馬鹿ばっか


 09※

 食堂で食事を取り、いつものように渡り廊下を使って校舎へと向かう。
 その道は閑散としていて、俺たちの話し声が響くぐらいだ。殆どの生徒はまだ自室で爆睡してるのだろう。本当にこの学校は滅茶苦茶だな。
 なんて思いながら先を歩く岩片と岡部の後ろからついていっていると、不意に後方から足音が聞こえてくる。
 どうやら他にも真面目組がいたようだ。
 背後に目を向けたとき、突き当たりからちらりと顔を覗かせる不審人物が一名。
 確かあれは、生徒会長の政岡零児だ。なんであいつがこんなところにいるんだ。
 実は恥ずかしがり屋とかそういう風には見えないし、どちらかと言えばなにかから隠れているようにも見える。
 赤茶髪のその不審人物は俺の視線に気付けば、ちょいちょいと手招きさせてきた。
 咄嗟に岩片たちに目を向けるが二人は全く気付いておらず、どうやら政岡の狙いは俺だと言うことがわかった。
 見なかったことにしたいところだったが、昨日野辺たちから助けてくれたのが政岡だと聞かされているからだろうか。良心が痛む。
 取り敢えず岩片たちに教えようかと思ったが、政岡が恐ろしい血相でいやいやと首を振ってきたので仕方なく岩片たちに気付かれないよう来た廊下を戻り政岡の元へ歩いた。
 念のため、政岡に気付かれないよう制服の中の携帯電話を操作して岩片に『政岡零児に呼ばれた。先に行っててくれ。』とメールを入れておく。

「もじゃは?行ったか?気付かれてないか?」

 俺がやってくるなり政岡零児はそう問い質してきた。
 どんだけ岩片嫌われてんだよと内心せせら笑いつつ、俺は政岡を安心させるため笑いながら「大丈夫大丈夫」と宥める。

「いやー会長さん早起きだなー。でさ、なんか俺に用あったんだろ?なに?」

 なるべく話題の主導権を取られないよう自分のペースに持っていきながらそう俺は政岡に尋ねる。
 急かすような俺の口調が気に入らなかったのか少しだけ怪訝そうな目をしてこちらを見てきたがそれも束の間。

「いや、昨日のことで謝りたかったんだ。悪かったな、神楽のせいで巻き込んで」

 そう申し訳なさそうに続ける強面に俺は心底驚く。
 寧ろ礼を強要してくるタイプと思っていただけに、まさか謝られるとは思わなかった。
 昨日というのは言わずもがな風紀委員の指導のことだろう。
 目を丸くした俺は驚いたように政岡を見た。

「いいって、気にすんなよ。俺が神楽と一緒になって騒いでたのも事実だし。それに、あんたには助けてもらったわけだしさ」

 ありがとう。そう愛想笑いを浮かべ続ければ、政岡は安心したように頬を綻ばせる。

「俺はただ代表としてうちの役員の尻拭いをさせてもらっただけだ。確か……尾張元だったな、後遺症が残るようだったら構わず俺に相談しろよ。風紀のやつらにはこっちから話つけておいてやるから」

 一見、なかなかまともなやつだと錯覚してしまいそうになるが、第一印象と五十嵐から聞いたゲームのことを知ってしまったせいかどうしても相手の下心が垣間見えてしまう。
 岡部もいたのに何故俺だけにこうして謝るのかだとか、もしかして岡部に気付いていなくて政岡は本当にいいやつなのかもしれないだとか様々な思考が過るが相手の言動を丸々鵜呑みにできるほど俺はお人好しではない。
 あくまでフレンドリーな態度を取る政岡が本性だろうが演技だろうが、相手がゲームの参加者という時点であまりお近付きになりたくないのは事実だ。

「お、ありがとな。今のところ相談はないから安心しろよ」

 そう俺は短く返す。
 あくまで警戒していることを悟られないよう気をつけながら答えれば、政岡は「本当か?」とやはり心配そうな顔をして詰め寄ってきた。

「あいつ手加減無いから、たまにまじで不能にされるやつがいるんだよ。ちゃんと勃つか試したか?」

 まじで心配そうな顔をして、政岡はそうセクハラ染みたことを尋ねてくる。
「大丈夫だって、俺が不能なわけないだろ。余裕で勃つから」詰め寄ってくる政岡から逃げる俺はそう笑いながらあくまで冷静を装いながら答えた。というか、普通にこいつはなにを言い出すんだ。
 心配してくれているのか、はたまた人をからかっているのかはわからなかったがどちらにせよ下半身事情について尋ねられていい気はしない。そしていい予感も全くしない。

