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能義の恐喝、いや、協力もあってか事はスムーズに進むことになる。演技のような真似事はやれと言われたら結構難しいもので、元の音声と繋げても違和感のないように声を吹き込むのは至難の技だったがなんとかなった。
それが完成する頃には既に昼を回っていた。
これなら政岡が何しても平気だ。
そこでようやく緊張の糸が切れたかのように安心することができた。
「尾張さん、ご苦労様でした。後のことは我々に任せて下さい」
言いながら、能義はテーブルの上、俺の前にアイスティーの入ったカップを置く。
あまり能義の用意したものにいい思い出のない俺は「ありがとな」だけいい、取り敢えずそれを受け取るだけに留めておいた。
生徒会室に残ってるのは俺と能義、それから役目を果たして抜け殻と化した五条だけだ。
五十嵐と神楽は作業の間、政岡たちの様子を見てくると言って生徒会室を出ていっている。
実質能義と二人きりなわけだが、以前のように不気味な印象がないのは協力してくれたからか。
「本当、お前らが居てくれて助かったよ。俺、パソコンとか機械とかそういうのからっきしだから」
「そうでしょうね。でもまあ、岩片さんなら卒なく熟しそうなイメージもあるんですけど」
「ああ……まああいつはそうだな、前は結構パソコンでゲームとかしてたときもあったけど……どうだろうな。でも、確かに得意そうだな」
岩片のことを出され、内心ギクリとしながら俺は動揺を悟られないように「それにメガネだしな」と笑いながら眼鏡を上げる真似をしてみる。
能義は「そうですね」と微笑む。
「……つかぬ事をお聞きしますが、貴方、岩片さんと何かあったんですか?」
「……えっ?!」
思わず声が裏返りそうになる。
「すごい声出ましたね」とおかしそうに笑う能義とは対象的にこっちは上手く笑うこともできなかった。
「いや、え、どうしたんだよ突然……別になんもねーけど……」
「そこまで露骨に反応されるとこちらとしても困るんですが」
「本当、なんもねえよ、まじで」
「そうですか?ならいいんですが、貴方はいつも岩片さんといることが多かったのでちょっと気になって」
「確かにそうかもしれないけど……」
基本ずっと一緒に行動することになっていたのだからそう思われても無理もないが、こんなに第三者に指摘されるなんて俺が分かりやすすぎるのか。
気をつけていたつもりだったが、指摘され何も言えなくなる。
「あの、ちょっと聞きたいんだけど」
「私に答えられることならどうぞ」
「…………能義って、五十嵐と幼馴染なんだよな」
「まあ、そうですね。とはいえ、腐れ縁のようなものですが」
「もし、もしだけど…………五十嵐がいきなり優しくなったらどうする?」
「………………………………気持ちの悪いことを言いますね」
「見てください、ここ、サブイボ立ちましたよ」と腕を出す能義の顔はまじで嫌そうだ。
そりゃそうだろう、確かにたとえ話だとしても薄気味悪いことを言ってしまったと反省する。
「つまり、岩片さんがいきなり尾張さんに優しくなったと」
「こ、これはその、例えばの話で……」
「大丈夫ですよ、貴方が真剣に悩んでいるのを茶化したり誰かに話したりするような真似はしませんので」
「……本当か?」
「本当ですよ、それに、貴方に相談されるなんてこれほど嬉しいことはありませんからね」
先程まで五条に鞭打っていた人間とは思えないほどの優しい言葉についうっかり騙されそうになるが、こいつは変態だ。しかし、真摯的なその言葉に嘘はないように思える。
「それにしても、貴方が悩むところが『優しくなった』というところが興味深い。普通なら、そこは喜ぶところじゃないんですか?」
「けど、今まであいつはそんな素振り全然なかったんだぞ。……余計不気味だし、何企んでんだよって感じでこえーし……」
「私からしてみれば、優しくもされないのに岩片さんと一緒にいる貴方の方が不思議で仕方ありません。……失礼ですが、貴方のような方と岩片さんは対象的ですし」
対象的。
確かに、好きなものも全く違うしあいつは俺がいいと思ったものも貶す。それは俺も同じだ。あいつが好きだというものを良いと思うことはあまりない。
けれど、能義の言ってる対象的という言葉には見た目の話も入ってるのだろう。
確かに俺も関わらなくて済んだのならもしかしたらあいつとは一生仲良くなることはなかったのかもしれないと思う。
「優しくされるのが不気味、ですか。それは、他の人に対してもそうなんですか?」
「……わかんねえ」
「では、私がこうして貴方に優しくしてるのも不気味だと思いますか」
「……不気味っていうか、能義のは、変な感じだ」
「変な、とは?」
「能義は多分、表情とか、顔とか目が優しいからあんま違和感ないってか……てか、前から結構俺には優しくしてくれたし」
