馬鹿ばっか


 17

肉詰め込んで、俺が完食する頃、政岡も皿のものを平らげグラスも空にしていた。
気まずさが勝るこの空気だが、俺は時計を確認し予定よりも少し早く食べ終わることが出来たのにホッとした。

席を立ち、支払い済ませようとレジへ向かおうとすれば、政岡が財布から取り出した万札を無造作にトレーに置いていた。


「あの、俺の分……」

「別にいらねーよ。最初から俺が誘ったんだし」


お釣りを貰うなり、さっさと店から出ようとする政岡。
奢ってもらえるなんて思ってもいなかっただけに、余計申し訳なくなる。せめて、ステーキの分はと思うが、政岡は「いらねえ」と言って頑なに受け取らない。


「……ありがとう」

「……」


無視かよ、と思ったけど、寧ろ反応なくて良かったのかもしれない。
こちらを見ようともしない政岡に、このまま嫌われた方が楽なのかもしれないなんて思えた。
政岡は良いやつだと思う。だから、余計、騙したり振り回したりすることに抵抗を感じる。狡猾で、馬鹿みたいに真っ直ぐなやつとは思うけど、それでも、相手を知れば知るほど上手く立ち回れない。
自分勝手だとは思うが、俺は今までこうしてきたのだ。

ゲームなんて、するもんじゃないな。なんて、思いながら、店を出た俺は店の横、裏通りに繋がる小道へと引っ込む。静かな場所でタクシーを呼ぼうと端末を取り出したときだった。
端末を取り出した手を、いきなり背後から掴まれる。


「っ、何……」


背後から抱き締められるような体勢に、驚いた。薄暗い通路の中、政岡の表情は陰り、よく見えない。慌てて離れようとするが、強い力、体重を掛けるように背後から覆い被されれば、上手く動きが取れなくて。


「っ、政…………ッん、ぅ……ッ」


いきなり顎を掴まれたかと思うと、無理矢理唇を重ねられる。いきなりのことで、頭が動かなかった。完全に、油断していた。政岡に背中を見せたこと、無防備に電話を掛けようとしたこと、いくらいいやつであろうが俺はこの男が誰なのかを忘れていたのかもしれない。


「ッ、は、ふ……ッ」


思いっきり、やつの唇に噛みつく。けれど、血の味が広がるばかりで、政岡は俺を離さない。それどころか腕の拘束は強くなり、気が付けば壁際へと追い込まれていた。


「っ、ぅ、……ん……ッ!」


こんなこと、してる場合ではないのに。時間が、一分一秒も勿体無いと思うこのタイミングで、こんな。
唇の薄皮ごと嬲られ、太い舌を根本まで挿入されれば目の前が、霞む。抵抗しなければと思うのに、不意打ちであれ、完全に羽交い締めにされ、その舌を受け入ることしかできなかった。口を閉じようとするにも、歯を突き立てようとするにしろ、舌根まで挿入されれば顎が閉じれないのだ。


「……っ、お前を、あいつのところに行かせたくない」


ぼんやりと霞む頭の中、吐息混じり、政岡の声が低く響いた。
あいつが誰なのかは分かった。
岩片だ。やっぱり政岡は岩片だと思ってるのだ。


「っ、だから、違うって言って……ッ」

「便所で、岩片のやつと電話してだろ」

「……ッ、な、んで……」


知って、と言い掛けて、言葉を飲んだ。
聞いていたのか、ずっと。扉の向こうで、やり取りを。
そう思うと、政岡の様子がおかしかったのも頷ける。
俺の嘘も、全部、気付いていて騙されたフリをしていたのか。
そう理解した瞬間、目の前が、眩む。

政岡の顔を見れなかった。自分がどんな顔をしてるのかも、分かりたくない。


「ッ、離せよ……ッ!」


咄嗟に、端末を握る腕を振り回し、政岡に肘鉄を食らわせようとするが、逆に腕を捻り上げられてしまう。痛みに指から力が抜け、端末が音を立て地面に落ちた。
拾おうと思うが、体を捻ることすらできなかった。


「離さねえよ……っ、離すわけねーだろ……。……なんで、お前があんなやつのために我慢しなきゃなんねーんだよ……」

「っ、政岡……テメェ……ッ」

「……っ、俺は、お前を助けたい」


「助けたいんだよ、あいつから」と、口にする政岡。
助けるとか、助けないとか、別に、俺はそんなことを望んでいない。望んでいないのに。あいつは。


「……そんな辛そうな顔したやつをこのまま帰せるかよ」


そう言って、俺を抱き締めるのだ。
何を勘違いしてるのだ、俺は、確かに岩片の我儘さにはうんざりしてたしムカつくとは思っていたけど、そんなこと、望んでいない。寧ろ、こんな風に同情されることが何よりも屈辱的で、俺は思いっきり政岡を突き飛ばす。

固い胸板の感触、それでも、ほんの一瞬生じた隙を狙って逃げ出そうとしたが、敵わなかった。俺よりも、政岡の方が上手だったのだ。

伸びてきた腕に行く先を塞がれる。避けて逃げることも出来た、けれど、その威圧感に、ほんの一瞬の判断が遅れた。


「ッ、……ん……ぅ……ッ!!」


胸ぐらを掴まれ、唇を、塞がれる。壁に押し付けられ、何度も角度を変え、咥内を舐られる。


足元で、端末のディスプレイが光っていた。岩片からの着信だ。
時刻は既に、岩片に言われていた30分を過ぎていた。

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