「本当に勃つのか?」
「だからそう言って……って、ちょ、タンマ!タンマって!」

 言い終わる前に下腹部に伸びた政岡の手におもむろに大事な部分を揉まれ、思わず俺は政岡の腕を掴んだ。

「や……勃つって言ってんじゃん、俺」
「機能に障害が出てても風紀からの報復を恐れて言い出さない生徒もいるからな。無事かどうかを調べるのにはこれが手っ取り早いだろ?」

 いや確かにそうかもしれないけど、いやそうなのか?もう意味がわからない。
 馬鹿そうな身形してるくせにやけに正論固めてセクハラを正当化させてくる政岡に俺は冗談じゃないと顔をしかめた。
 構わずスラックスのウエストを弛めてくる政岡に「だから大丈夫だってば」と俺は声を上げる。

「大丈夫なら気にしなくてもいいだろ。調べるだけだっていってんだろ?なに、すぐ済ませる」
「じゃあ別に脱がさなくてもいいだろ」
「着たままがいいのか?」
「どっちも嫌な場合はどうすればいいわけ?」

 そうベルトを掴みスラックスを脱がされないよう力みながら尋ねれば、政岡は「簡単だ」と口許に笑みを浮かべた。

「黙って俺の言うことを聞けばいい」

 出ました、本音出ました。
 自信たっぷりにそう断言する政岡に、ようやく俺は岩片よりタチの悪いやつを前にしていることに気付く。

「やっぱ無理、離せよ」
「それは出来ねえって言ってるだろうが、往生際悪いやつだな」
「じゃあ、オカズもってこいよ。そしたらわかるだろ、不能じゃないって」
「オカズなんていらねえよ」
「は?」
「直接弄った方が早いだろ?」

「せっかく俺がいるんだから手伝ってやるよ」有り得ない。どうやったらそんな思考に辿り着くんだ。
 そう唇の両端を持ち上げ下品に笑う政岡。ようやくこいつの化けの皮が剥げたようだ。
 顔面から血の気が引き、慌てて目の前の政岡の肩を掴み離そうとする。が、逆に手首を取られ、そのまま抱き寄せられた。

「そんなに怖がんなよ。ちょっと確かめるだけだって言ってんだろ?」

 腰を強く抱き寄せられ、下半身が密着する。耳元で囁かれ、ぞくりと全身が粟立った。
 まるで女相手に口説いてるかのようなその政岡の態度に凄まじい拒絶反応が現れる。

「っていうか、近くね?」
「暴れるやつを落ち着かせるには抱き締めるのが一番いいんだろ?」

 暴れるような原因作ったやつがやったらそれはただの逆効果だけどな。
 腰を撫でるように制服の裾を持ち上げる政岡の手はそのままどさくさに紛れて服の中に滑り込んでくる。下着越しに尻を撫でられ、再び貞操の危機を察知した俺は「わかった」と声をあげた。

「なんだよ、わかったって」
「勃起したところ見せればいいんだろ?自分で勃起させるからさ、一旦離れろよ」
「自分で?なかなか変態だな、お前も」

 まさかの変態扱い。人が渋々妥協してやったのにこの態度はいかがなものだろうか。そしてお前に言われたくない。
「いいから離れろよ」と政岡の肩を押し返せば、「わかった」と素直に政岡は俺から体を離した。
 そして人一人分政岡が離れたとき、俺はすかさず仁王立ちになった政岡の股下に足を滑り込ませ、そのまま思いっきり蹴り上げる。

「ふぎゅっ」

 厳つい政岡の口からなんとも可愛らしい声が出た。
 美形台無しの顔をし、内股のまま前のめりに倒れる政岡。太ももの柔らかい感触が離れない。
 顔面蒼白になり、床の上で悶絶する政岡を見下ろした俺は内心ほっとし、そのまま踵を返し岩片たちの元へ向かおうとした。
 そのときだ。なにかが足元に絡み付き、そのまま強い力で引っ張られた俺は「え」と目を丸くする。
 次の瞬間、足の自由を奪われバランスを崩した俺はそのまま派手に転倒する。顎打った。ちょっと泣いた。

「……てんめ゙ぇ、人が優しくしてやってんのによくもぉ……」

 背後から聞こえてくる地を這うような低い唸り声。
 背後で動く影に俺は内心冷や汗を滲ませた。
 てっきりもう暫くは動けないと予想していたのに、なんということだ。

「人を騙しやがって……おまけに蹴りまで入れるとはいい度胸じゃねえか」

 慌てて立ち上がろうとするが、伸びてきた政岡の手に後頭部を掴まれ廊下に押し付けられたおかげで抵抗は身動ぎで終わってしまう。

「この俺に喧嘩売ったこと、覚悟出来てんだろうな」

 うわーに流石やばいな。どうやら金蹴りはまずかったようだ。
 そんな思考が後悔という念となって胸の奥から込み上げてくる。
 床の上に這わされた俺は数秒前の自分がとった軽はずみの行動を悔やんだ。どうせなら気絶するくらい強くやっておけばよかった。

