馬鹿ばっか


 12

「テメェ、尾張元か?!オイ同室者はどこに居るんだよ!今すぐ連れてこい!」


こんな面倒な連中に絡まられるなんて冗談じゃない、と思っていたがどうやら奴らが用があるのは俺ではなく岩片の方らしい。
一先ずほっとするが、だとすると問題は他に出てくる。


「やー……あいつ最近部屋に戻ってきてないんでちょっと分かんないですねー。どこ行ってんのかな、はは」

「テメェ耳腐れてんのか、連れてこいっつってんだよ。連絡先ぐらい分かってんだろ、携帯出せやコラ!」


言うなりいきなり胸倉掴まれ、怒鳴り掛かられる。唾が掛かりそうな至近距離。
適当に笑ってその場を濁そう作戦失敗。
これは話が通じなさそうだ。
というか、本当あいつ何やってんだよ。こんなゴツいのに目を付けられてるなんて。


「いやー俺ちょっと今携帯壊れてて使えないんすよねー。力になりたいのは山々なんですけどね」

「見え透いた嘘吐いてんじゃねえよ。テメェ使って放送室から呼び出してもいいんだぜ、こっちは」

「おっと、それは聞き捨てならないね。放送室を私用で使うのは校則で禁止してるはずだが……」


そう、元凶でもある寒椿が俺と不良の間に割って入ってきたときだった。一人の不良が寒椿の手を振り払い、掴み掛かる。


「うるせぇな、こっちはお話中なんだよ!くねくねくねくねしやがって気持ちわりーんだよこの貧弱ナルシスト野郎!引っ込んでろ!」


どよ、と青褪める周りの不良たちは「おい、馬鹿っ」と慌てて不良を止めようとするが遅かった。目の前で思いっきりその不良は寒椿の顔面を殴った。正しくは殴りかかったが、間一髪、寒椿はそれを避けた。が。


「……誰がなんだって?」


ぎり、と不良の手首を掴んだ寒椿はにっこりと微笑んだ。次の瞬間、容赦の無いアッパーが不良の顎先に叩き込まれる。耳を塞ぎたくなるような音が響く。そのまま、不良は床の上に仰向けに倒れた。
打ちどころが悪かったのか、白目剥いてそのままピクピク痙攣してる。


「言っておくけど、先に手を出したのは『君たち』だよ。……だったらここから先は正当防衛。何をされても良いですって認識で間違っていないね?」


失神した不良を足蹴し、寒椿は笑いながら腕まくりをする。青褪める他の不良たちをゆっくりと見回すこの目には見覚えがあった。野辺だ。あいつがどいつから甚振ろうかと獲物を選ぶときと同じ目をしている。


「い、今のはこいつが勝手に……」

「集団での恫喝も同罪じゃないのかい?それとも、自分の仲間を見捨てて保身に走るのか。……美しくないな」

「ひ、ィ!」


言いながら、寒椿は逃げようとしていた一人の不良の腕を掴み上げる。ワキワキと手を動かしていた寒椿と青褪める不良が見てられなくて、俺は寒椿を止めることにした。


「おい!……こいつら謝ってるからもういいだろ、やめとけって」


それに、後から逆恨みされて付き纏われても面倒だ。
敵意がない相手をいたぶったところで要らぬ遺恨ができるだけだ。
寒椿は少しだけ驚いたように目を丸くし、それから華のように笑った。


「……どうやら、今回の姫は野蛮なものがお好みではないようだ。……気を付けないといけないな」


とうとう姫に昇任してしまった……。
けれど、寒椿も一応は俺の意を組んでくれたようだ。不良から手を離し、寒椿はひらひらと手を振った。


「……彼に感謝しなよ。それと、君たちの全員の顔は覚えておいたからね。……次何かあれば……そうだな、女の子にしてあげるよ。そうしたら男子校から共学になっちゃうけど、まあ……いいよね」


「う、うわああぁ!!」


逃げるようにその場から駆け出す不良たち。あの厳つい連中が女の子になってるのも見たい気がするが、冗談にしては笑えない。
気絶していた不良も一緒に連れ行ってもらえたようだ。
ようやく無人になった通路で、俺はようやくほっと息を吐いた。


