馬鹿ばっか


 11

どうしてこうもさっさと帰りたいときに限って次から次へとやってくるのだろうか。
おとなしく誰にも会わずに帰りたいと願うからか、そうなのか。
……しかし、宮藤にはなんの罪もない。


「マサミちゃん、何、どーしたの?」

「いや、どうってわけじゃないんだがな……岩片に会わなかったか?」

「会ったっていえば、会ったけど……」


また厄介ごと押し付けられるのだろうかと思ったが、どうやら違うみたいだ。
思い出したくないことまで思い出してしまい若干テンションが下がるが、宮藤はそんなことお構いなしに「本当か?!」と俺の肩を掴んできた。


「わっ、ちょ、マサミちゃん……」

「お、悪い、なあどこで会ったんだ?」

「ふ……風紀室だけど……もうどっか行ってると思うぞ」

「そうか!ありがとな、尾張!」


余程尻尾が掴めなかったのか。神出鬼没なやつには俺も困らされたことがあるので、宮藤には同情した。
が、それよりも気になることがあった。


「あの……岩片がどうかしたのか?」


教室では岩片の無断欠席も気にしていなかったというのに、今になって探すという宮藤の行動からして嫌な予感しかしないが……。
宮藤は少しだけ困ったようにボリボリと頭を掻き、それから俺をみた。


「あーいや、なんつーか、そうだな……ちょっと面倒なそとになってるみたいでなぁ」

「面倒?」


いつものことじゃないのか、と言い掛けて、言葉を飲む。普段から腰の重い宮藤を立ち上がらせるまでの面倒ごととなると、マジで面倒臭そうだ。冷や汗が滲む。


「まあ、見たらわかると思うが岩片に会ったら自室にはまだ戻るなよって伝えといてな」

「……りょーかい」


というわけで、口にするのも憚れる程面倒なのか、宮藤はそれだけを言えば風紀室に向って走り出す。
宮藤が走ってるところ、初めて見た……。
が、そんなことに感動してる場合ではない。
部屋に帰ってさっさと休みたい俺は、宮藤の不穏な言葉の真偽を確かめるために自室へと戻ることにした。
相変わらずくせーしきたねーしゴミが散らかった学生寮内通路。
今日は一段と酷かった。


「あー……」


ゴミだけならまだいい。無視するか避ければいい話だ。けれど、今俺達の部屋の前にいるのは明らかに人の形をしたそれだ。
扉の真ん前にたむろして煙草吸っては辺りに吸い殻を散乱させるそいつらに、正直俺は頭が痛くなってきた。
どう見ても話が通じなさそうな感じの連中だしなんだよこれ、岩片どころかこれじゃ俺も戻れねーだろ。
正直誰とも顔を合わせたくない俺にとって、これ以上にない難関でしかない。おまけに、腕力で突破しようにもこの人数じゃ一筋縄にはいかないだろう……。
どうしたものかと考えていたときだ。


「随分と憂いてるようだけど、どうしたんだい?子鹿ちゃん」

「おわッ!!」


いきなり項をすぅっとなぞられ、飛び上がりそうになる。というか実際二センチくらい飛んだ気すらする。
慌てて振り返れば、そこには甘いマスクの金髪碧眼の優男もとい風紀副委員長様がそこにはいた。


「かっ、かん、寒椿……ッ!!」

「嬉しいな、僕の名前を覚えてくれたんだね。けれど、どうせ呼ばれるのなら下の名前を呼んでほしいな。僕の名前は深雪だよ……み・ゆ・き、さぁ、その可愛い唇で呼んでくれ」


こいつの戯言はともかくだ、何故こいつがここにいるのか分からず目を白黒させていると俺の思案を汲み取ったようだ。寒椿は「野辺ならいないよ」と俺が問いかけるよりも先に答えてくる。


「え」

「僕といるときに他の男のことを考えるのはショックだけど、そうだね、ここにいるのは僕と君だけ。二人きりというわけさ」


「どうだい?」と詰め寄ってくる寒椿から三歩後退る。
どうもこうもないだろ。
そもそもあそこにいる吹き溜まりは人数にいれていないのか。


「な、なぁ……なんでここにいるんだ?」

「それは君の匂いが……」

「そういうのじゃなくてさ、もしかして……あれもあんたの仕業か?」


考えたところで寒椿の考えを理解出来る日はこない。
俺は単刀直入に聞いてみることにした。自室の扉の前、座り込んでは騒いでる輩を指差せば、寒椿は「んー」と悲しそうに眉根を寄せる。


「……君は僕とあの輩が繋がっているとでも思ってるのかい?だとしたら心外だな。僕の繊細なハートが傷付いてしまいそうだよ。君も彼と同じことを言うんだね」

「彼……?」

「宮藤ティーチャーだよ。ティーチャーも僕に『またお前らか?!他の生徒から苦情がめっちゃ入ってんだが?!』って掴みかかってきたんだ……ああ、僕がそんなことをするはずがないのに……君も、君もそうなのかい?僕がそんなことをするような人間に見えるというのかい?」


そう目をうるうるさせる寒椿だが全くもって可愛くない。

……が、嘘はついていないようだ。鬱陶しいので俺は「わかった、信じる信じる」と寒椿を引き剥がした。


「……でも、だとしたらあいつらは余計なんなんだよ……」

「あそこは君の鳥かごなのかい?」


部屋って言え。


「ああ、けど……あの始末だよ。疲れたからさっさと帰ってきたのに……」

「そうか……それは災難だったね」


一人や二人ならともかく、数十人もいれば諦めるしかない。ここまで無駄足だったが、仕方ない。未来屋のような変態臭い医者がいる保健室には世話になりたくなかったが、あそこに頼るしかないようだ。
そう考えたときだった。
いつの間にかに、隣にいた寒椿の影がなくなっていた。

そして、


「そこの君たち、ラウンジ以外でのたむろ行為は校則十四条で禁止されてるはずだろう。加えて通行の阻害、部屋の前に居座る行為は特定の生徒の他生徒に対する嫌がらせと受け取っても構わないだろうね」


気が付けば、寒椿は数十人はいるそいつらに向って啖呵切ってるではないか。
まじかあいつ、とド肝抜かれそうになるのも束の間。


「あぁ?なんだよお前……って、ゲッ、風紀の金髪の方の変態野郎だ!!」


現れた寒椿の姿に、別の意味で連中は怯を現していた。……やはり変態で罷り通ってたのか。
そんなことに納得するのも束の間。寒椿がわざわざこうして発破掛けてくれたということは、自分が囮になってる間に部屋に入れということだろうか。ありがとう、寒椿。セリフの大半何言ってっかわからねえけどありがとう。そのままどうか頑張ってくれと心の中で応援したとき。


「あ゛あ?!俺らがどこで何してようが勝手だろうがよ!!いつ誰が困ったつっーんだよ!!」

「そこの可憐な小兎ちゃんだよ」


コソコソと騒ぎに乗じて部屋に戻ろうとしていた俺は突然寒椿に指差され、停止する。
もうこの際小兎が子鹿かどちらか統一しろだとは野暮なことは言わない、言わないが、これだけは言わせてくれ。

お前本当は俺のこと嫌いだろ?

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