馬鹿ばっか


 23

「岩片……」
「出たなこの不潔もじゃ……っ!」

 なんつータイミングだ。
 どんな顔をすればいいのか分からず、きっとやつから見た俺はさぞかし滑稽な顔にしてたに違いない。
 けれど、岩片の態度はあくまでいつもと変わらない。噛み付いてくる神楽のことなど纏わり付いてくる子犬かなにかと思っている様子で。

「通路、塞がれると邪魔なんだけど」
「はあ?アンタの部屋こっちじゃないんだろーが、こっちは調査済なんだっての!」
「なら調査不足だな、やり直してこい」

「え」と思ったときには遅かった。俺の元までやってきた岩片に肩を掴まれる。なにするんだ、と振り払うよりと先に俺を扉の奥、自室へと押し込んだ岩片はそのまま俺の部屋に入ってきやがる。

「って、な……!おい、お前……っ」

 目の前で閉められる扉。岩片は後ろ手に手慣れた手付きで施錠までしやがった。この間三十秒もなかった。
 扉の外からは『おい!なにやってんだよ!出てこいもじゃ!』と神楽の声とともにドンドンと勢いよく叩かれる。

「……はぁ。あいつ、キャンキャンうるせーな」
「っ、……お前、言ってることとやってること無茶苦茶だろ……っ!」
「言っただろ。……スマートな押しかけは基本だって」

 いけしゃあしゃあとそんなことを言い出す岩片に頭が痛くなる。どこまでも人のことをコケにしなきゃ落ち着かないのか、こいつは。

「ふざけ……っ」

 ふざけんなよ、とやつの胸倉を掴むよりも先に、伸びてきた手に額に触れられ、ぎょっとする。髪に絡めるように触れるその指もまだ、目の前に迫るやつの顔に、思い出したくもないことまで思い出してしまい思考が停止するのだ。

「有人たちにやられた傷は」
「……っ、触るな」
「痛むのか?」

 違う、そう素直に答えるのも癪だった。
 こんな時ばかり心配するような優しいふりをしてくる。そうすれば、俺が喜ぶと思ってるのだ。だからこそ余計、素直になることはできなかった。

「……今更、お前に関係ないだろ」
「ある」

 即答だった。凍り付く俺を無視して、やつは俺の髪を掻き分けるように頭を撫でてくるのだ。やめろ、と必死に岩片を引き剥がそうとするが、クソ、コイツどこから力出してんだ。びくともしねえ。

「っやめろ、触るな……」
「ここ、腫れてるな。熱も持ってる。お前のことだ、未来屋にごちゃごちゃ言われたくねーから顔出してねえんだろ。精々冷やしたくらいか」
「……っ、だったら何だよ、俺の勝手だろ」

 殴られた頭部を触れられ、体が反応しそうになるのを堪えながら俺はなんとか岩片の腕を跳ね除ける。
「ああ、そうだな」と岩片。眼鏡の下、どんな表情しているかわからなかったがそこにいつものような笑みはないことはわかった。

「だから、これは俺の勝手だ」
「は……って、おい、勝手に上がんなよ……っ!」

 まるで自室みたいに部屋に上がり込む岩片。
 今はもう相部屋じゃないんだぞ、嫌がらせかこいつ。岩片は勝手に冷蔵庫の中を確認し、慌てて止めようとしていた俺をみた。

「風呂入ったのか。飯は?」
「は?……食ってねえ、けど……」
「だろうな。どうせなんの用意もしてねーんだろ」
「っ、いやつか勝手に人の冷蔵庫漁ってんなよ、おい……っ!」

「おい」と岩片の腕を掴んだとき、伸びてきた手に顎を掴まれる。それは一瞬の出来事だった。開きかけた唇に自分の唇を押し付けてくる岩片。ちゅ、と音を立て離れる唇。俺はあまりにも突拍子ないトンチキなこいつの行動を理解することができなかった。

「……うるせえ口だな。少しはおとなしくしろ」

 怒り心頭とはまさにこのことだろう。頭に血が登るのがわかった。けれど、言葉が出てこない。文句の一つや二つ、百つほど言えるのに、それなのに言葉は喉に突っかかってしまう。

「ふ、ざけ……んなよ……」

 かろうじて喉から絞り出した言葉に、岩片は笑った。
 あの腹立つほどの上から目線の笑みだ。

「……ま、一応瘡蓋にはなってるみたいだな。風呂入るんならお湯かかんねーようにしろよ」
「んなこと、お前に言われなくても……」
「ああそうかよ。じゃあこれも余計なお世話だったな」

 そう、テーブルの上、岩片はずっと腕にぶら下げていたビニール袋を雑に置く。ずっと気になっていた、けれど、その中に入ってるものを見た瞬間、思考が停止する。
 弁当に、薬だ。売店で買ってきたのか。なんで。……俺のために?

