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まさか待ち伏せしてたのか。タイミングに驚き、身構えるが、政岡は俺の反応に気づき、慌てて手を離す。そして、
「っあの、昨日は……悪かった。……その、手荒な真似をして……」
まるで叱られた犬みたいな顔をする政岡。
どうやら、本当に悪かったと思ってるようだ。
正直、予想外だった。もしかしたら逆上される可能性も考えていただけに、本当にただ俺を止めたかっただけなのだと思うと、出鼻挫かれたような気分になる。
けど、そういう反応されると、どうすればいいのかわからなくなる。おまけに、昨日の今日だ。
「……っ、別に……もう、気にしてねーから……」
「でも……」
「大丈夫だって言ってるだろ」
今は、政岡の顔を見たくなかった。見られたくもなかった。離れたい、そう思えば思うほど語気が強くなってしまい、政岡の表情が変わる。しまった、と思ったときには遅かった。
「……何かあったのか?」
その低い声に、ギクリと全身が強張る。
何もないから、と逃げようとするよりも先に、政岡に手首を掴まれた。
「い……ッ」
包帯越し、掴まれる手首に鋭い痛みが走る。両手首のそれに、政岡の目の色が変わった。
「……なんだよこれ」
「っ、それは……その、あれだ、寝違えて……」
「昨日はここに怪我してなかったよな」
「……っ」
ひくりと喉が震える。先程までの萎縮した政岡は何処へ。目の前にいるのはどう見ても、この学園の生徒を束ね、頂点に君臨する政岡零児だった。
誤魔化そうとするが、政岡に睨まれると頭が真っ白になり余計何も出てこなくて。言葉に詰まる俺に、政岡の眉間がピクリと反応する。
「……あの野郎か」
言うな否や俺の横を通り過ぎ、岩片の方へと向かおうとする政岡に、咄嗟に俺はやつの腕を掴んだ。「おい!」とか「待て!」とか、そんなベタな引き止め文句しか出てこなかったが、なんでもいい、これ以上面倒なことになるのは御免だ。
「やめろ、少し落ち着けって……!!」
それにしても本当こいつ力だけは馬鹿みてーにある。全体重掛けて引き留めようとその腕にしがみつくが、それでも振り解けされそうになるのだ。それでも構うものかとやつのネクタイを引っ張れば、政岡はこちらを振り返る。その顔は怒りというよりも、呆れの色が滲んでいて。
「……っおい、尾張、離せよ……大体なんでお前が止めるんだよ……っおかしいだろ!」
「可笑しくは……っ、ない……」
真正面から問いかけられると、つい言葉が淀んでしまう。
そうおかしくはないはずだ、確かに岩片はムカつくやつだけど、俺はあいつの親衛隊隊長であり、それは以前と変わらない。あいつに危害加えようとするやつがいれば、変わらず止めるのが俺の役目だ。自分に言い聞かせるように問いかける。
けれど、政岡がそれにはいそうですかと納得してくれるようなやつなら最初から苦労はしない。
「……っ、お前、あいつに弱みでも握られてんのか?そこまでして止める理由なんて……」
そう言いかけて、政岡は、ハッとする。途切れる声。なんだ?とその視線の先を確認しようとした矢先だった。伸びてきた手に、肩を掴まれる。え、と思うよりも先に、壁に体を押し付けられた。
「っ、ちょ、おい、やめ……ッ!」
ただでさえ本調子ではない現状。政岡に力勝負で勝つ自信はない。ネクタイを緩められ、首元のボタンを引きちぎる勢いでシャツを脱がされる。まじか、と焦る暇もなかった。
上半身、全開になったシャツを大きく剥かれれば、昨夜の岩片の手の痕やらなんやらがもろに政岡の眼前に晒されるわけで。
「……っ、見るな……ッ!」
心臓が、痛いほど脈打つ。変な汗が滲む。政岡の視線が全身に絡みつき、離れない。俺は、恐ろしさのあまり政岡の顔を確認することはできなかった。
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