馬鹿ばっか


 05

 学生寮、食堂。
 四人用のテーブルには俺と岩片そして親衛隊候補であるあの男子生徒が向かい合うように座る。
 なんか三者面談みたいだな。
 なんて思いつつ、俺は黙り込む目の前の一般的な男子生徒に目を向ける。
 名前は岡部直人。
 暗めの茶髪とどこか下がり気味な眉のせいか全体的に気弱そうな印象を覚えた。顔立ちは中の中で岩片の食指が動かないレベル。しかし同じAクラスということを考えればそれなりの実力はあるようだ。
 まあ、こんな不良高校のAクラスレベルなんて一般の平均ぐらいなのだろうが。
 事実、あまり勉強が得意ではない俺がAクラスになるくらいだからな。

「あの……話ってなんですか?」

 岡部直人は正面に座る俺たちを見上げながらそう恐る恐る尋ねてくる。
「ん、んあほほほほはんはへほは」既に夕食を食べ終わっている岡部を前に夕食をがっついてる岩片はもぐもぐ口を動かしながらなんか言い出した。

「岩片、口ん中のもの飲み込んでから喋ろよ」
「ん。……んで、それのことなんだけどな」

 訝しむような岡部の前、ごくりと飲み込んだ岩片はそう話を切り換える。
 どうやら今のが最後の一口だったようだ。
 岩片の皿の上は既に平らげられていた。早い。

「これ、返すよ」

 そう言って取り出したのは、部屋で岩片が見せてくれたあのゲーム機だ。
 確か、今朝のSHRのとき岩片が隣の席の岡部からカツアゲしたものだ。

「もういいの?」
「充電なくなっちゃったし」

 充電があれば返さないと遠回しに言っている岩片に岡部はなにか言いたそうな顔をして「……ああ、そう」と呟く。
 なかなか岩片のような面倒な人間の扱いに慣れているようだ。
 深く突っ込まず、岩片からゲーム機を受け取った岡部はどこかうんざりしたような顔のまま制服に仕舞う。

「すっげー面白かったよ、それ。俺あんまそういうのしたことなかったんだけど感動しちゃった。直人、お前ゲームとか好きなの?」
「別に、好きって程好きでもないですけど……ほかにやることがないから」
「へぇ。じゃあやっぱ色々やってんの?」
「まあ、はい。……そうなりますね」

 やけにゲームの話題に食い付く岩片。
 さっさと本題に入ればいいのに、と思ったがもしかしたら岡部の警戒を解こうとしているのかもしれない。
 相変わらずどこか勘繰るような目をした岡部だったが、返事をしてくれるだけましな方なのだろう。その返事すらもなんだか無難なものだが。

「なんかオススメある?俺ハマっちゃったからさあ、もっと教えて欲しいな。ああいうやつ」
「……オススメですか?」
「そ、直人が好きなやつとかあるだろ?それの中に入ってるアクション系とか俺結構好き」
「あ……そうなんですか?俺も、これ気に入ってるんですよ」

 なるほど、相手の趣味に合わせて心を開かせるつもりか。
 相変わらず口だけは達者な岩片の話術にハマってしまったらしい岡部は、ゲーム片手に目を僅かに輝かせる。
 岩片のやつ、オチが決まっているゲームなんてつまらないとか偉そうなこと言ってたくせにどんだけぶりっ子してんだよこいつ。
 好きなことの話になると興奮するのか、先程に比べて生き生きしだした岡部とニコニコと人良さそうに笑う岩片たちを横目に俺は夕食を進める。

「その……岩片君がいいなら、俺が持ってるのいくつか貸しましょうか?」
「まじ?いいの?」
「はい。あ、迷惑ですか?」
「ううん、まじ嬉しい。じゃあ、気が向いたときでいいから貸してくれよ」
「はい、わかりました」

