戒したが、いたとしてもあの小窓からこちらに来ることも危害を加えることも出来ないはずだ。
 というわけで俺は引っ掛かったままになっている制服をなんとか回収し、携帯電話とカードキーの無事を確認する。
 制服だけはなかなかのダメージ加工が施されているが、まあ修復不可能というわけではない。
 買い換えようと思ったが、これならまだボタンを付ければ着れるはずだ。
 わざわざ注文して取り寄せるなんて手間を掛けたくないし、後でボタンを探しに行ってみるか。
 確か購買に売ってるはずだ。
 裁縫なんてしたことないが、まあ糸巻いとけばなんとかなるな。
 このまま教室行こうかと思ったが、岩片に制服のことで余計な勘繰りをされるのは面倒だったので先に制服の修復をすることにした。
 どちらにせよもうとっくに遅刻扱いになっているだろう。
 携帯電話を開けば、岩片からメールが入っていた。
『マサミちゃんが拗ねてる』とだけ書かれたその文の他に俺への安否や心配しているという主旨の文はない。
 一瞬どこの女子かと思ったが恐らく担任のホスト教師・宮藤雅己のことなのだろう。
 もう少し遅くなるからなんとかフォローしといてと岩片にメールを返信し、そこでようやく俺は一息ついた。
 取り敢えず、早めに教室に戻るか。
 メールの文面からして岩片は俺が遅いことを気にしてないようだが、流石に遅くなりすぎてもまずい。携帯電話をしまい、一先ず俺は学生寮内にある購買へと足を向かわせた。

 ◆ ◆ ◆

 学生寮、一階ロビー。
 購買部はロビー横に設置されていた。さっそく中に入り、ボタンを探す。
 そして、すぐに目的のものを見つけることはできた。
 レジの近く、一セット五個入りのボタンが置いてあった。
 丁度最後の一つらしく、俺は自分の運のよさに思わず頬を緩める。
 そしてそのままそれを手に取ろうとしたとき、ふと伸びてきた手にボタンの入った袋を横取りされた。
 掴んだと思ったはずの手の中は空で、まさか横取りされるとは思ってもいなかった俺は目を丸くして背後を振り返る。
 そこには、どこか既視感がある生徒が仏頂面で立っていた。色を抜いたような銀髪にいかにもな服装。一瞬なにかのコスプレかと思ったがどうやら私服なのだろう。
 見知らぬ、しかしどこかで見たことのあるようなその強烈な印象を与える男子生徒に俺は一瞬硬直する。
 すっげぇ頭だな。ズラか?なんて呆気取られそうになったが問題はそこではない。

「あ、おいそれ……」

 銀髪の手の中にしっかり握られたボタン。
 確かそれは最後の一つだったはずだ。

「……なんか文句あんのかよ」

 そう声をかければ、銀髪はそう不愉快そうに顔をしかめ吐き捨てる。
 初対面相手にこの態度。素晴らしい。
 しかも横取りしてこの態度。素晴らしい。
 政岡五条と連続で起きたトラブルに若干荒んでいた俺は掴みかかりそうになるのを必死に堪え、あくまで穏便な対応を取ることにした。

「それ、丁度俺も買おうと思ったんだよな。すげー偶然」
「だからなんだよ」
「悪いけどさ、譲ってくんね?残り一つなんだよ、それ。今度入ってきたらそれ奢るから」
「…………」

 そう笑いながら交渉に持ち込めば、銀髪は訝しげにこちらを睨んでくる。
 やはり、どこかで見覚えがある顔だ。インパクトが強い分普通なら忘れるはずがないだろう。どこで見たんだっけ。思いつつ、銀髪の反応を見る。
 俺を睨んでいた銀髪は視線を落とし、俺の腕に抱えていた制服を見た。

「…………それ」
「あ?」
「それに使うのか?」
「ボタンのこと?」

 そう聞き返せば、銀髪は無言で頷く。
 どうやら話は通じるようだ。
「ああ、まあな」これはチャンスかもしれない。
 そう言いながらわざとらしく政岡によってダメージ加工が施されたシャツを広げ、ちらりと銀髪の様子を伺う。

「全部ボタン取れちゃってさー、予備足んねえわで困ってんだよね」

 言いながらそう困ったように笑ってみせる。
 すると、銀髪は再び俺に視線を戻した。

「替えは?」
「ない。要らねえかと思って注文してなかった」

 嘘はついてない。どうせ岩片のことだからすぐに転校するだろうと思って長居するような準備はしてなかった。どうやらそれが裏目に出たようだ。
 肝心の岩片は長居する気満々だ。つまりまあ俺の判断ミスというところだろうか。

「…………」

 暫く黙りこくっていた銀髪だったが、やがて諦めたように息を吐いた。
 渡す気になってくれたのだろうか。そう期待するように銀髪を見れば、銀髪はなにも言わずにレジへと歩いていく。

「え、ちょっ……」

 この流れで普通買うか。
 食い付いてきた銀髪にてっきり譲ってくれるものかと思っていた俺は慌てて銀髪の後をついていく。
 すると、雑にカードを取り出した銀髪はそれを使って雑に支払いを済ませた。そして、袋から一つのボタンを取り出した銀髪は残り四つのボタンが入った袋を俺に押し付けてくる。

「え?あ?なに、くれんの?」
「自分がくれっつったんだろ」
「うわ、まじ?ありがと。まじで助かるわ」

 見た目からかきっとこいつも日本語が通じないタイプなのだろうなと偏見を持っていただけに驚いた。
 不幸中の幸いに頬を緩ませる俺は銀髪からボタンを受け取る。
 しかも買ってもらえるとは。もしかして結構いいやつなのかもしれない。
 ものを奢ってもらったくらいで掌返す自分に呆れつつ、俺は「ありがとな」と何度目かのお礼を口にする。

「そのくらい別にいい。……それより、ちょっとそれ借せよ」

 相変わらずの仏頂面。
 お礼の代わりに銀髪が要求してきたのは、無惨なことになったワイシャツだった。
 なんでそんな要求してくるのかまるで理解できなかったが、渋る理由もない。そのまま俺は銀髪にワイシャツを手渡す。それを受け取った銀髪は、見事ボタンが千切れたその襟に興味を示しているようだ。
「おい」そして、再び銀髪に声をかけられる。

「お前、これ自分で縫うのか?」

 ワイシャツを握り締めたまま、銀髪はそうどこか目をキラキラさせながらそう尋ねてくる。
 補修のことを言っているようだ。

「ん、ああ、まあそうなるな」
「なぁ、やらせてくれないか」
「えっ?」

 考えながら頷けば、銀髪はそう言いながら詰め寄ってくる。
 一体なにを言い出すんだこいつは。
 詰め寄ってくる銀髪に思わず後ずさる俺。背中に変な汗が滲む。

「ちょっ、待った。待った」
「……ダメか?」
「いやダメっつーか、俺お前のこと全く知らねーし」
「遠慮すんなよ。時間ならかけないから」

 しかし一歩後ずされば後ずさるほど銀髪もまた一歩近付いてきて、いつの間にかに壁際まで追いやられた俺は鼻先に迫る銀髪の強面に顔を引きつらせた。
 そして、銀髪の薄い唇が微かに動く。

「好きなんだ、ボタンを縫うの」

 はい?

 home 
bookmark
←back