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普通なら、何言ってんだよ、そんなわけ無いだろ、と言えたかもしれない。
けれど、あんな見られたくもない場面を見られた今、どう取り繕うことも出来ない。
何を言ったところで全て自分の首を締めることになるのは容易に想像ついた。
「っか、ぐら……」
辛うじて絞り出した声は今にも死にそうなものだった。
いつもどうやってこいつを躱していたのかわからなくなる。
落ち着け、落ち着け。
そう思うのに、神楽と目が合うとそれだけで先程の場面が過り、熱が込み上がる。羞恥のあまり、やつの顔を直視し続けることはできなかった。
つい目を逸す俺に、神楽は大きな溜息を吐いた。
「正直、すっごいガッカリだよ……元君もさぁ……男なら結局なんだっていいってこと?」
「違う、あれは……誤解で……」
「じゃあ本当は嫌だったのぉ?嫌だったのに、無理矢理やられちゃったってこと?」
「……っ」
見も蓋もない、直球な問い掛けに顔にじわじわと熱が集まる。
正直認めたくなかった。
全部俺の油断のせいだと、そのせいで自分からあんな目に遭ったのだと、そう認めてしまえば本当にどんな顔をしたらいいのかわからなくなる。
「……っそれは……」
「それはぁ?」
「……っ……」
頷くべきだと分かっていた。そう、神楽の望む答えを口にすれば後からどうにだって神楽に口止めしてもらうこともできるはずだ。
それなのに、自分の最後の自尊心が邪魔をする。
恥ずかしい、情けない、悔しくて、それ以上に他人にあんな醜態を晒してしまったことが殊更受け入れることができなくて、口を開けるが言葉は出ない。押し黙る俺に、神楽はふっと目を細めた。
先程までの冷たい表情とは違う、憐れむような目。
なんだ、その顔は。
嫌な汗が滲み、離れようとしたときだ。伸びてきた手にふわりと背中から抱き締められる。
「っ……な……ぁ……」
「……ごめんねぇ、虐め過ぎちゃったねえ?元君。……そーだよねえ、辛いのは元君だよね。好きでもない子となんて……ねえ、そうなんでしょお?」
「神楽、離せ」と、慌てて引き離そうとするが、柔らかい指先とは裏腹に背中に回された腕は力強い。
腰を撫でられた瞬間、電流のような痺れが走り、息を飲む。
「……合意じゃないんだよね?」
そっと耳朶に触れた神楽は、そう唇を押し付けるように囁いてくる。直接鼓膜に流れるその声に、全身が泡立った。
不気味なほど優しく、甘い声。
否定すればどうなるかわからない。何を考えるよりも先に、俺は項垂れるように頷いた。
それが精一杯の意思表示だ。
その俺の返答に満足したらしい、神楽はぱっと俺から手を離した。そして、何事もなかったかのようにいつもと変わらない調子で続けるのだ。
「取り敢えず、着替えと……シャワー浴びた方がいいかもねえ?このままじゃ……流石にやばいよ。俺の部屋のシャワー貸してあげるから」
「……いい、流石に、そこまでは……」
なんとなく様子のおかしい神楽を見てしまったからか、あまり近付きたくないというのが本音だった。
咄嗟に離れようとした瞬間、痛みに似た疼きが下腹部に走り、慣れない痛みに蹌踉めきそうになる。そこを、神楽に抱き止められた。
「そんな状態でこのまま一人になる方が危ないと思うよお?」
「それなら、自分の部屋に……」
戻るから、と言いかけて、言葉を飲んだ。
岩片の顔が過る。あいつのことだ、部屋で俺の帰りを待ってる可能性だってある。
岩片から連絡が来てて、それを無視してしまったことを思い出して生きた心地がしなきった。
もし、こんな状態で部屋に戻ってそこを岩片と鉢合わせになってしまったとしたら。
昨夜のことを思い出し、全身から血の気が引く。
またあんな目に遭わされるとしたら、そう考えただけで全身の血が沸騰するように熱くなった。
何も言えなくなる俺に、神楽は馴れ馴れしく俺の肩を抱く。
「……安心して?流石に傷心の子に無理矢理手を出すようなほど落ちぶれちゃいから」
「……神楽」
「取り敢えず部屋まで行くよぉ、その後は鍵だけ貸すから。俺閉め出して部屋の内側から鍵掛ければ入ってこれないでしょー?」
「それなら大丈夫だよね?」と笑いかけてくる神楽。
正直、その提案に驚いた。確かにそれなら神楽と二人きりにならずに済むが、神楽からしてみればメリットなどないはずだ。
それに、悪用される可能性だってあるのだし。
……本当に、ただの善意なのか?
正直心の底から信用することはまだできなかったが、今の俺にとってそれは有り難い提案だった。
「わ……かった、悪い……面倒かけて」
「んーん、いいよお?俺尽くすの好きだし」
下心がないわけではないだろう。俺に恩を売るつもりなのか。
油断だけはするなよ、そう先程痛い目を見たばかりの自分に言い聞かせながら俺は一度神楽の部屋へと向かうことにする。
シャワーだけ浴びて、それから……すぐに帰ろう。
野辺のことも気になったが、これ以上岩片に連絡しないのは危ない気がした。
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