 まじですか。こいつに貸したら二度と返ってこないぞ。
 よっぽど友達がいないのかそれとも趣味の合う友人が欲しかったのか、先程まで明後日の方角を見詰めていた岡部の目は生き生きしてきた。
 もしかしたら周りが見るからに不良ばかりだったから地味仲間同士なにか通じ合うものがあるのかもしれない。いや、岩片はぶってるだけか。
 とにかく、まんまと岩片の思う壺にハマっている岡部に同情せずにはいられなかった。

「いやーよかった、直人みたいないいやつが同じクラスにいて。正直他のやつら皆なんか不良みたいですっげー怖くてさあ。なあ、ハジメ」

 まさかここで俺に話を振るか。
 小さく顎をしゃくり同意しろと威圧してくる岩片に、俺は「確かに絡みづらいよな」と笑う。
 我ながらよく機転が利いたと思った。きっと岩片と行動してるからだろう。

「だよな。直人がいてくれて安心したよ」
「……確かに、うちの高校は結構あれな人多いですね」

 口説き落とそうとする岩片。
「あ、俺も岩片君みたいな子が転校してくれて嬉しいですよ」そして、慌ててそう恥ずかしそうに笑う岡部。おいおいあんま岩片持ち上げんなよこいつが調子に乗り出すだろ。

「なに?それって岩片だけなの?」
「え?あ、も……勿論尾張君もですよ」

 岡部の目を見据えそう笑いかければ岡部は視線を泳がせ、戸惑うよりに俯く。
 どうやら俺にはまだ馴れていないようだ。
 かあっと顔を赤くさせる岡部は人見知りか赤面症を患っているのかもしれない。
「やった」と笑いながらちらりと岩片に目を向ければ、岩片がなにか言いたそうにこちらを見てくる。
「いくら焼き餅妬いたからって俺の邪魔すんなよ」「妬いてねーよサポートしてやってんだよ」そう視線で会話した俺たちは暫く見詰め合い、ふんと顔を逸らした。

 そして、暫く岩片と岡部はなにやらゲームの話で盛り上がっていた。というより岡部が荒ぶっていた。
 結構ヲタク肌なのかなこいつなんて思いながら、いつまでも親衛隊のことを口にせずただ岡部の話に相槌を打つ岩片に『いつになったら申し出るのだろうか』と思いながら夕食を済ませる。
 結局、最後まで岩片は親衛隊の話題を出さなかった。

「じゃあ、今から俺の部屋来ませんか?」

 食後、きゃっきゃきゃっきゃはしゃいでいた岡部は皿を片付ける俺を他所にそう岩片に持ち掛ける。その目に俺は映っていない。
 別に興味を持ってほしいわけではないが、ここまで岩片になつくとは心配せずにはいられなかった。


 食堂前。
 賑わう食堂を後にした俺と岩片はその岡部の一言に目配せをする。
 そして、すぐに岡部の方を向いた岩片は申し訳なさそうな顔をした。

「あーわり、俺ら部屋の荷物片付けないと行けないからさ。また今度でいいかな」
「……片付けですか」

 まさか断られると思ってなかったようだ。申し訳なさそうに謝る岩片に岡部は寂しそうな顔をする。そして「俺は別に大丈夫ですよ」と慌てて笑みを浮かべた岡部。
 垂れがちな眉のせいか、どうやってもしょんぼりしてるようにしか見えない。

「悪いな岡部。明日には遊べるよう済ませておくからさ」

 昨日の内に済ませた部屋の片付けをわざわざ理由に引き出してまで岡部の誘いを断るにはなにかわけがあるのだろう。
 機転が利き、尚且つ賢い俺はそう岩片に話を合わせることにした。
 やっぱり俺にはまだ心を開いてないらしい岡部はぎこちなく「はい」と頷く。
 積極的な方だが、一度断られるとすっぱり諦める性格をしているようだ。
 岡部はそれ以上追求するような真似はしてこなかった。