岩片への違和感とどう違うのかと言われれば、能義は元々俺に優しくしてくれることはあった。酷い目にも遭わされたが。
けれど、他人への気遣いなどと無縁な岩片が似合わない優しさを発揮するとき、それは自分の手籠めにするときくらいだろう。それを知ってるからこそ、自分が今までどおり岩片の側に居られないという事実を突き付けられたみたいで、どうすればいいのかわからなくなるのだ。
能義は少し考えて、それから浅く息を吐く。
「……尾張さん、岩片さんのことが好きなんですか?」
「……は?!」
「ちょっと、声大きいですよ!」
「わ、悪い……」
咄嗟に謝るが、能義の爆弾発言が頭の中で反芻され、一気に全身の熱が上昇する。そんなはずがない、そう言いたいのに、声が出ない。
「そ、んな、わけ……ないだろ……はは……なんであんなやつ……」
「あまりこういうことは言いたくないんですが、好きでもない相手の態度が急変したところでそんなに意識しないと思うんですよね」
確かに、と納得しそうになり慌てて頭を振る。
「確かに、岩片のこと嫌いだったらわざわざここまで来ねえし、けど、好きとか、そんなんでは……」
「やはり岩片さんを追いかけて転校してきたのは貴方の方だったんですね、尾張さん」
「っい、いやでも、それは岩片に言われてであって、俺が自主的についてきたわけじゃないからな?!」
「………………それで、付き合ってないんですか」
そう口にする能義に先程までの笑みはない。
呆れ果てる能義の言葉に俺は自分がどんどん墓穴を掘っていっていることに気付き、後悔した。が、時既に遅し。
「それで?そんな友達以上恋人未満だった岩片さんが急に優しくなった?……本当に急だったんですか?兆しはなにもなかったと言えるんです?」
「っ、……な…………なくはないかもしれない……」
「岩片さんに抱かれたんですか?」
当たり前のようにサラリと尋ねられ、思わず聞き流してしまいそうになる。その言葉を理解した瞬間、ぶわりと全身の穴という穴から嫌な汗が溢れ出した。
バクバクと心臓が早鐘打つ。目の前が、赤くなる。
能義の目が、視線が、痛かった。
「抱かれたんですね」
「いっ、や、違…………」
「尾張さん、貴方もう少しポーカーフェイスを身に着けた方がいいですよ。……貴方がわかりやすすぎてこっちまで心配になります」
そう能義は長い脚を組む。軋む背もたれに、スプリング。制服からタバコを取り出した能義はそれを咥え、そして流れるような動作でそれに火を付けた。
それから、深く煙を吐く。その動作は溜息にも似ていた。
「の、能義……お前タバコ吸うのか……」
「意外ですか?……まあ、気分が優れないときにしか吸いませんが」
そう、こちらに煙を向けないように息を吐いた能義は自嘲的に笑う。つまりそれは俺が能義をイライラさせてるということか。何も言えなくなる。
俺は、本当にだめだ。能義にバレてしまうとは。恥ずかしさと情けなさ諸々で死にたくなるが、一周回って誰かに打ち明けれたことに安堵する自分もいた。重荷が取れたような、よくわからない感情だ。絶対によくないとはわかっていたが、この事実を一人で抱え、隠し通すには俺には重荷過ぎた。
「岩片さんに抱かれて、優しくされて、急に恋人扱いされることに戸惑いが隠せない……と。とんだ惚気話じゃありませんか」
「……頼む、それ以上言わないでくれ」
「尾張さん、耳まで真っ赤になってますよ」
「…………」
返す言葉もない。
恥ずかしさで能義の方を見ることもできなかった。
「貴方は何が不満なんですか?岩片さんとそういう関係になるのが嫌なら嫌だと言えばいいじゃありませんか。……それとも、望まないのに強要されてるのですか?」
確かに、確かにそうだ。
俺は岩片とそういう関係になることを望んでいない。岩片に他の玩具と同じように思われることが嫌だった。
「わからねえ……なんか、全部わかんねえ……」
「尾張さんって結構ポンコツなんですね」
「ぽ、ポンコツ……っ」
「もう少し賢い方だと思っていましたが、恋愛になると途端に馬鹿になってしまう。……男のことで頭がいっぱいになってしまうところは恋する乙女のようで可愛いと思いますよ」
心のない賛辞に、バカにされてるということはすぐに分かった。悔しくて、けどここでムキになるのも嫌で「そうだよ、俺は馬鹿だよ」と半ばやけくそに言い返せば、クスクスと能義は笑う。
「……なるほど、通りで会長の様子がおかしいと思ったらそういうことでしたか」
「……っ、なんで政岡が出てくるんだよ」
「いえ、恋する人間は同じような事を言うものだと思いまして」
「だから、別に俺は好きってわけじゃ……」
ねえし、と言い返そうとしたときだった。
タバコをテーブルに押し付け、火を消した能義はこちらを振り向いた。そして、華が咲いたように笑う。
「尾張さん、試しに私と寝てみませんか」
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