馬鹿ばっか


 39

「寝る、って……」


口にして、自分がとんでもないこと言われてることに気づく。咄嗟に能義から逃げようと腰を浮かせたとき、それよりも先に肩を抱かれ、思いっきり抱き寄せられる。
距離が近い。ふわりと淡い甘い香りがして、不覚にもドキリとしてしまう自分をぶん殴りたい。


「そうですね、岩片さんとしたことと同じことを私とすれば、また原因もわかるんじゃないでしょうか。……貴方が意識してるのが岩片さんだからなのか、それとも同性相手との性行為に戸惑っているのか。それさえ分ればまだ接しやすくなるのではないですか?」


「なるほど……って、だからって、それはおかしいだろ……!!」


能義に冷静に語り掛けられると、妙な説得力に流されてしまいそうになる。
昨夜のこと思い出し、言葉にし難い熱がぶわりと溢れ出す。あんな、あんな死にそうなほど恥ずかしい真似を能義ともすると考えたら、頭がどうにかなりそうになる。
未遂ではあるが似たようなことを能義にされたことはあるが、それとこれとはまた別問題である。


「おかしい、ですか……。まあ、無理強いはしませんよ。このままずっと恋だの愛だの思春期らしい悩みを抱えて悶々とする尾張さんを見てるのも面白いですしね」

「……お前、やっぱ面白がってんじゃねーか」

「ふふ、すみません、貴方の反応が可愛くて……不思議とからかいたくなるんですよ。けど、力になりたいという気持ちに偽りはありません。まあ、尾張さん、貴方さえ良ければ……という話ではありますが」


肩を抱く指先が、するりと首筋をなぞる。その艶めかしい動きに、全身が震えた。
「やめろ」と、能義の手を掴めば、能義は「おや」と笑う。


「やはり、岩片さん以外に触られるのは嫌ですか」

「嫌ってか、俺は、そういう趣味じゃないから……」

「嫌だ?」


優しく尋ねられ、ついつられて頷いてしまう。
正直、俺でもわからない。男相手なんて、と思っていたのに、実際昨夜だってそう思っていた。
けれど、最中はずっと男同士云々っていうことよりも岩片に抱かれてるという事実ばかりがこびりついていた。
岩片との関係が変わることに対する恐怖と、嫌悪感以上の快感にわけわからなくなっていたのも事実で。
……色々思い出して死にそうになる。


「……尾張さん、すごい顔になってますよ」

「……っ、まじか……」

「ええ、一人百面相みたいですね。……随分と重症みたいですね」

「……なんか、俺、もう駄目なんだ、昨日からすげー変なんだよ。……ずっと同じことばっか考えて、その度自分で嫌になって……」

「貴方のような方が弱音を吐くなんて相当ですね」

「女々しいって自分でも思うんだけど、周りに言えるやつがいなくて……」

「そこで私を選んだのは正しい判断ですよ、尾張さん」


実はちょっと後悔しつつもあるんだが、そう嬉しそうに笑う能義になんとなく胸がざわつく。……嫌な予感がした。


「私と最後までするのは嫌なんですよね。でしたら、触れるだけで試してみますか」

「は?触れる……?」

「ですから、こうやって触れるんですよ」


そう言って、能義は俺の掌に手を重ねてくる。人の体温を孕んだその感触に驚いて、ぎょっと目を開けば、やつは「大丈夫です、変なところは触らないので」と笑う。


「でも、これって……」

「貴方の話を聞いたところ、岩片さんとの関係が変わることへの戸惑いもありますが、やはりその大部分は『接触行為』に不慣れなこともその戸惑いを余計助長してるところがあると思うんですよ」

「ま、まあ……そうなのか……?」

「ええ、ですから本当は一発ヤッとくのが手っ取り早いんですが貴方は相当ウブな方のようなので……こうやって人の体温に慣れていくのが一番いいかと」


するりと指を絡め取られ、そのまま握り締められる。その感触に、手を握り締められてるだけだというのに恐ろしく全身が緊張した。以前までは『鬱陶しい』と思っていただけのスキンシップが意図を孕んで絡み付いてくるのが分かるからか、嫌な汗が流れる。


「能義、これ……っ」

「逃げては駄目ですよ。……まずは慣れることが大事ですので」

「んなこと、言われても……っ」

「嫌ですか?」

「嫌ってか、なんか、ぞわぞわする……」

「それだけですか?」

「……手が熱い」

「そうですね。……尾張さんは元々体温高い方みたいですね。……掌、汗ばじんでますね。緊張してるんですか?」

「っ、しないわけないだろ……こんなこと……」


指摘され、恥ずかしくなって「つか、言うなよ」と睨めば能義は「すみません、つい」と悪びれた様子もなく笑う。


「おや……手首、どうされたんですか?怪我してるようですが……」


不意に、袖口から覗いた手首の包帯に気づいた能義は不思議そうに尋ねてくる。内心ギクリとした。


「っ、これは……ちょっと、捻って……」

「両手首をですか?器用な方ですね」


咄嗟に誤魔化してはみるが、能義がそれを信じたかどうかはわからない。包帯の上からそっと撫でられた瞬間、型が震えた。直接触られたわけではないのに、傷が完全に癒えてないそこは少しの刺激でもピリッとした痛みに変換されるのだ。
「やめてくれ」と、手を動かして離れようとしたら「ああ、すみません」と能義は手を離す。


「……そうですか、怪我、してるんですね。……両手首が痛むのでは、日常生活なかなか不便ではありませんか?」

「……まあ、別に、死ぬほど痛いってわけでもないから…」

「そうですか」


そう答える能義。
離れた手にホッとしたときだった。今度はするりと腿を撫でられ、俺は能義を見た。


「触れるだけ、とは言いましたが手だけだとは言ってませんからね」


「大丈夫ですよ、変なところは触らないので」そう笑う能義は、俺が何かを言い返すよりも先に内腿へと手を下ろしていく。
変なところは触らないとは言うが、これのどこが変なところじゃないのか。
言い返したかったが、これくらいで意識されてると思われるのも嫌だった。ぐっと堪え、俺は息を吐いた。
確かに、心臓が煩いが、大分能義の手に慣れてきた……気がしないでもない。
要は慣れろということか。
癪ではあるが、慣れるというのには相手の存在が必要不可欠である。……本当に癪ではあるが。
俺は、なるべく意識しないように能義から顔を逸した。

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