「……あ、そうだ。もしよかったら部屋まで一緒にどうですか?その、迷惑でしたら断ってくれてもいいですから」

 ふと、そう岡部は思い付いたように提案してくる。
 相変わらずどこまでも腰が低い。

「まじ?全然迷惑じゃねーよ!俺たち両方方向音痴だからさ、そういうのまじ嬉しいし」

「なあハジメ」そうこちらに同意を求めてくる岩片にうんうん頷けば、岡部はほっとしたような顔をして「ならよかった」と頬を弛ませた。
 俺まで方向音痴扱いされてるのは気に入らなかったが、まあいい。
 岡部の好意に甘え、俺たちは自室へと向かう。


「確か、ここであってますよね」
「ああ、そうそう。ここだよここ、わざわざありがとな!」
「いえ、俺にはこれくらいしか出来ることがありませんので」

 そう笑う岡部に、「まあな」と口を開く岩片の頭を慌てて叩いた。
 どうやらギリギリ聞き取れなかったようだ。せっかくいい感じになっていたのにも関わらずボロが出てきた岩片に冷や汗を滲ませる。

「んじゃ、俺たちは帰るから。岡部も早く帰れよ」
「あ、はい。それもそうですね……じゃあ俺はこれで失礼させていただきます」

 ここはさっさと別れた方がいいだろう。
 そう判断した俺が話を切り上げようとするば、岡部は嫌な顔をするわけでもなくそう納得したように頷いた。

「じゃ、また明日なー」

 そのまま踵を返し、来た道を戻っていく岡部を見送る岩片は言いながらぶんぶんと手を振る。
 そして、その後ろ姿が見えなくなったのを確認し、俺たちは部屋に戻った。


「よし、親衛隊一人目ゲットー」

 部屋に入るなり、そう言いながら岩片はソファーの上に飛び込む。
 そのまま跳ね返って床にずり落ちていた。ざまあみろ。

「は?親衛隊ってまだ岡部承諾してないじゃん」
「いちいち細かいこと気にすんなよ。あれはもうなったも同然だって」

 なにを言い出すかと思えば本当になにを言ってるんだ、こいつは。
 再びソファーにしがみつくように座り直す岩片に俺は目の前のやつがアホかバカに見えてきた。

「なんだよ、その目は。興奮するだろ」
「いやだってまじでちょっと意味わかんなかったからさ。いつも興奮してるやつがなに言ってんだよ」

「お前超俺のこと見てんじゃんストーカーかよ」とか言い出す岩片。否定してくれ。

「俺、親衛隊と友達って同じだと思うんだよね」
「なんだよいきなり」
「だってさあ、都合がよくて利害無しに守ってくれるってとことか一緒じゃん?だから、岡部はほっといても俺の味方になるよ」
「そうか?確かに岩片になついてたけど、それならさっき一緒に岡部の部屋いっときゃよかったじゃん」
「わかってないなあ、物足りないくらいの関係を維持して相手が折れて主導権をむしり取るまでは我慢しなきゃなんねーんだよ、こういうのは」

「駆け引きの基本だろ」そうせせら笑う岩片に、ああそう言えばこういうやつだったなと再確認する。
 岩片と話していたときの岡部の楽しそうな顔を思い出してしまい、なんだか同情せずにはいられない。

「ま、あの調子なら大丈夫だろう。取り敢えず二人目だな」
「あ、もしかしてこれってアレ?目指せ友達百人的なノリ?」
「んなわけねーだろ」

 ですよね、流石にそんなセフレ探しより無謀なことしませんよね。

「目指せ下僕百人だ」

 もっと酷かった。

「ま、そういうことだから岡部のことは気にすんなって」

 友人を下僕宣言して気にするなと言う方が無理な話なのだが、確かに岡部のことに関しては岩片に任せた方が良いだろう。
 心配だけど、残念ながら岡部がなついているのは岩片だ。
「はいはい」と適当に答えながら俺はベッドに腰を下ろす。

「そういや、岩片お前もう一人候補いるとか言ってたよな」

 そう尋ねれば、岩片は「ん?あー言った言った」となんとも歯切れの悪い返事を返してくれた。

「そっちの方はどうなの?俺まだなんも聞いてねーけど」
「どうっていうか、ま、なんとかなるみたいな」
「なんだよそれ」
「ハジメは気にしなくていいんだよ」
「またそれかよ。俺やることねーじゃん」
「なに?お前俺に奉仕したくてしたくて仕方がないみたいな口?」

