馬鹿ばっか


 33

「案外脆いものですね」

「絶対後から怒られるやつじゃん……俺一応止めたからねえ」

「何を言ってるんですか、一蓮托生ですよ。私と貴方たちの中でしょう、一人だけ助かろうなどと笑止」

「ええ?!理不尽すぎでしょ!!」


神楽には同情するが、もしかしなくてもその「貴方たち」というのには俺が含まれてるわけじゃないよな?能義がニコッと笑いかけてくるのが不気味すぎる。

というわけで、俺達は新聞部の部室へと侵入する。
相変わらずそこには、写真集や書類、その他各部員たちの私物らしきもので溢れかえり雑多な空間が広がっていた。

そしてその奥。


「どこへ行こうとしてるのですか、五条」


見覚えのある男、いや、利己主義クソ守銭奴眼鏡が大きな風呂敷を抱えて天井裏へ梯子で逃げようとしてるところだった。

そしてやつは、現れた俺達……その先頭に立つ能義を見て露骨に青ざめた。


「ふっ、副会長様……」

「なにやら楽しそうなことをしてるようですねえ、五条。私にも教えてくれませんか」

「ええーと、なんのことですかね?」

「何をとぼけてるんです?あるんでしょう、私の命令よりも大切で優先させなきゃいけないほど楽しい事が」

「いやーあはは、そんなこと全然、寧ろどこかに楽しい事ないかなー!なんて!」

「そうか?さっきは随分と面白そうなことを言っていたよなぁ、『これがあれば副会長に……』とかなんとか」


指摘すれば、五条の表情が引き攣る。そして、表情筋を無理矢理動かしたような笑みを浮かべてみせた。


「聞き間違いじゃねえの?」

「聞き間違いなわけあるか!さっきの音声を渡せ!こっちはもう全部生徒会の連中にはネタバラシしてるから何企んでても無駄だぞ!」

「そうですよ、今大人しくデータを渡してくれれば顔面鉄槌で勘弁してあげますよ」



その妥協はなんなんだ。というか妥協なのかそれは。
「ふくかいちょーの顔面グーパンのお陰で整形することになった子いっぱいいるんだよー!手っ取り早く整形できてオススメだよー!」とか野次飛ばす神楽に末恐ろしくなる。


「確かにそれは魅力的なお誘いですけど、すみませんね副会長、俺にも譲れないものがあるんですよ……!」


譲れないもの?
その言葉に引っ掛かったときだ、五条が上着から何かを取り出し、それを床に思いっきり投げつける。
瞬間、何かが破裂するような音ともに辺りに夥しい量の白い煙が充満する。


「煙……?!」

「チッ!……逃しませんよ!!」


「あっ、ちょ、ふくかいちょー!」


瞬く間に真っ白に染まる煙に包まれた部室内、下手に動こうものなら棚や机にぶつかりそうになるのにも関わらず、能義は浮かぶ五条の影を追ったようだ。

俺も後を追わなければ、と梯子を探すが、見当たらない。


「ふくかいちょー?元くーん?どこー?!」


バタバタと天井裏から聞こえてくる二つの足音はあっという間に遠くなっていく。とにかくこのままでは埒が明かないと判断し、俺は窓を開けに行こうとした。瞬間、背中に何かが触れる。


「っ、おわ!」

「この声、元君だぁ」


言いながら抱き締められ、「おい!」と咄嗟に引き剥がした。


「待って待って!本当何も見えないからさぁ、掴むくらい許してよー!」

「何言ってんだよ、机でも掴んどけばいいだろ」

「あれぇ?元君冷たくなった?前まで優しかったのにさぁ……」


冷たい冷たくない以前にまだ俺は神楽にされたことを忘れたわけでも許したわけでもない。
今となっては後の祭りみたいなところあるが、だからこそ余計他人に触れられることに過敏になってるのかもしれない。


「いいからそこから動くなよ。今換気してこの煙どうにかするから」

「はぁーい……」

「……」


わざとらしく落ち込んだ声出す神楽。なんだかまるで俺が虐めてるようで引っかかったが、大人しくしてくれるならそれに越したことではない。
手探りで壁を探りつつ、なるべく慎重に足を進めていく。この部屋は散らかり放題で床になにがあるか分からない。
転ばないようにしなければ、と思いながら手を動かせば、指先に壁らしき感触が触れた。
よしきた、と蟹歩きになりながら窓を探そうとしたとき、横にあった机らしき物体に思いっきりぶつかり、「うっ」と声が漏れる。


「なんか今いたそーな声聞こえたけど大丈夫ぅ?」

「だ……大丈夫だ……」

「ならいいけど、それにしても五条のやつ完全に荷造りしてたねえ、逃げる気満々でしょあれ」

「……そうだな、能義のやつ、一人で大丈夫だろうか」

「ええ?元君ふくかいちょーの心配してんのぉ?そんなのいらないって、あの人、逃した獲物は絶対に捕まえる人だよぉ?寧ろ、五条がちゃんと生きて戻ってこれるかの方が心配だしねえ」

「……」


確かに、とあの気迫と般若のような表情を思い出す。能義からは何が何でも捕まえてやるという念というか殺気があった。
けれど相手はあの五条だ。こんな煙玉のようなものを持ってる五条のことだ、逃げることに関してはこいつも一級だ。