「悪かった、まじで蹴るつもりなかったんだって。ホント。ビックリしたからつい足滑ったんだよ、ごめんな?」

 こんなことで流してくれるようなやつとは思ってないが、これで済むならそれが一番いい。あくまで奴らのゲームの目的はターゲットに告白させることだ。ならば友好的な関係で済ますことが出来ればそれが最良の選択なはずだ。
 そう判断した俺はあくまで申し訳なさそうに謝れば、背後からは低い笑い声が返ってくる。

「駄目だ、許さねぇ」

 まさかここまで単細胞なやつとは思わなかった。
 いやまあ過剰防衛を取った俺も悪いのだろうけど、ここでその選択を選ぶのは賢くない。
 ベルトをがっしりと掴まれ、そのままウエストをずり下げられそうになる。
 いくら人気がないとはいえ、ここは廊下だ。
 今思い出した。ここは廊下だ。学生寮の敷地内である時点でいつどこから人が来るかわからない。
 公開露出プレイなんぞ興味もないし体験したくもない俺は慌ててウエストを掴み、脱がされないよう必死に抵抗する。

「ちょっ、待てってば、なあ」
「うっせえ、暴れんな!」

 この状況で暴れない方がおかしいだろ。
 慌てて脱がされないようベルトを掴み上げながらそう背後の政岡に声をかければ、どこぞの強姦魔のような返事が返ってきた。いやあながち間違ってないが。

「取り敢えず、落ち着けよ。な?」

 マジギレしてる政岡を宥めるようにそう声をかければ、「誰のせいだと思ってんだよ」と怒鳴り返される。俺のせいです。
 しかしここでめげては俺の貞操が危ない。こんな場所で脱処女なんてしたくない。
 というかこんな場所じゃなくてもお断りだがとにかく、この危機をどうにか回避するしかない。

「取り敢えず聞けよ」
「なにをだよ」
「俺さあ、まじで政岡には悪いことしたと思ってる」
「言い訳なんて聞きたくねえ」
「違う違う言い訳じゃない。政岡の傷を癒すためならなんでもしたいのは山々なんだけどな、こんなところで無理矢理やってもお互い気持ち良くならないだろ?」

 なんとか政岡を説得させようとする俺。
 しかし政岡から見たらケツしか見えないわけだからなんともかっこうがつかない。が、構わず俺は続ける。

「だから一旦この場はお預けにしてさ、ちゃんと環境やら準備やら整えて改めようぜ。悪くないと思うけど、俺は」

 まさか、その場しのぎとはいえこんなことを自分から言う日が来るとは。我ながらとんでもないことを言っていると思う。本当政岡から顔が見えなくてよかった。
 岩片と一緒にいるおかげで色々感化されてしまったのかもしれない。
 非常に不本意だが、俺の貞操のためなら仕方ない。

「なんだ?嫌がってた割りにノってんじゃねえの」
「物分かりがいいんだよ」

 自分でもなかなか苦しいと思ったがどうやら政岡には効果があったようだ。
「へぇ」と勘繰るように呟く政岡。背後からの舐めるような視線に寒気が走る。
 もしかしたらとは思ったが、こいつまじで下半身でものを考えるタイプの人種のようだ。
 マジギレしてたくせに俺の言葉に気をよくする政岡に安堵する反面、ここの生徒会はこんなやつらしかいないのかと呆れずにはいられない。

「お前、今なんでもするって言ったよな」

 そして政岡は確かめるように尋ねてくる。
 不意にスラックスを脱がせようとしてくるその手から僅かに力が緩んだ。

「例えばどんなことをするんだ?」

 察しろよ、そこは。
 恐らく背後の政岡はにやけ面を晒してこちらを見下ろしているのだろう。
 わざわざ人の口から聞き出そうとしてくる政岡に俺は眉間を寄せた。

「……痛くないのならなんでも」
「言ったな?」

 なんなんだ、さっきから。
 やけに意味深な政岡の態度を訝しく思ったとき、スラックスを持ち上げる手首を無理矢理振り払われる。

「うわっ」

 そう慌てた俺が再度ベルトを掴もうと体勢を立て直したときにはもう遅かった。
 ずるりとスラックスを脱がされ、下着一枚になった下腹部が寒くなる。色々な意味で。

「何度も何度も同じ手に引っ掛かると思ってんのか?お前がなに考えてるかぐらいわかんだよ、ペテン野郎が」

 話が違う。そう口を開こうとしたとき、先ほどまでの軽薄な調子はどこへいったのかそう鼻で笑う政岡は言いながら下着をずり下ろした。
 嘘だろ、もうすぐ落ちるかと思ってたのに。
 寒くなる下半身に、顔面から血の気が引いていく。