 落胆する俺に、にやにやと口許に下品な笑みを浮かべる岩片。
 こいつが言うと下ネタにしか聞こえないのは何故だろうか。思いながら、俺は「そう命令してきたのはどこのどいつだっての」と言い返す。

「まあ、確かにな。言ったの俺だわ。でも今んところハジメ君にやってもらうことねーな」

 そう続ける岩片に、なんだか肩透かし食らったような気分になりながらも俺は「了解」と呟いた。
 命令されて喜ぶような性的嗜好をしてるわけではないが、なんとなく腑に落ちない。が、まあ平和が一番だ。

「拗ねんなよ。なんかあったらすぐ頼むからさ、そんときはよろしくな」
「あんま無茶なことすんなよ」
「心配してくれてんの?可愛いやつだな」
「お前が無茶したらその反動が俺にくるんだよ」

 相変わらずのにやけ面に笑みを引きつらせれば、岩片は「素直じゃねえな」と肩を竦めた。
 俺からしてみれば岩片の思考回路がひねくれすぎているようにしか感じないわけだが。

「まあ、そういうわけだからハジメは他の候補見付けとけよ」
「俺がか?」
「勿論、どうせ暇なんだろ」

 いやまあ確かに暇かもしれないけど。
 探すのが岩片の友達になれそうで尚且つある程度喧嘩出来るような相手なんてそういないぞ。
 早速無理難題を吹っ掛けられ狼狽える俺。
 そこまで考えて、ふと今朝絡んできた三年の変人眼鏡・五条祭のアホ顔が脳裏を過る。
 ……いや、あいつは無しだな。無しだ。一番岩片と一緒にさせたくないタイプだ。

「ハジメ、すごい顔になってるけどなんか心当たりがあるのか」

 そしてこういうときに限ってなんでこいつは悟るんだ。
「全くない」そう断言する俺は、僅かに顔を青くさせながらぶるぶると首を横に振る。

「なんだ、変なやつだな」

 そしてそんな俺に対し頬を弛ませる岩片はそう笑う。
 残念だがお前だけには言われたくない。

「取り敢えず、明日にでも彩乃に詳しい話聞きに行くか」
「岩片がか?」
「なんだよ、その目は」
「……いや、なんか岩片と五十嵐って相性悪そうじゃん」

 というか寧ろ五十嵐の方が岩片のことをよく思ってなさそうだ。
 今回はゲームのターゲットということで五十嵐が手を貸してくれているが、それがなければきっと五十嵐は岩片を邪険にしてるだろう。というか既にしてそう。

「バカだなー体の相性は抜群かもしれないだろ」
「やめろ、うっかり想像しただろ」
「うわやらしー」

 想像は想像でも返り討ちに遭ってボコられてる岩片のだけど。
 冷やかすように笑う岩片に若干ムカつきつつ、「とにかく」と俺は切り換える。

「五十嵐と話すときは俺呼べよ」
「はいはい、わかってるって。もうハジメったら心配性なんだからー」

 俺の言葉にヘラリと笑う岩片は、軽薄な調子で続けた。
 本当にわかってるかどうかわからなかったが、岩片は信頼関係に響くような真似をしない。
 俺に無断で行動するようなやつではないとわかってはいたが、やはり心配だ。
 それに、岩片の言っていたもう一人の親衛隊候補のことも気になる。先ほどは上手くかわされてしまったが、念のため気にしておいた方がいいかもしれない。


 そして翌日、朝。
 たまたま食堂で鉢合わせになった五十嵐を連れ出した俺と岩片は人気のない通路までやってきた。

「ってわけだから、協力してやるよ。生徒会潰し」

 学生寮。相変わらず仏頂面な五十嵐に岩片はそうビシッと人差し指を突き立てる。
 中止させるのはゲームだろうが。役員を前になに言い出すんだ、こいつは。どんだけ血の気が多いんだよ。
 心の中で突っ心の中で突っ込みつつ、俺は「悪い、こいつちょっとあれだからさ」と慌ててフォローを入れる。

