馬鹿ばっか


 18

「ッ、ぅ、ん……ッ」


肉厚の舌が唇を這う。顔を逸らそうとするが、がっちりと固定された顎は動かない。嫌悪感よりも、強い怒りがこみ上げる。まるで政岡に騙されたような、そんなショックすら覚えた。


「っ、お前、ふざけ……っん、ぅんんッ」


そんなに俺を邪魔したいのか、陥れたいのか、岩片をこけにしたいのか。唇を重ねられ、吸われ、噛まれ、割入ってくる舌先に唇の薄皮を舐められれば、ゾクゾクと体が震えた。


「ふ……ッぅ……」


突き飛ばしたいのに、密接した体勢ではろくに力が出せなかった。人に助けを求めればいい。恥なんて言ってる場合ではない。すぐ数メートル先には人が歩いてる。助けを求めればいい、分かってても、口ごと塞がれている今どうしようもなくて。
歯列、それから上顎、喉奥その舌の根を舌先で強引に撫でられれば頭が真っ白になる。


「……っ、お前が、好きなんだよ」 


「……あいつのところに、行かせたくない」薄暗い路地裏に低い声が響く。
重々しく吐き出されたその言葉に反応するよりも先に、体を抱き締められた。肩口、押し当てられる政岡の顔。

茫然自失。
俺は、動くことも、何かを答えることもできなかった。

そして改めて好きだ、と言うその政岡の言葉がすとんと頭に落ちてきたとき、顔が熱くなった。込み上げてくるのは、怒りにもよく似たものだった。



「そう言えば、俺が喜ぶって思ったのかよ……」


聞きたくなかった。
こんなタイミングで、そんな、計ったような言葉を。


「尾張……」

「離せ!」

「……ッ、嫌だ、離したくねえ……離したら、行くんだろ、あいつんところ」

「っ、て、め……ッンんッ!」


何度目かのキスは貪り食うようなものだった。
開いた口に捩じ込まれる舌に息が詰まりそうにかる。子供みたいな駄々とは裏腹に、そのキスはただ力任せなものではなかった。


「ふ、ぅ……ッ、む、ぅ……ッ!」


絡み取られる舌を根本から舌先までねっとりと舐られれば、頭の芯までじんと甘く痺れる。自然と拳に力が入ったとき、政岡の手が重ねられる。すりすりと手の甲、指の谷間を撫でられ、ぎゅっと手のひらを重ねられた。手のひらに気を取られたとき、「尾張」と名前を呼ばれる。


「……、尾張、尾張……っ」


頭がおかしくなりそうだった。脇腹を撫でられ、逃げる腰を更に抱き寄せられ、またキスされる。力が、入らない。抵抗しないといけないのに、なんで。


「……好きだ、尾張」


こいつのが苦しそうな顔してるんだ。


「……っ、ふざけんな……」

「お、尾張……」

「何が好きだよ、バッカみてぇ……俺のこと、なんも知らないくせに、よくも……そんな、こと……」


正直ムカついた。ムカついて仕方なかった。どうしてこいつは俺の邪魔ばかり、俺がしたいようにさせてくれないのかと思うと感情の波がどっと溢れて、どうしようもなく情けなくなって、遣る瀬なくて。声が、震える。


「……おわ、り……」


そのとき、政岡の手が確かに一瞬緩んだ。俺は、その隙を狙って思いっきり政岡の足を踏み、そして、その鼻柱に思いっきり拳を叩き込んだ。鈍い音ともに、もろにそれを食らった政岡は顔を抑える。手が離れたのを確認し、俺は、間を縫うようにすり抜ける。


「ッ、……尾張ッ!」


落ちていた携帯拾い、走り出す。政岡の声が聞こえてきたが、俺はそれを振り払うように走り出した。フォームもクソもない、縺れた足を無理矢理動かすような無様な走りだ。それでもいい。今はいち早く政岡から逃げ出したかった。
こいつといると、俺が俺でいれなくなる。
それが何よりも恐ろしかった。

ずっと、手にした携帯は震えていた。岩片からだと分かっていたが、出ることは出来なかった。

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