「大丈夫?……随分と顔色が悪いようだけど……」

「大丈夫……なんかドッと疲れがきただけだから。……つーか、あんた、結構喧嘩とか……するんだな」

「君を護るためなら僕はなんでもするよ。……怖い思いをさせたことは謝るけどね」


一度、寒椿には俺の姿はどう目に映ってるのか見てみたい。
適当にはぐらかされた感はあるが、あの咄嗟の動きにしては迷いのないパンチ。それなりに経験がないとあの判断は出来ないはずだ。
やけに綺麗な顔をしたなよなよ男だと思っていたが、袖を捲くった下の腕は筋肉がしっかりとついているし、自分のものと見比べて見てもそれほど差はない……どころか寒椿の方が骨格ががっしりしてることに気付き、衝撃を受ける。


「……どうしたんだい?やっぱりどこかまだ……」

「いや、なんでもない。少し意外でさ。……それよりも、ありがとな。……その、まあ、助けてくれて」


元はと言えば寒椿が突っ込んで行って俺のことをバラしたせいで事が大きくなった感もあるが、なんであれ助けてもらったのは事実だ。一応、こうしてあの邪魔だった連中も退散出来たわけだし。


「こんなことお安い御用だよ。……それよりも、常闇の彼はなんであんなに追われてたのだろうね」



一瞬なんのことだと思ったがどうやら岩片のことを言ってるようだ。というか何故分かった俺。段々寒椿の思考に似通ってきたのか。本当に勘弁してほしい。
が、寒椿の疑問も最もだ。
気になったが……さっきの様子からして、どうやらまた何かを企んでるのは一目瞭然だ。
……俺に、なんの相談もしないということは、別に俺が心配する必要はないということだ。……そう言い聞かせてはみるものの、無視することもできない。


「寒椿……あの、聞きたいことがあるんだけど……今日って、風紀室、誰かいるのか?」

「大抵日中は委員長が駐在してるよ。すぐに駆け付けることが出来るよう、いつでも竹刀で素振りしてるしね」


暇かよあの眼鏡。


「じゃあ、今日も?」

「そうじゃないかな?僕は普段は見回り担当だからね。風紀室の状況は把握していないけど最後顔出したときは野辺ともう二人、委員の子がいたよ。野辺のシャドーボクシングにサンドバッグとして付き合ってたよ」


それは止めてやれよ。


「……そう、か……」


けれど、なんとなく見えてきた気がする。岩片が何をしていたのか。
あいつが野辺とこそこそ会ってることは知ってたけれど、こうして第三者に確認を取らないといけないということが情けない。
俺はあいつのこと何も分かっていないんだと認めてしまうようで悔しいが、そんなことを悩んでる暇もなかった。


「寒椿、今日はありがとう。……それじゃ、俺、戻るわ」

「あぁ、また何かあったらいつでも呼んでくれて構わないからね。……一人で眠れなければ添い寝もしよう。これ、僕の連絡先だよ」

「ど、どーも……」


「よい夢を、姫君」と、寒椿は恭しく頭を下げ、その場を立ち去った。
意図せぬ形であいつの連絡先を手に入れてしまったが、何かに使えるはずだ。
俺はそれを一応、念のため、万が一何かあった時用に連絡先として登録した。

部屋の中は相変わらず散らかったままだった。岩片の姿もありゃしない。

一人になってようやく、頭が冷静になってきたと思ったら今度は岩片に対してムカムカしてきた。
五十嵐も、五十嵐だ。なんだ、あいつら、なんだ。
別に仲間はずれにされたからって臍を曲げるわけではない。けれど、俺にどうとしたからって何が楽しいんだ。目的は生徒会の賭けを邪魔することだろう。
それなのに、あいつら。
思い出しただけで、頭に血が昇る。顔が、肌がひりつくように熱くなるのが分かった。

……何がしたいんだよ。そんなに俺が政岡と話してたのが気に入らなかったのかよ。
考えたところであいつのことが理解できるとはツユほど思ってないが、それでも聞かずにはいられなかった。
素直に言いたいことがあるなら言ってくれと言えればいいのだろうけれど、岩片を前にすると言葉も何も浮かばなくなる。考えていたものすら全部、掻き消される。

疲れてるのだろう、色々あったせいで。
俺は、風呂で汗を流し少しだけ、仮眠を取ることにした。

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