「……ああ、よろしく」
「ま、俺が協力してやるんだから精々大船に乗った気持ちでいてくれていいからな!よろしくな、彩乃!」
「五十嵐だ」
「ああ、そうだったな。でさ、彩乃に聞きたいことあるんだけど良い?あ、一応昨日彩乃がこいつに言ったことは全部聞いてるから」

 注意したにも関わらず右から左へと受け流す岩片に眉間の皺を深くする五十嵐だったがやがてその勢いに圧されてしまったようだ。
「ここでいいのか」遠回しに場所を移動しようと促してくる五十嵐の言葉に俺は感付く。
 ふと遠くから足音が聞こえ、岩片もそれに気付いたようだ。

「ここでいい」

 しかし、岩片は五十嵐の意思を汲み取るわけでもなくそうハッキリと告げた。
 五十嵐は少しだけ眉を上げたが、特になにも言わない。

「で、聞きたいことはなんだ」
「今までやってきたゲームの勝者と敗者、ターゲットになった人間がどうなったをもーちょい詳しく教えてもらいたいんだけど」

 五十嵐に雑把に過去の例をいくつか教えてもらったが、やはり岩片は聞き足りなかったようだ。
 そんな話ならわざわざここでしなくてもいいだろうと思いつつ、俺は黙って二人のやり取りを見守ることにする。
 自分の方を見てくる岩片になにか言いたそうな顔をする五十嵐だったが、「ああ」と頷いた。

「俺も人伝に聞いたから真偽はわからないが、答えられる範囲で答えさせてもらおう」

 五十嵐曰くいままでやってきたゲームの全てを掌握しているわけではなく、俺たちは中でも有名だった年の話を聞いた。

 数年前。毎年恒例の生徒会のゲームが開催される。
 当時の生徒会役員たちはあまり仲が良くなかったらしく、役員個人個人を筆頭に複数の党派に分裂した状態だった学園内は舎弟同士でも揉めることは日常茶飯事だったようだ。
 ゲームのターゲットが決まるなり荒れ放題だった学園内は盛り上がり、誰が一番だとか自分のリーダーのために舎弟自らターゲットを脅すことも少なくなかったらしい。
 当時のターゲットは一人。そいつも俺たちみたいな転校生で、ある程度腕っぷしはあったようだ。
 舎弟に絡まれても自力で追い払ったりしていたらしいが、生徒会離就任式が近付くにつれ焦りを覚えた生徒会役員たちのターゲットである生徒に対しての扱いが酷くなる。
 最終的には個室に監禁し、拷問紛いな真似をした当時の副会長がゲームに勝ったようだ。
 本当に口を割った理由はその生徒の家族を人質に取り脅迫したらしいが、真偽はわからない。
 ゲーム終了後、その生徒の体は所々欠損し、目は虚ろでまるで廃人のようだったと五十嵐は言った。
 まるでその人を見たようなことを言う五十嵐が気にかかったが、その生徒は副会長から解放されるなりそのまま行方が分からなくなったらしい。
 そして、勝負に負けた役員たちは各々賭けていたものを副会長に差し出した。
 地位を賭けた会長は全校生徒の前で全裸で挨拶した後、全員から家畜のように扱われる。
 宝物を賭けた会計は他校に通う恋人を全校生徒に輪姦され、そのまま副会長の専用便器にされる。
 信頼関係を賭けた書記は自分の手で親友数人を半殺しにさせ、全校生徒からハブられる。

 生徒の話を聞いたあとだからだろうか。
 大分役員たちには手優しいと思ったが恐らく俺の感覚が麻痺しているのかもしれない。
 もしかしたら実際裏で他にもさせられた可能性もあるが、今となっては知る由もないし聞きたくもない。

