馬鹿ばっか


 10

「ッ、じょ、うだんじゃねえ……ッ!」


辛うじて、応える。
このままでは確実に道を踏み外す、そう悟った俺は防衛本能のままに声を上げた。

五十嵐はそんな俺を見て、ふっと鼻で笑う。
「そうか」と、興味深そうに口にするやつの目が何よりも嫌で嫌で堪らなくて、俺は、「離せよ」ともう一度五十嵐の腕を引き剥がそうとする。
しかし、離れない。がっしりとホールドされた身体は、ちょっとやそっとじゃ離れない。それどころか余計抱き寄せらるではないか。


「俺は、これくらいで『堕ちた』なんて思わないぞ。その気になったらいつでも相手してやる」


耳朶に寄せられる唇に、掛けられた言葉に、怒り諸々を飛び抜けて呆けた顔をした俺はそのまま五十嵐を見上げる。
五十嵐がなんの相手のことを話しているのか分かり、次の瞬間、顔が焼けるように熱くなる。
俺は、五十嵐の肩を思いっきり殴った。

この学園はまともなやつはいないと思っていたが、こいつもこいつだ。まともそうな顔をして、中身は岩片レベルのドスケベ野郎じゃないか。

五十嵐の腕から逃げた俺はそのまま走り出す。
逃げないとやばい。五十嵐もだが、俺がだ。
前々から、場の空気に流されてしまう感じはあった。女の子に「好きだ」と言われたら、前までは特に気にしてなかった子が急に可愛く見えてきたり、「リーダーはお前だ」と言われればやる気になってきたり。
そしてなんだ?今度は「脱処女させてやろうか?」と囁かれれば「じゃあ頼むわ」ってなるのか?冗談ではない。
自分の顔面を思いっきり引っ叩く。痛い。じんじんと痺れる頬を抑えながら、俺は、五十嵐が追いかけてきていないことを確認した。

あの男のことだ、もしかしたら俺がノコノコ戻ってくるなんていう訳のわからない自信を持ってるかもしれない。
そう考えた今になってムカムカしてきた。


「……最っ悪だ」


シャツの前を閉めながら、息を吐く。
俺は、認めたくないが、残念ながら身体は正直なようだ。
下着の中の嫌な違和感を感じながら、一旦トイレに逃げ込むことにした。

下着は汚れるし岩片はあんな調子だし、五十嵐はいけ好かないし、最悪だ。

男子便所、個室。
水の流れる音を聞きながら、俺は一度部屋に戻ることにした。今はとにかく、こう、触られた感触とか汗とか体液的なものを洗い流したかった。


学生寮へ戻ってきたとき、なんだかロビーは騒々しかった。
柄の悪い連中がなんか声を上げて騒いでる。
よりによってこのタイミングで賑わってるロビーにちょっとヒヤッとしたが、無視すれば問題ない。最短ルートで部屋に戻ろうと一歩踏み出したときだった。


「おう、尾張!今帰りか?」


なんでこうも俺の思い通りにならないのだろうか。笑顔で手を振ってくる担任・もとい宮藤雅巳に、嫌な汗が滲む。
笑顔のマサミちゃん程ろくなことはない。そう俺の意識に刷り込まれてるせいかもしれない。

 home 
bookmark
←back