「……それにしても、窓ねえな」

「え?元君、この部屋最初から窓ないよぉ?……もしかして窓探してたのぉ?」

「……え」

「あははっ、元君ってたまに抜けてるよねえ。あ、俺ドア開けてくるよぉ」


もっと早く教えてくれ……。
一人間抜けな格好でひたすら窓探してたかと思うと顔が熱くなる。
この煙のお陰で神楽に顔が見られないことだけが救いだった。

そして、今までの時間はなんだったのか、神楽が扉を大きく開けたお陰で部屋に溜まっていた煙は薄れていく。
あれだけ真っ白だったそこには先程までと変わらないごった返した空間が広がっていた。
違うことといえば、部屋の中央、その床の上に落ちた梯子と、その真上部分、一部天井板が外された穴ぐらいか。

本当に忍者屋敷かよ、ここは。
俺は梯子を拾い上げ、天井裏へといけないか試みてみるが、能義が駆け上がったせいだろうか、大きくひび割れ、欠けたその穴にはきちんと梯子がかけられなくなっていた。


「うーん、机持ってくるか」

「まさか追いかけるのぉ?やめときなよ、天井裏って汚いよぉ、五条のことはふくかいちょーに任せてた方がいいって。……それよりも、俺達にはやらないといけないことがあるでしょー?」

「……やらないといけないこと?」

「そうそう、万が一、データが流出したときのことだよぉ」


神楽に指摘され、思わず青褪める。
そんなこと、あってはならない。嫌な想像してしまい、血の気が引いた。そんな俺を見て神楽は笑った。


「俺さぁ、いいこと思いついちゃったんだよねえ」

「なんだよさっきからニヤニヤと……勿体ぶるなってば」

「ふふ、元君も聞きたい?俺の天才的アイデア!」


その発言がちょっと頭悪そうだが、聞いといて損はないだろう。猫にも手が借りたいというのはこのことを言うのかもしれない。俺は、まさに猫のように笑う神楽に頷き返す。
よしよし、と満足そうに頷き、神楽は俺の耳元に唇を寄せる。


「もしもかいちょーに好きって言ってる音声が出てもー、こうしたらいいんだよ」

「だから、その肝心な部分を……」


「俺ともスキャンダル流せばいいんだよ」


伸びてきた手が腰に回され、そのままぐっと抱き寄せられる。丁度神楽の話を聞こうと体勢をとっていた俺はバランスを崩しそうになり、慌てて近くの壁に手をついた。


「神楽、何馬鹿なこと言って……」

「えー?俺はちょー真剣なのになぁ、だってそうでしょ?俺ともいい感じになってたらかいちょーの噂なんてどーでも良くなっちゃうって絶対」


「名案じゃない?」と、耳に息を吹き掛けられ、全身が泡立つ。
こいつ、薄々気付いていたが前回から何も学んじゃいねえし反省もしてねえ。
「いい加減にしろ」と神楽の腕を引き剥がそうと掴めば、柔らかい感触が耳朶に触れる。そのまま生暖かい舌をぬるりと這わされ、堪らず「神楽!」と声を荒げた。


「やだやだ、ちょっとそんなに本気で怒んなくていいじゃん……ジョーダンだってば、半分」


だとしたら、もう半分はなんなんだ。
強引に神楽を引き剥がせば、神楽は「ごめんね」と少しだけしゅんとした。


「本当は元君には優しくしたいんだけどねえ、かいちょーばっか贔屓するんだもん。正直、俺妬いてるんだよお?……本気で元君がかいちょーのこと好きにならない可能性だってないわけだしね」

「……ならねえよ、心配しなくても」


そもそも、俺が好きなのは女の子だ。柔らかくて、花のようにふんわりとした、少なくとも政岡のように筋肉の塊のような俺よりでかい男は恋愛対象ではない……はずだ。
それに、好き嫌い以前に、俺にはあいつが何考えてるか分からなくなっていた。


「……元君」

「けど、まあ、確かに……神楽のアイデアは使えるかもしれないな」


神楽は極端だったが、発想を変えれば全く使えないものでもない。信憑性か。確かに、他の人間の好意を向けなかった相手が特定の相手にのみ好意的な発言をしたとなればそれは特別な意味合いを感じる。
けれど、逆に、日頃から周りの人間に好意的な言動を繰り返していたとなると、たった一つの言葉でも軽いものになる。
他のメンバーを勝たせるということはしたくないが、五条のデータが偽装だということを晴らすことができなければ最悪その手段もあるわけだ。……本当に最終手段ではあるが。

俺の言葉に、ぱっと表情を明るくした神楽は「でしょでしょー?」と嬉しそうに抱き着いてくる。俺はそれを引き剥がし、一旦部室から出ることにした。

五条のことは能義に回し、俺は、一度教室に戻ることにした。
これ以上は岩片に変な勘繰りを入れられると判断したからだ。それに、政岡の行動も気掛かりだった。
岩片には一番政岡とのことを知られたくなかった。
万が一のことを考え、岩片にも手を打っておかなければならないな。
そうあれやこれやと考えてはみるが、どう足掻いても最悪の展開しか見えてこないのだから気分が晴れるわけがなかった。

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