 ターゲットのその後については当時副会長が飼ってるんじゃないかという噂が流れていたが、今現在当時の副会長はこの世に存在しないという。
 ヤクザに喧嘩売っただとか、不自然な事故死だったようだ。
 ターゲットも消息不明で、他の役員たちも罰ゲームに耐えれず退学して行ってから誰も姿を見たものはいないらしい。ハッキリとわかっているのは死んだ副会長のみ。

 一通り聞いて、参考になるようでならない話だと思った。というか、こう、重すぎる。
 キナ臭い話を聞かされ、ずんと気分が沈む俺はちらりと岩片に目を向けた。
 相変わらず分厚いレンズの眼鏡で覆われた目元はよく見えないが、口許には笑みが浮かんでいる。
 どうせそんなことだろうとは思っていたが、口だけでも引き締められないのだろうか。

「なあ、他のときのターゲットはどうなったんだよ。今の話じゃそいつ失踪したらしいけど、まさか毎度毎度全員失踪しているわけじゃないんだろ?」

 笑みを浮かべたままそう五十嵐に尋ねる岩片。
 五十嵐の話が衝撃的過ぎてそれが全体像だと錯覚していた俺は、岩片の言葉に『言われてみれば』と五十嵐に目を向ける。

「他のやつか。……卒業するまで残っていたやつが何人かいたが、大体のやつは解放されたらすぐに自主退学して行った」
「やっぱ全部決着はついたわけ?」
「ああ。さっき話したやつが唯一長引いたが、他の時は短期で済んだと聞いた」
「んじゃ、俺らみたいに複数人がターゲットに選ばれて勝ち残ったことは?」

 次々に質問を投げ掛ける岩片に疎ましそうな顔をする五十嵐。
 岩片に目を向けた五十嵐は「ないな」と静かに続けた。

「おい、聞いたかハジメ」
「なにが」
「俺らが初めての勝ち組になるんだってよ」

 そう自信たっぷりに笑う岩片。
 実にいい笑顔だが、今の話を聞いてよくそんなこと断言できるな。
 あまりにも能天気というか緊張感がない岩片に、俺は呆れを通り越して脱力する。


「随分自信があるようだな」


 岩片の一言が気にかかったようだ。
 そう口を開く五十嵐に、「当たり前じゃん」と岩片は肩を揺らして笑う。


「なんてったってターゲットは俺らだもん。負けるわけねーじゃん」


 そうにやにやと笑いながら続ける岩片に、どうやら五十嵐はそれをネタと受け取ったようだ。
「頼もしいな」そう薄く笑みを浮かべる五十嵐に、『うわ笑った』と驚く反面こいつが冗談ではなく本気だとわかっている俺はなんとも言えない気分になる。


「そう言えば五十嵐、昨日考えがあるっつってたけどさ、あれどうなったわけ?」


 このまま岩片の好きにさせておいたらとてつもないナルシスト発言で埋まりそうなので俺はてっとり早く話題を切り換えることにした。
 その言葉に、五十嵐はこちらに目を向ける。


「手があると言ったやつか」

「そ。それ」

「あれは嘘だ」


 ただ一言、五十嵐はそう仏頂面のまま即答する。


「…………」


 確かに嘘でもどちらでもいいとは言ったがまさかまじで嘘だとは。しっかりした手が思い付かなかったとしても他に適当なの考えることはできるだろ。


 あまりも堂々とした五十嵐に俺は一種の清々しさを感じた。
 感じはしたが、今この場にそんな清々しさは必要ない。


「んじゃ、どうすんだよ。具体例がなきゃ協力するにもできねーじゃん」


 俺たちの気を引きたくてそう発言したことはわかったし、五十嵐の言っていることが全部事実だとして五十嵐自身本気で協力を求めているということも理解出来た。
 が、肝心の部分がこれじゃあなんとも言えない。


「細かいことは気にするな」


 顰めっ面になる俺に五十嵐はそう続ける。
 気にしないにも程があるだろ。
 そう怒鳴りそうになるが俺のキャラではない。
 周りが暢気かつマイペースなやつらばかりだからだろうか、なんだか俺一人だけがこの状況に焦ってるような気がしてくる。
 まあ、実際そうなのだろうが。


