馬鹿ばっか


 37

モヤモヤした気分のまま時間が経過した頃…
部屋の中に携帯のバイブが響く。
ベッドの上、起き上がった俺はサイドボードに置いていた携帯を手に取った。
そこには、今朝登録したばかりの五十嵐の名前が表示されていた。
慌てて出れば、電話の向こうから『尾張か』と聞き覚えのある低い声が聞こえてくる。


「……五十嵐?どうした?」

『……能義から伝言だ。五条を捕まえた。生徒会室で保護してるから来い、とのことだ』


五十嵐の言葉に、俺はほっと胸を撫で下ろした。
というか、あれからまじで捕まえたのか。流石能義というわけか、すごい執念だ。
断る理由がなかった俺は「分かった、すぐに行く」とだけ伝え、電話切った。

出かけたまま、まだ戻らない岩片のことが気がかりだった。
取り敢えず、連絡だけ入れておくか。
『用事できたから出てくる』という旨のメッセージを岩片に送り、俺は脱ぎ捨てたままだった上着を羽織る。

五条には色々聞きたいことがある。
よし、と口の中で呟き、気持ちを入れ替えた俺はそのまま部屋を飛び出し、校舎にある生徒会まで走って向かった。


そしてやってきた生徒会室前。
扉を開けば、まず見えたのは五十嵐の背中だった。

開いた扉にゆっくりと振り返った五十嵐は、そこにいた俺の姿を見るなり「来たか」と呟く。
相変わらず散らかった生徒会室の中央、円を描くように乱雑に置かれた椅子に座っていた神楽は「元くーん、早かったねえ」と笑う。
そして、その隣。


「おや、来ましたか。待ってましたよ、尾張さん」


そう、長い脚を組み直す能義はひらりと手を振って見せた。
「おう」と返し、肝心の五条の姿が見えないことに不信感を抱いた矢先だった。聞こえてきたくぐもった声。
そして、どこからともなく鞭を取り出した能義は思いっきり座っていた椅子、否、五条を引っ叩いた。猿轡を噛まされた五条は今にも死にそうな、やはりくぐもった悲鳴を上げる。


「お、おい……どういう状況だよこれ……」


新手のプレイか、心なしか五条が喜んでるように見えるのが余計嫌だ。小声で五十嵐に尋ねれば、五十嵐は「見ての通りだ」と頷いた。なるほど、見ての通りか。


「尾張さん、五条が持っていたデータは全て消去させたのですが……どうやらこの男、余計なことをしたようですね」


言いながら、五条の首根っこを引っ張る能義。涼しい顔をしてるが相当の力が込められてる。やつの額に浮かぶ青筋に内心冷や汗流しつつ、俺は「余計なことって、どういうことだ」と聞き返す。


「もうすでに流出させてるんですよ。送信先はここのパソコン……会長補佐のあの二人に送ってるんですよこの男は……おまけに変わりになんです?この『結愛ちゃんと乃愛ちゃんの秘蔵プライベート写真』?はい?こんなもののために貴方はなんてことをしてくれたんですか」

「ん゛ぐぐぐゥッ!!」

「副かいちょーソレ以上はまじで死んじゃうから!落ち着いてー!」

「私の命令はろくに聞けないくせにあの顔だけぶりっこクソ性悪双子にはたかがしょうもないポロリもないjpegでホイホイ言うことを聞くとは……聞いて呆れますね」


双子、というとあいつらか。
会長補佐のあの二人に手渡ったとなると、政岡に渡るのも時間の問題だ。冷や汗が流れる。


「っ、俺、双子に会ってくる……」

「それはお勧めできませんね」

「……どうして」

「恐らく貴方が行ったところで後の祭りです。あの鬼畜外道双子は政岡のことになると無駄な行動力を発揮します、流出は時間の問題です」


何も言い返せなかった。
それは、頭の片隅で危惧していたことでもあった。可能性としては考えていたが、最悪の展開だ。
押し黙る俺に、能義は華のように微笑む。


「それよりも、私にいい案があります」


薄い唇が歪む。
その笑みは蠱惑的でもあり、不気味でもあった。


「私たちも流出させるんですよ。同じものを。まあ、前後を少し弄れば問題はないです。会長の元にあるデータが切り抜きだと分れば良いんです。そうすれば、なかったことにできる。まあ、そのためには貴方の協力が不可欠ですが……どうでしょうか?」

「勿論、協力する」


寧ろ、それだけで良いのかという気持ちもあった。
恐らく俺一人では技術的にも難しい話ではあるが、能義たちがいる。てっきりとんでもないことを言い出さないかと身構えていただけに、珍しくまともな提案してくる能義に申し訳なさすら覚える。
「五条、貴方には今までサボった分まで仕事してもらいますよ」そう、能義は鞭で床を打つ。恐ろしい程鞭が似合う男だ。その音だけで反応する五条は俺が来るまでの間にかなり絞られたように見える。こいつについて深く追求することはやめ、俺は能義の話を詳しく聞くことにした。

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