馬鹿ばっか


 32

「……なんというか、まあ、そんなことだろうとは思いましたが……厄介ですね」


神楽から話を聞いた能義はそう溜息を吐く。
正直、俺の立場では何を言い返すこともできない。能義の視線がチクチクと痛む。


「悪かった、まさか盗み聞きされるとは思ってなかったんだ」


おまけにそれを録音だなんて。今思えば、あの場面を五条に見られてたと思うと生きた心地がしない。


「……恐らく五条のことです、加工してそれらしく偽装してくることでしょうね」

「そんなもの皆に見せつけられたらさぁ、面倒だよねえ。事情知ってる俺達ならまだしも」

「う……」

「厄介ごとの種は早めに摘み取るに越したことはありません。……それに、あの男はここ最近調子に乗ってますからね、私の命令をすっぽかしてどこかに消えたりと……」


「ああ、思い出しただけで腹が立ってきました」と能義。
確かに、と一時期五条が姿を消していたときのことを思い出す。用事があるという置き手紙だけを残していなくなった五条。そのあと色々あって、それどころではなくなっていたが、その裏で五条が何をしていたのかも気がかりだった。
それにしても、能義の頼み事もほったらしていたというのはなかなか意外だ。五条は生徒会役員の中でも、勿論生徒会長補佐のあの性悪凶暴双子が一番のお気に入りだろうが、それでも二人を除いた中ではもっとも繋がりがあるのは能義だと思っていた。そんな能義よりも優先させたとなると、やはりあの双子絡みか?


「まあいいじゃんそんなの、直接あの変態眼鏡君に聞けばさぁ」

「そうだな。……新聞部部室か、場所、あんま覚えてねーんだよな」

「それなら案内しますよ」

「おう、悪いな」


というわけで、能義の案内とともに新聞部部室まで向かうことになったのだけれど……。
向かってる途中、携帯端末が震え出す。驚いて、慌てて取り出せばそこには岩片の名前が表示されていた。それを見て、少しだけ緊張する。
携帯手にして立ち止まる俺に「出ないのですか?」と能義に聞かれた。
無視して気付いていないフリをするという選択肢もあったが、また昨日のようにキレられたら堪ったものではない。俺は少しだけ躊躇ったあと、その電話に出る


「……もしもし」

『お前今どこ?』


第一声がこれだよ。「学校の中」とだけ言えば、岩片はへえ、とさして興味もなさそうに返事をする。機嫌が悪そうなわけではない。声からして、なんとなく、という感じなのだろう。


『お前さ、今日教室こないつもりか?』

「……いや、一応顔を出す予定だ。ちょっと今腹の調子が悪いから、少し休んでいく」


ベタすぎたか?と思ったが、電話の向こう側の岩片は意外なことにそれをすんなりと受け入れるのだ。


『そうだな、昨夜あんなに中に出してやったんだ。……腹も下すわな』


なんて、笑う岩片に俺は言葉に詰まる。
せっかく忘れようと思ったのに、張本人から掘り返され、収まりかけていた熱が一気に広がる。
こいつ、他人事だと思いやがって。腸が煮え繰り返そうになる。ぐっと堪え「そういうことだから」と一方的に通話を切った。


「おや、尾張さんお腹の調子が悪いんですか?」

「……ちげーよ、嘘に決まってんだろ」


とは言ったものの、体に違和感あることは違いない。微熱のような状態が続き、下腹部がまだ何か入ってるようなそんな気持ち悪い感覚が残っていた。せっかく気にしないようにと務めていたのに、これも全部岩片のせいだ。

……それにしても、なんだったんだあいつ、わざわざあんなセクハラするために電話掛けてきたのか?
少しは心配するような発言が出るかと期待した俺が馬鹿だった、思い返すだけでムカムカしてくる。


それからしばらくして、ようやく辿り着いた。
部室棟にある新聞部部室前。
相変わらず他とは違う陰気臭い空気が漂っている。
能義は「行きましょうか」と俺達に声をかけ、そして先陣を切る。
そして部室の扉に手を掛けた能義は、「おや?」と訝しげに眉を潜めた。


「あの男……いっちょ前に鍵を掛けるなんてマネをして……」


余程不快だったようだ。舌打ちをする能義は、次の瞬間鉄製のその扉を思いっきり蹴る。べこっと音を立て大きく凹む扉を見て、俺と神楽はぎょっとする。


「五条!そこにいるのはわかってますよ!今すぐ出てきなさい!さもなくばここに火を付けてキャンプファイヤーしますよ!!!」

「ちょっ、それ俺らも巻き添え食らうやつじゃん!!ふくかいちょー落ち着いて落ち着いてぇー!!」


ガンガンと扉を殴る能義を羽交い締めにして必死に宥める神楽。この男ならば本気でやりかねないのが恐ろしい。
……それにしても。能義を扉から離した神楽を一瞥し、俺はそっと扉に触れる。すげえキック力だ。思いっきり扉ひん曲がってるし……と呆れながら手を伸ばせば、どうやら鍵の部分が壊れてしまってるようだ。歪な音を立てながらも、扉は完全に外れる。もともと古いのか、簡易的な鍵なのか、専門的な知識のない俺は何もわからなかったが唯一、能義を怒らせたくはねえなと思った。

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