「なんだよ彩乃、お前なんも考えてなかったのか?」


 流石の岩片も呆れたような顔をする。
 なんだかんだその辺まだ頭は働くようだ。
 いいぞ、もっと言ってやれ。


「俺が考えるよりもしっかりした策士を見つけたからな」


 しかし、そんな岩片に調子崩すわけでもなくそう低く五十嵐は続ける。
 策士。
 あまり聞き慣れない単語に反応した俺はどういう意味だと五十嵐に目を向けた。
 まさか他にも仲間がいるのだろうか。
 が、五十嵐の視線の先にいたのはもじゃもじゃ岩片だ。


「岩片凪沙、お前確か最初転入クラスはS組だったらしいな」


 岩片を見据えたままそう静かに尋ねる五十嵐。
 尋ねられた岩片は少し驚いたような顔をしたが、五十嵐がなにを企んでいるのか気付いたようだ。


「なに?俺に作戦練ろって言ってんの?」


 楽しそうに唇の両端を吊り上げ笑みを浮かべる岩片に、五十嵐は「ああ」と頷いた。
 冗談じゃない。
 なにを考えてるんだ、五十嵐のやつは。
 いや、もしかしたらなにも考えてないから岩片に頼るのだろうか。
 だとしても、もっと他にいるだろう。
 俺とか。


「いやー彩乃の審美眼はいいんだけどさぁ、俺タダ働きするほどお人好しじゃないんだよな」


 自分から乗っておいてこの上から目線にはいつも驚かされる。
 にやにやと笑いながらそう彩乃に目を向ける岩片に、見定められるような眼差しに顔をしかめる五十嵐は「そうか」と静かに息をついた。


「なにが欲しい。用意出来るものならなんでも用意してやる」


 岩片相手に大きく出る五十嵐には感心せずにはいられない。
 岩片に主導権を取られてしまった今、とにかく相手の気を引こうとする五十嵐の判断は正しいのかもしれない。
 賢いは言えないが。

 そんなこと言ったら岩片が調子に乗るだろ、やめとけ。なんて思いながらも二人の駆け引きの仲裁に入るほどの立場もない俺は内心ハラハラしながらそのやり取りを眺める。
 正直、五十嵐(の貞操)が心配で堪らない。


「んーそうだな。じゃあさ、役員候補にまで選ばれた生徒の名簿持ってこいよ。勿論在学中のやつでな」


 てっきり『服を脱いで這いつくばれ!』とかそんなことを言い出すかと思っていた俺は岩片の言葉に目を丸くした。
 どうやらこの岩片の発言に驚いたのは俺だけではないようだ。


「理由を聞いてもいいか」


 そう尋ねる五十嵐に、岩片は「一文字につき服一枚ずつ脱ぐならいいよ」と笑顔で答える。
 五十嵐はなにも言わなかった。
 正しい判断だ。


「役員の彩乃なら調べるのはそう難しくないだろ?選挙にまで出てなくても噂が上がってた生徒でもいい。隅から隅まで調べてそれを俺に教えろよ」


 親衛隊候補か。
 大体なんとなく岩片が考えてることの見当がついた。
 恐らく岩片は生徒会役員には選ばれなかった生徒を探し親衛隊に使うつもりなのだろう。
 確かに強い生徒を見付けるのには手っ取り早いだろうが、それの相手をさせられる俺の身にもなってほしい。


「……わかった。なるべく早く調べてやる」


 やけに素直に従う五十嵐。
 先日までの威圧的な雰囲気がないのが気になったが、もしかしたら思ったよりも空気が読めるやつなのかもしれない。
 二人きりにしたら決裂し兼ねないと心配していたが無駄だったようだ。

 岩片は自分が作戦を考えることを条件に五十嵐に親衛隊候補をリストアップさせるということで交渉は成立する。

 ただただ岩片に策士を任せるということだけが心配で仕方なかった。

 home 
bookmark
←back