馬鹿ばっか


 04

「あんたがギャンブル好きなのはわかったけど、いいのか?書記から聞いたけど前は色々大変だったらしいぞ、狙われた方も」
「ああ、なんだハジメ、俺の尻の心配してくれてんの?」

 誰がなんのためにわざわざ遠回しに聞いてやったんだと思ってるんだ、こいつは。
 相変わらず恥の欠片も感じさせない岩片に言葉に詰まるが、俺が口を開く前に岩片は「大丈夫」と口許に下品な笑みを浮かべる。

「そのためにお前がいるんだろ」

 まあ、そうなりますよね。
 ニコニコと笑いながらそうハッキリと言い切る岩片に、全身から嫌な汗が滲む。

「はははっ!ハジメすっげー顔になってんぞ。まあ、お前が嫌だっつうんならさっさとリタイアして適当な役員に『好きです』でも『愛してる』でも適当に言えばいいだけだからそんな難しく考えなくてもいいんだからな。その書記が言ってることが本当ならそれがゲーム終了の合図なはずだからな。一番平和的な終わり方だ」

 そう矢継ぎ早に話す岩片は一息つき、「ことなかれ主義のハジメ君にはぴったしだな」と笑みを浮かべた。
 確かに、それが一番楽だろう。そして俺が望む平和的やり方というのにも変わりない。
 それを理解した上でやっすい挑発をけしかけてくる岩片に、俺は笑い返す。

「俺、本当に好きな人にしかそういうの言わない派だから。安心しろよ」
「……はっずかしいこと言うなあ、お前」

 お前に言われたくない。
 岩片相手に真面目になった自分が情けなくてもう恥ずかしさでいっぱいになった。

「まあ、ハジメがどこまで有言実行することが出来るか見物だな。いやーワクワクしてきた、ついでだし俺らも賭けるか」
「賭け?」
「そ。ハジメがリタイアするかしないかみたいな」
「俺と岩片がどっちがとかじゃなくてか」
「あーダメダメ。そんなんやったら俺が優勝しちゃうじゃん」

 自分がなにをされても生徒会に屈しない自信があるのだろう。
 呆れたように即答する岩片に俺は一種の感心すら覚えた。

「だから、ハジメがリタイアするか最後まで我慢できるか。楽しそうじゃん」

 俺を見たままヘラヘラと笑う岩片に、俺は「賭けるものは?」と促した。
 問い掛けられ、岩片は「うーん」と僅かに考え込む。

「そうだな、ハジメがリタイアしたら親衛隊長解任。最後までリタイアしなかったら無し」

 そう思い付いたように続ける岩片に俺は目を剥いた。
「シンプルで分かりやすいじゃん?」そう笑う岩片はどこまでも楽しそうで、瓶底眼鏡越しに俺の様子を見ているのがわかる。
 恐らく、というより間違いなく試されているのだろう。
 こんなメリットデメリットがハッキリした賭けを仕掛けてくる岩片に、胸糞悪さのあまりに自然と笑みが浮かんだ。

「ほんっと、悪趣味」
「あははっ!褒めんなよ、照れるだろ」

 俺が辞められないのをわかっててこういう条件を出す岩片は相当性格が悪い。
 笑みを引きつらせる俺に対し、大きく口を開けてゲラゲラと笑い出したと思えばすぐに真顔に戻る岩片。

「まあ、これでお前も楽しくなったろ?」
「お陰さまでな」
「感謝しろよ」

 軽薄に笑う岩片に、今までのこと全て本気か冗談かわからなくなってくる。
 恐らく全て本気なのだろう。訂正しない辺り、岩片の思案が伺えた。

「あ、そーだ。さっき言ってた書記だっけ?」
「五十嵐彩乃か」
「えっ、あいつ彩乃って言うんだ。やべー可愛いじゃん、ドキドキしてきた」
「……で、そいつがどうした?」
「ん?あ、そうそう。一応協力するってことにしといて」

 脱線し掛けていた岩片の言葉に、俺は「わかった」とだけ答える。
 一応か。岩片のことだ。どうせまた良からぬことを企んでいるのだろう。
 敢えて俺は突っ込んだことを聞かないようにした。