「し……信じらんねえ」

 あまりの緊急事態につい口からは本音が漏れた。
 床に頭を押さえつけられた状態で政岡の目にどのように映っているのかわからなかったが考えたくもない。
 床に両手をつき、腕立てをするようになんとか政岡の下から逃れようとするが、それを察した政岡に更に強い力を加えられ頭蓋骨が軋む。

「人がわざわざ優しくしてやってんのに恩を仇で返したやつが言うか?」

 どうやらまだ雑談する余裕はあるようだ。
 それを言われてはどうしようもないが、だからと言ってこのまま黙ってされるがままになるわけにもいかない。
 膝に落ちた服と下着を足首までずらし、抜き取る政岡。
 本格的にただの露出狂になる俺。色々な意味でこんな姿見付かったらやばい。

「やけにしおらしくなったな。都会育ちのお坊っちゃんは脱がされたぐらいでびびんのか」

「可愛いな」そうせせら笑う政岡は俺の髪を引っ張り無理矢理起こさせる。
 ようやく無茶な体勢から解放されたと思ったとき、そのまま仰向けになるように腹部を踏みつけられた。

「てめ……っ」

 肺に溜まった空気を吐き出すように呻き声が漏れる。
 こちらを見下ろしてくる政岡は不適に笑み、「だらしねえ格好だな」と笑った。
 そして腹筋をぐりぐりと踏みつけてくるその靴の裏が僅かに浮いたと思えば、今度は勢いつけて鳩尾に踵を落とされる。

「ッ、ぅぐ……っ!」

 硬い靴底が皮膚にのめり込み、潰れた蛙のような声が漏れた。
 急所を刺激を加えられ、痛みで顔をしかめた俺は腹部を腕で押さえる。
 それの束の間。長い足を折り、俺の上に馬乗りになる政岡は俺の着ていたワイシャツの胸ぐらを掴んできた。
 引きちぎる勢いで引っ張られ、冗談だろと目を見張った俺は咄嗟に政岡の腕を掴む。が、一足遅かった。
 ぶちぶちと無数の繊維が引きちぎられるような嫌な音がして、前を留めていたボタンが強制的に外される。
 有り得ない。買ったばっかなのに。
 絶望さながらに硬直する俺を他所に、人の着ているものを強引に剥ぎ取った政岡は楽しそうに笑う。

「いいこと教えてやるよ」

「俺は和姦よりも嫌がってるやつを無理矢理嬲る方が好きなんだよ」仮にも生徒代表とは思えないような下品な笑み。
 どうりで俺の舌先三寸に落ちないわけだ。めでたく露出狂デビューした俺はマウントポジションに乗っかる政岡を見上げ一人納得する。

「あんた、モテなさそうだな」
「俺の顔よく見ろよ。寧ろモテすぎて困るくらいだ」

 いくら顔がよくても俺なら是非丁重にお断りしたいレベルだ。
 こんな場所で強制全裸にさせる変態なんて。というか自分で言うな。

「なんだ、さっきまでの威勢はどうした?」

 どうやら抵抗をやめた俺を不思議に思ったようだ。
 本当は殴りたくて殴りたくて仕方がないのだが、その結果政岡を喜ばせることになるならしたくない。
 どうにかして制服を奪い返したいところだが、この体制じゃままならないし奪い返したところで逃げられるかわからない。
 寧ろ積極的になり政岡が萎えるような真似をするという手もあるが、最悪成り行きでアナル貫通になりかねないような大博打に出る勇気は持ち合わせていない。
 助けを待つというのもあるが、岩片含め第三者がこの場を通り掛かったときのことを考えれば胃がキリキリと痛んだ。
 やはり、一番いいのは誰にも見られずアナル処女も守りこの政岡から制服を取り返してそのまま逃走することだろう。だが、そのためにはまず上に乗るこいつをどうにかするしかない。

