馬鹿ばっか


 25

いつの間にかに気絶していたようだ。
全身は鉛のように固くなり、そして腰に力が入らない。手首は楽になっていたので手錠を外してくれたようだ。
後半の記憶はあやふやだが、昨夜何があったのかは全てこの俺の優秀な脳が記録してくれていた。

正直、目を覚ますのが怖かった。
なにより、どんな顔をして岩片に会えばいいのかわからなかった。
それ以上に、隣でごそごそ何か動く気配してるのだ。あのもじゃもじゃで間違いないだろう。なおさら、起きれない。仕方ない、もう一度眠ろう。そうすればもしかしたら全部夢の可能性だって……。

そこまで思考した矢先、額に何か触れる。
さわさわと前髪を避けられ、瞼越し、やつの気配が近くなるのが分かった。
これは、なんだ、な、撫でられてるのか……?
バクバクと一気に鼓動は跳ね上がる。
なんだ、こいつ、何してるんだよ……。寝たフリでやり過ごそうにもやり過ごせない案件に戸惑っていたときだ。 

ぎゅっと鼻頭を摘まれる。


「んが……っ」

「寝たふりしてんじゃねえ。瞼動いてる、下手すぎかよ」



聞こえてきたのは、岩片の声だった。目を開ければ、もう既に着替えてる岩片がそこにいた。目が合えば、岩片は「間抜けヅラ」と笑う。心臓が大きく跳ねた。俺は、声の出し方を一瞬忘れてしまい、咄嗟に誤魔化すために岩片に背中を向け、布団をかぶる。
けれどすぐにそれも剥がされた。


「なんだよ、おはようも言えねーのか?ああ……声出しすぎて枯れてんのか」

「……ちっ……げえよ……」


なんでこいつ、いつも通りなんだよ。
嫌味なところまでいつもどおりじゃないか。……機嫌悪いようには見えない、寧ろ機嫌いいところが余計ムカつくし、なんだ。こいつ。本当なんなんだ。


「起きたんならさっさと準備しろ」

「……言われなくてもするから」

「言わねえと処女喪失の余韻に浸ってんだろ」

「……だ、れが……」


処女喪失、と言いかけて、脳裏に昨夜の色々が蘇り、俺は言葉を返す代わりにベッドから逃げる。
駄目だ、本当に駄目だ、今日は駄目だ。何してても思い出して、まともな顔ができない。岩片からすれば何十人抱いた相手の内の一人かも知れないが、俺は、初めてであるわけで、寧ろないなら一生経験しなくてもいいことを経験したわけで……。ぐるぐる思考が巡る。だったらなんだ、俺は、岩片に優しくしてほしいって思ってるのか?それこそ馬鹿馬鹿しい。生娘じゃあるまいし。

岩片の顔を見てるとムカついてくるので、俺は着替え持って洗面所へと移動する。
気付けば、服も昨夜のものとは違う。体も、汚れていない。気絶したあと、岩片がしてくれたのだろうか……?そう考えれば、顔から耳にかけて熱が広がる。……いやいやいや、記憶がないだけで俺が自分で風呂に入った可能性もあるわけだ。そうだ、その説もある。

ちらりと手首の痕を見る。包帯が巻かれている。綺麗な巻き方。……これは、俺じゃないな。


「……」


記憶が途切れる直前、岩片が、俺のこと好きだって言ったのが耳に残ってる。けれど、実感が持てない。だってそうだろう、あいつはあの調子だし、そもそも、岩片が俺のこと好きとか言うのおかしくないか?
あいつ、俺なんか今まで全然興味なかったくせに、なんだよいきなり、こんなタイミングで……。
そもそも俺が都合のいいように聞き間違えしただけの可能性だってある。岩片が俺のこと好きというよりもよっぽど信憑性が高い。
……忘れよう。あいつだっていつも通りなんだし、俺がいつまで経ってもこんな調子じゃ駄目だ。
ケツ掘られた事実は変わらないが、これ以上ずるずる引き摺りたくない。……とは頭では理解してるんだけどな。


服を着替える。服を脱いだときはなるべく鏡を視界にいれないようにした。
制服に着替え、部屋へと戻れば岩片が偉そうにソファーでふんぞり返りながらテレビ見ていた。こいつ、朝ご飯食う前からお菓子食ってんじゃねーよ。思いながら、「行くぞ」とリモコンを取ろうとしたときだ。
「ん」とこちらを見ようともせずリモコンに手を伸ばした岩片に、手を掴まれる。


「……ッ!」


触れ合う指の感触に全身が跳ね上がり、俺は咄嗟にリモコンから手を引いた。
きょとんとしていた岩片だったが、それも束の間、その口元に厭な笑みが浮かぶ。


「……ハジメ君さぁ、意識しすぎ。それじゃ、何あったかバレバレだから」

「……それは……」


「別に、俺のこと好きじゃねーんなら蚊に刺されたとでも思えばいいだろ。妊娠するわけでもねえし」


正直に言おう、岩片の言葉はクズだけども最もだ。今俺には必要な言葉だ。けれど、けれどだ、昨夜散々あんだけ人のケツを勝手に使ったやつにこんなことを言われて平静でいられるやつがいたらいてほしい。
でもまあ、岩片の言葉にしっくりきた俺もいたのも事実だ。こいつが俺のこと好きなんて言うはずがない。腑に落ちる。あれはきっと俺の幻聴だ。


「……そうだな、蚊に刺されたとでも思っとくよ」


馬鹿馬鹿しい。何を必死こいて俺は一人でテンパってたのか。
胸の奥にあった蟠りのようなものが、 一気にすっと引いていくのを感じた。

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