「よし、そうと決まったら俺たちもやらなきゃいけないことが出てきたな」

 一通りの作戦会議を済ませたとき、言いながら岩片はソファーから立ち上がる。
「やらなきゃいけないこと?」喉が渇いたのか、そのまま冷蔵庫まで歩いていく岩片に目を向けた。

「そ、やらなきゃいけないこと。このままじゃリタイア云々より先にハジメが潰れるかもしれねーしな」

 冷蔵庫の中から、寮内の自販機で購入したサイダーが入ったペットボトルを取り出す岩片はそのキャップを捻りながら続ける。
 潰れる、ということは恐らく先ほど言っていた岩片の分の負担を全て俺が被ったときのことを言っているのだろう。
 ガブガブとペットボトルの中を喉に流し込む岩片に俺は「それで、なにすんだよ」と先を促した。

「……っぷは、あ゙ー生き返る」
「あ、俺にも頂戴」
「仕方ねーな」

 そう言いながらやってきた岩片は俺にペットボトルを手渡す。
 冷たい表面が心地がよく、「どーも」と言いながらそれを受けとれば岩片は「50円な」とにやりと笑った。金取る気か、こいつ。一瞬飲むのを躊躇う俺に岩片は「冗談だよ」と笑った。

「それでだけど……なんだっけ」
「やらなきゃいけないこと」
「あーそうそう、それな」

 口をつけ、一口分それを喉に流し込む。
 ひんやりと冷たい液体が口内でぱちぱちと弾けながら喉奥を通る感触がなかなか心地よい。
 キャップで蓋をしながら、俺はソファーに腰をかける岩片を目に向けた。目が合えば、岩片はにこりと笑う。

「この学校にも、俺の親衛隊を作ろうと思う」

 親衛隊。
 俺にとってそれは馴染みある言葉だった。

「……そんな簡単に言ってるけどなぁ、ここ、前のとこと全然違うんだぞ」

 なんでもないようにそう口にする岩片に、俺はそう顔をしかめる。
 確かに、前のように金やら顔やらセックスやらで戯れていた物好きな御坊っちゃま相手ならどうにかなるかもしれないが、ここは違う。
 見掛けばかりはいいものの、中はただの不良の巣窟だ。
 力だけはある生徒相手に、男である岩片がたぶらかすことが出来るかどうかはかなり怪しい。

「違う?俺からしてみればどこも一緒だよ。自分に合わない環境なら無理矢理にでも作り替えればいいだろ。なんのためにわざわざお前を連れてきたと思ってるんだ、ハジメ」

 つまりそれは、岩片の代わりに俺が力で黙らせろと言うことですか。
 相変わらず当たり前のような顔して厄介な仕事を投げ掛けてくる岩片に、俺は「そうだったな」と諦めたように小さく息を吐く。
 まあ確かに自分の力は自信はあったが、ここ二日間で既に生徒会役員に力負けしたことを思い出してしまった俺は内心冷や汗を滲ませる。
 あんな状況だし負けたなんて認めたくないのでなかったことにしよう。

「俺がお前の護衛するってのはわかったけど、親衛隊だろ?いい人材はいるのか」
「まあ、今のところ二人。一人はわかんねえけど、もう一人は確実にいける」

 もう見付けたのか、こいつ。
「ま、二人ともすぐに落とすから安心しろよ」相変わらず自信過剰な岩片は、そう言って俺に笑いかけてきた。流石、隙有らば男漁りをしてるだけある。
 あまり褒めたくはないが、こういうことに対しての無駄な積極性とかは尊敬してしまう。