「さっきまで強がってたくせにこれか?根性ねえやつだな」

 小バカにするように笑う政岡は俺の胸板を押さえ、上半身を床に押し付けたまま腰を浮かせる。
 丁度仰向けになった俺の上から政岡が覆い被さるような形になり明るかった視界は政岡の影で遮られた。
 全裸になって考えもなしにただがむしゃらに抵抗すれば根性あるということか。
 生憎そこまで熱くなるような性格はしていない。
 馬鹿にされているようで(というかされているのだろうが)非常に面白くないが、敢えて俺は頑なに口を閉じた。

「おい、無視すんなよ」
「…………」
「シカトかよ。……まあ、いいだろう。好きなだけ黙ればいい」

「その態度がいつまで保てるか見物だな」そうにやにやと笑う政岡の顔面に頭突き喰らわせたくて仕方がないが、抵抗のタイミングは大切だ。
 ヤル気満々の相手を攻撃したところで相手に反撃を食らって終わりなんて有り得る。
 せめて、政岡に隙が出来れば。もう一回金玉蹴り上げようかと企んだとき、政岡に太股を掴まれる。

「っ、あ……?」

 思わず、口から間抜けな声が漏れた。
 M字を作るように膝を折られ、そのまま腹部に膝がつくくらいの強い力で開脚させられる。
 自分のさせられてる格好に気付けば、自然と背中に冷や汗が滲んだ。

「へぇ、結構綺麗にしてあんじゃねーか」

 開脚した人の下腹部を見下ろす政岡は胸元に置いていた手を離し、そのまま股間に手を伸ばす。
 なんかもう嫌悪感やら怒りやら焦燥感やらで頭の中がぐっちゃぐっちゃになり、結果、思考が停止した。
 がそれも束の間。性器を無視して肛門に触れてくる政岡に思いっきり指を突っ込まれ、激痛とともに俺の意識は引き返される。

「は……ぁ、……ッ!」

 乾いた内壁を引っ張るように進入してくる異物感に眉を潜める。
 全身が粟立ち、体内に入り込んできた政岡の指を出そうと全身に力が込もる。お陰で舌を噛みそうになった。

「流石にきっついな。ちんこ入れたらちぎれんじゃねえの」

 笑いながらも問答無用に二本目を僅かな隙間に捩じ込んでくる政岡に俺は顔をしかめる。
 第一関節、第二関節とみちみち体内を裂くように進む政岡の指に最早声も出ない。
 歯を食いしばり痛みを堪えるが、本格的にここで犯す気満々の政岡の言葉を聞き、気が変わった。
 指でさえあれなのに性器まで突っ込まれてみろ。ケツの穴死ぬ。それだけはなんとしても避けたい俺は、政岡を見上げる。
 こいつの隙がないか待っていたが、もう無理だ。我慢できない。これ以上ケツ弄られたらメンタル面に支障がでる。
 ない隙なら作ればいい。政岡と初めて出会ったときのことを思い出す俺は、政岡の胸ぐらに手を伸ばした。
 瞬間、内壁を押し広くように指を拡げられ、一瞬体が硬直する。が、それを堪え、俺は強く政岡の胸ぐらを掴んだ。
 そのまま自分に寄せるように政岡を引っ張れば、政岡は口許を緩ませる。

「どうした?しがみついて。そんなに痛かっ」

 そう政岡が言い終わる前に、問答無用で政岡の唇を塞いだ。
 ああ、なにが悲しくて男なんかにキスしなくてはならないのだろうか。しかも俺から。
 政岡の後頭部に手を回し、そのまま押さえ付けるように唇を貪れば政岡の全身が緊張する。
 政岡と初めて会ったあの日、確か岩片にキスされただとかなんとかで政岡は異常な拒否反応を出していたはずだ。
 ただ単に岩片が気持ち悪いだけだという理由なのかもしれないが、今の俺には政岡を黙らせるにはこれしか思い浮かばない。
 が、どうやら俺の判断は正しかったようだ。
 目を見開く政岡の手は止まり、確かにそこに大きな隙が出来る。相手の頭から手を離した俺は、政岡の上半身に思いっきり蹴りを入れた。
 折られた足がバネになったようだ。足の裏にはしっかりとした手応えがあり、そのまま政岡は背後に尻餅をつく。
 指が抜かれ、落ちていた咄嗟に傍に落ちていた制服だけを拾い上げた俺はそのまま立ち上がる。
 呆然とこちらを見上げる政岡はまだなにが起こったか理解していないようだ。
 政岡の顔はじわじわ赤くなり、例の拒否反応が現れる。
 もう少しトドメを刺しておきたかったが、そんなことしてまた返り討ちを食らっては堪ったもんじゃない。
 逃げるが勝ち。
 そんな言葉が頭を過る、政岡が立ち上がる前に背を向けた俺はとにかくこの場から全力で離れることにした。

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