「……っ、なんだよ、それ。そんなもの、俺は頼んでなんか……」
「ああ、そうだな」

 腹立つ、腹立つ、調子を狂わされる。
 ムカつくのに、馬鹿にするなって言いたいのに、あの岩片が俺のためにわざわざこんなお使いみたいな真似してるってだけで酷く息苦しい。なんだこれ、ムカムカして、すげ……不愉快だ。

「っ……いらねえ、持って帰れよ」

 誰がお前なんかの世話になるか。そう念を込めて睨み返せば、こちらを向いた岩片は「じゃ、捨てろ」と手を上げた。そして、言いたいことだけいってそのまま部屋を出ていく。

「おい、岩片……っ!お前……っ!」

 待てよ、というよりも先に、岩片が扉を閉める方が早かった。扉前まで追いかけたが、わざわざ出ていくのもバカバカしくなって、俺は扉に鍵をかけた。

「……まじで、なんなんだよ、あいつ」

 飯を粗末にできるわけねえだろ。
 ……卑怯だ。わかってて、俺が断れねえようなところを狙ってくる。ずっと一緒にいたから俺の性格は俺よりも熟知しているはずだ、それが余計腹立つ。
 けれど、ご丁寧に俺の好きなものばっかり入ってる弁当見ると怒りも萎えていく。
 ぜってえありがとうって言わねえ。思いながら、俺は一人弁当を平らげた。

 何なんだよ、あいつは。もやもやとした気持ちのまま暫くあいつの立ち去ったあとを見ていたとき。

「いやー、王道君も不器用なんだな」
「のわっ!!」
「ぎゃふっ!ちょ、尾張脊髄反射で殴るのやめて!まじで危ねーから!」

 何ということだろうか、いつの間にか部屋に入り込んでいたらしい五条は俺の拳を間一髪避けたらしい。派手に尻もちつき、怯える五条だが怯えたいのはこちらの方だ。

「五条、お前いつから……つかどっから……!」
「いやー窓が開いてたから教えてやろうかと思ったんだがなんかいいところだったみたいだったんで隠れてたんだよ、カーテンに巻き付いて」
「不法侵入じゃねえか!」
「待った待った!気になったんだよ、俺も副会長様に捕まってたところを会長様に助けてもらってさー尾張が危ない目に遭ったって聞いてヒヤヒヤしたし!」

「ほ、ほら!俺も頭にたんこぶ!お揃い!」と慌てて自分の頭を指す五条。何がお揃いだお前と同じにするなとキレそうになるが、深呼吸。落ち着け。こんなやつ相手に取り乱すなんてらしくないぞ、俺。そうだ、深呼吸……。
 ……つか、元はと言えばこいつのせいじゃねえか

「う……これ以上にないくらい尾張の目が冷たい」
「お前だろ、能義にペラペラ余計なこと喋ったの」
「そんなわけないだろ!紙よりも口が軽い男と言われ続けてきた俺だけどそれは流石に心外だぞ!ただちょっと変な薬を飲まされて気付いたら副会長様もいなくなってただけで……」

 やっぱりお前じゃねえか!というか自白剤を飲ませる高校生がいるか普通、何者なんだよ……!

「お、尾張……?」
「……わかったよ、何言ったって起きたことは起きたことだしな」
「さっすが尾張!心もイケメンなんだな!」
「……やっぱ腹立つな」
「うわ、ごめんて!まじでこんなことになるなんて思わなかったんだよ、尾張許して……ぷるぷる」
「可愛くねえし口で言うな……」

 ツッコミ疲れのせいか、頭が痛くなってきた。
 九割この目の前の不法侵入眼鏡のせいであることには違いない。ズキズキと痛む頭を押さえれば、五条は「大丈夫か?!大丈夫か尾張!!」と心配してくる。声がでかい。

「さっき王道君から貰った薬使うか?」
「……いい。これくらいなら放っておけば治る」
「尾張……」
「つか、あんたいつまでここにいるんだよ。いい加減不法侵入で訴えるぞ」
「うわ、目が本気なんですけどこの子……!待て待て!すぐ帰るから!」
「……」

 普段なら五条の茶番に付き合ってられるのだろうが、今日いろいろあったせいか付き合う気になれなくて、そのままソファーに腰を下ろせば「尾張……」と五条が心配そうな顔をしてくる。

「本当に大丈夫なのか?怪我」
「大丈夫だって、聞いてたんだろ」
「そうだけど……」
「……アンタに心配されるとなんか嫌だな」
「え、な、なな、なんだよそれ……っ!」

 普段なら『弱ってる尾張激レアじゃん!激写激写!』とか騒いでそうなのに、五条にまで心配されるとかよっぽど凹んでるように見えるのか。俺は。もう少しちゃんとしないといけないなと思うが、自分ではわからないのだ。

「……そういや、能義が斡旋してた賭けはどうなったんだ?なくなりそうか?」
「……ん?ああ、それな。副会長の代理がいてそいつがまだ集金はしてるみたいだな。多分これは代理が潰れても代理の代理が用意されてるから無理だと思うぞ」
「……そうか」

 別に儲けさせるつもりは毛頭ないが、向こうも向こうでゴキブリ並にしつこいようだ。

「それじゃあ、俺はそろそろ戻るけどなんか用があったら天井2回叩けば降りてくるからな」
「いや帰れよ」
「一人で寝れるか?」
「帰れよ」
「う、尾張の塩対応……!!でもそういう尾張も俺は嫌いじゃねえし寧ろ推せる!!」
「窓は閉めて帰れよ」
「おう!尾張も施錠は気をつけてな!!」

 入ってきた窓から出ていく五条が出ていったのを見て速攻で窓を閉めて施錠する。そしてカーテンも締め切った俺の口からは大きなため息がつい出てしまう。……なんかどっと疲れたが、お陰で余計なことを考えずには済んだ。
 ……それにしても五条、あいつは誰の味方なのか。調子狂うな、あの眼鏡。

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