「名前はわかってんのか?」
「一人はな」
「どんなやつ?」
「うーんと、なんて言ったらいいかな。普通のやつだよ」

 よっぽど特徴がないのか、言葉に詰まる岩片に俺は「普通?」と聞き返す。

「そ、普通。あーなんて言えばいいかわかんねえ」

 岩片がここまで悩むのも珍しい。
 胸を反らすように大きく背凭れにもたれ掛かった岩片はそのまま動きを止め、「あ、そうだ」と声を漏らした。

「なんなら、今から会いに行くか」

 そう思い付いたように提案する岩片は、言いながらむくりと起き上がる。

「今から?場所わかんのか?」
「丁度飯時だし食堂にいるだろ。それに、これ返そうと思ってたところだったし」

 言いながら岩片が制服のポケットから取り出したのは、今朝クラスメートの男子生徒から取り上げていた携帯ゲーム機だった。

 ◆ ◆ ◆

 学生寮・食堂。
 時間が時間だからか、食堂内は私服制服の生徒で賑わっている。
 さっさと夕食を取った俺たちは、岩片のいう親衛隊候補の生徒を探すことに専念した。
 やはり色々な意味で目立つ岩片と行動をすると突き刺さる視線が痛く感じたが、今に始まったことではない。それに、恐らく視線には別の理由もあるだろう。
 とにかく、さっさとそのクラスメートと接触して場所を移動した方がいいかもしれない。
 思いながら俺は岩片の言うクラスメートを探すが、それらしき生徒は見当たらない。
 岩片曰く普通の生徒というのだが場所が場所だからか、どこを見ても髪の色がカラフルだったり普通そうなやつがいてもどこかしら改造制服やら派手な私服やらで完全に普通と呼べるようなやつはいない。

「なあ岩片、他に特徴とかさぁ……」

 あまりの見つからなさに空腹が限界に近付いてきた俺はそう岩片の後ろ姿に声を掛けようとしたときだ。不意に、側を通りかかった生徒に肩をぶつけてしまう。

「あ、わり……」

 そして、慌てて振り向きその生徒に声をかけようとすれば、次の瞬間ガランガランの音を立てなにかが床の上に落ちた。
 どうやらぶつかった拍子に生徒の手から持っていた空の食器離れたようだ。
 幸い衝撃に強い素材だったようで壊れはしなかったが、それでも足を止めずにはいられない。

「あっ、ご、ごめんなさいっ」

 そう情けない声を上げながらわたわたとその場に座り込むその気が弱そうな生徒。
 俺の足元に転がっていた食器を拾い上げた俺は、「はい」と言いながらそれを男子生徒に渡す。

「あっありがとうございます……って、あれ、尾張君?」

 全ての食器を拾い上げ、そう恐る恐る俺を見上げてくるその生徒はこっちを見るなり少し驚いたような顔をした。
「どういたしまして」そう微笑み返した俺が『誰だっけこいつ』と見覚えがない男子生徒の記憶を呼び起こそうとしたときだ。

「おい、なにやってんだよハジメ……って、ああっ」

 いつまで経ってもやってこない俺が気になったのか、近付いてきた岩片は俺の側にいるその男子生徒を見るなりそう声を上げる。
 次はなんなんだ。
 そう騒ぐ岩片の方に目を向けたとき、側の男子生徒はやってくる岩片を見るなり「ひぃっ」と声を上げる。
 お互いに顔を合わせ反応する二人に、俺は直感でこの薄い顔の男子生徒が親衛隊候補だと理解した。

「じゃ……じゃあ、俺はこれで」
「ハジメ!そいつだそいつ!さっさと取っ捕まえろ!」

 見事に二人の声が重なる。
 危険を察知したのか、そそくさと逃げ出そうとする男子生徒。
 出来ることなら一生徒のために見逃して上げたいが、岩片から命令が入った今それはできない。
「わかったからでけー声出すなって」そう岩片を叱りつけながら俺は逃げ出す直前の男子生徒の腕を掴んだ。

「……ッ」

 咄嗟に、男子生徒の方から小さな舌打ちが聞こえてくる。
 そして、そのまま掴んだ腕を振り払われそうになった。細身な見た目に比べて結構力が強い。けど、力比べなら俺の方が上だ。
 必死に抜け出そうとする骨っぽい手首を掴んだまま一気に捻り上げれば、男子生徒が小さく呻き声を漏らす。

「わりーけどさ、ちょっといいかな。こいつが話あるんだってよ」

「すぐ終わるからさ、な?」もう片方の腕を後ろ手に掴み、完全に男子生徒を拘束した俺はなんだか申し訳なくなりながらもそう笑みを浮かべた。

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